第十話 人間として生きる

結城彰と真壁延明


「あーったく面白くねぇ! 山センマジうっぜぇぇぇっ!!」


 真壁まかべ延明のぶあきと街を歩いていた結城ゆうきあきらは、そう言って背伸びした。

 彼らは工業高校の二年生だが、今日は学校をサボったのだ。


 高校二年生といえば一番楽しい時期である。しかし彼らの在籍ざいせきする工業高校は、二年生になると資格試験があるのだ。学校の成績がさほど悪いわけでもない彼らだったが、二人とも試験には失敗して、担任から呼び出しを受けたのが昨日……。


『どうしたんだアッキーコンビ? そろって不合格とか洒落しゃれにならんぞ。今この資格をとっておかないと将来にひびくかんな? 次は真剣に勉強しとけ!』


「……まぁ確かに俺たちは全然勉強しなかったけどな」


「俺たちが悪いんじゃねぇ! 元はと言えば新作ゲームが悪い!」

「はははっ!」


 ……無茶苦茶な理由だがどういう事かと言うと、丁度試験の一ヶ月前に大人気ゲームの新作が発売されたことから始まる。TVゲームが大好きだった二人は揃って購入したが、これがとんでもないクソゲーだったのである。がっかりした二人は口直しも兼ねて、以前から興味のあったオンラインゲームに手を出してしまったからたまらない。学校の勉強すらおろそかにし、どっぷりとかってしまったという訳だ。


「……オンラインゲームも飽きてきたな。結局お使いイベと金儲けゲームだし」


「今の俺たちには気晴らしが必要なんだよな。……そういや隣の女子校の女の子のメルアドゲットしたんだった! 夕方から一緒に遊ぶ約束でもしちゃおっかなぁ~」


「なんだといつの間に!? 合コン組めよ! 当然俺も誘えよな!」


 二人は何をするにも一緒だった。家が近所で保育園からの腐れ縁というのもあったが、なにより趣味が一緒で話がよく合う。そんな彼らを周囲はダブルアッキーと呼んだ。……もちろん良い意味でそう呼ばれていた訳ではない。


「学校サボったはいいが入れる店も限られてるし……夕方まで詰まんねぇな」

「世の中が詰まらんのさ。神様が手違いで異世界召喚でもしてくれればなぁ」

「ぶっ! 異世界だって? 何言っちゃってるのお前!?」


 延明の一言に、彰はケラケラと笑い出す。


「まぁ確かにゲームとかアニメに出てくる異世界は楽しそうだけどよ、魔王倒しに行くの面倒臭そうじゃね?」


「別に魔王なんか倒さなくていいだろ。大体自分の世界の魔王すら倒せないような人間たちを、異世界の神様が召喚するわけないだろ」


「自分の世界の魔王?? この世界の魔王って、誰だ?」


「権力だよ。金持って偉そうにしてる奴ら全員。政治家とか組織の上の人間とか」


「な、なるほどな。……でも手違いで召喚されたら魔王倒さなくてどうすんの?」


 彰に言われ、延明は少々考える。


「そうだな……俺だったら魔王になるかな。何でもやりたい放題だ。所詮しょせんは異世界だし、誰にも気を使う必要なんて無いし。……彰はどうだ?」


「んー、言われてみると迷うな。でもこんなのはどうだ?」


 彰は自分の妄想を色々と延明に打ち明けた。


「はははっ! 何だそれっ! お前こそ頭おかしいぞ!」


「魔王になりてぇ奴に言われたかねぇよっ! ……でも面白そうだろ?」


「確かにありっちゃありだな。ある意味異世界でしかできそうにないし」

「だろっ!?」


 バカ話をする男子高校生二人、どこにでもある至極普通の光景だ。

 ところが後日、二人は本当に異世界へと召喚されたのだ……。



『……ノブアキ……ノブアキ!』


 呼ばれテーブルに頬杖ほおづえをついていた勇者ノブアキは、ハッとする。


「……ん? ……あぁすまん、ボーッとしてしまった。疲れが溜まっているのかな」


「それは疲れではありません。昨日酒を飲み過ぎたんですよ」


「ははは、そうだったかな……」


 僧侶アルビオンの言う通り、ノブアキは「仲間探し」という名目で酒場へ入り、昨晩はドンチャン騒ぎとなってしまったのだ。しかも、仲間は見つからなかった。

 そして今、一緒に魔王を倒す仲間のオーディションが街の広場にて行われようとしている。もちろんこれはノブアキの発案だ。


「始めからこうしておくんだった。なんたって我々は有名人なのだからね」


「……しっかりして下さいよノブアキ。ほら、始まりますよ」


 広場に設置された舞台の幕が開き、三人の人物が現れたのだ。


『エントリーナンバー、一番! エドフェイン乙娘おとこ組ッ!!』

『戦いの前衛なら我らにお任せをッ! ウッフンッ!』

『鍛え上げたこの体、必ずやお役に立ってみせますわッ!!』


 筋肉隆々りゅうりゅうの男たちがポージングを決めている。そしてなぜか女装しており、顔に化粧までしてあった。ノブアキは思わずふくんでいた飲み物を吹き出す。


「責任者を呼べ!」


 ノブアキは慌てて走ってきた責任者へ苦情をぶちまけた。女性限定の募集で魔法を使えることが条件なのに、これは一体どういうことかと……。

 すると責任者は申し訳無さそうに説明を始める。どうやらユリウスがパーティに加わらないことをどこからか聞きつけたらしく、彼らは防御役の戦士も選ばれるのではと勝手に思い込み、無理やり女装して参加したようなのだ。コネの問題もあり面と向かって断りきれなかったという話だった。


「冗談ではないっ! あいつらを専門の診療所へ連れて行けっ!」

「昼間から酷いものを見てしまいましたね。気を取り直して次に行きましょう」


『エントリーナンバー二番! マジカル☆ツインズで~す!』

『なんと私たち! 剣も魔法も使えちゃいま~す! ほーらほら!』


 髪を染めた女の子たちが舞台の上で剣を振り、魔法を使ってみせる。しかし誰の目から見ても素人以下……。そのうち振っていた剣がスッポ抜け、ノブアキたちのテーブルに突き刺さった。


「……うーん、個人的には推したいがちょっと無理があるかなぁ」

「スライム相手に全滅しそうですね。次、行きましょう」


『えんとりぃなんばぁ! 三番ッ! アマゾネスの戦士っ!ドドヴァレスゥゥゥゥ!! ふんぬぬぬぬっ! ぬほおおーっ!! 好きな食べ物はぁっ! 水牛の丸焼きィィー!!勇者様ぁぁぁ! あだじをっ! 連れてってぐだざいぃぃぃー!!! 』


 大柄で屈強な女戦士は、叫びながら鉄球を振り回す。

 腹の中に蓄えた油を使って火を吹くという特技も披露ひろうしてくれた。


「チェンジで」

「たくましそうですが、力にきわりしすぎた感が否めませんね」


「ええぃ! 魔法使いだ! 魔法使いはいないのかっ!!」


『……エントリーナンバー三番……サラマニアの魔法使い……カルラ……ヒヒッ! 魔法使いって一言で言っても色々あるじゃないですか……例えば一般的に蓄積した魔力を四元素に置換しての発現が主流ですが私が思うに……ブツブツ……みたいな事を百年前の錬金術師エクソスプスが提唱して……クックック……それと絶対元素エーテルの概念はアルトラル体の導きによりトワイルマン効果における逆転現象が専ら有力視されるとグリモワールに……クヒヒヒッ!』


 フードを被った魔法使いらしき女性が何やらブツブツ専門用語を並べて話すも、ところどころ小声で全く聞き取れない。結局魔法を一度も使うこと無く一人で喋り続けた。時折奇怪な笑い声を上げるのが不気味だ。


「ボツ」

「最初に泊まった宿屋から出てこなさそうですね」


 その後も魔法使いのオーディションは続いた。


『人はあたいをこう呼ぶ、荒波の魔術師と! 賭博場カジノなら任せなっ!』

「行かねーしっ!」


『はーい、うさちゃんです~! タネも仕掛けもありませ~ん!』

「何の役に立つ!?」


『こうやってつけて……旨ッ!!』

「アウツッ!」


 流石に一般公募のことだけあって、実に様々な人間が集まる。オーディションは暗くなる前に強制終了となり、その頃にはノブアキもどっと疲れていた。

 しかし収獲はあった。魔法使いと魔法戦士らしき女性を五人ほど確保することができたのである。


「選考通過者は五人ですか……。まぁこんなところですかね」


「だがこれは一次選考に過ぎん。後日彼女たちを『ラーマリアの大森林』へ連れて行くことにする」


「あんなところへ ……本気ですか!?」


 ラーマリアの大森林は大陸中央に位置する、アスガルドでは立ち入り禁止区域に指定された場所だ。魔王を倒す前に一度だけノブアキたちも訪れたが、命からがら逃げ帰ってきた場所でもあった。


 それゆえ、人の噂が後を断たない。

 エルフの里が奥地にあるのではないかと……。


「我々はあの時とは違う、ある程度進むことも可能だろう。もしかするとエルフに会えるかも知れんしな」


「運良くば『術士ルシア』を今一度仲間に加えられれば、そういうことですね。でもいいんですか? 国法で立ち入りが禁止されてますが」


「魔王討伐に関しては私がルールだ、誰にも文句は言わせんよ」


 ノブアキは力強く立ち上がると、街の広場から立ち去るのであった。

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