勇者ノブアキ、新たなる旅立ち
アスガルド王国──大陸と同名の唯一国は、存在自体が平和の象徴でもあった。
しかし王都バルタニアでは、貴族から一般市民の誰もが浮足立ち、王宮前の通りでは黒山の人だかりが出来上がっていた。
突然現れた魔王軍によってセルバ市は襲撃され、エルランドの領主であった英雄大魔道士ラフェルが行方知れずというのだから無理もない。悪事は二日で大陸中に知れ渡ったというわけだ。
バルタニア王宮の
「皆も知っての通りだ。エルランド領のセルバが魔王軍に攻撃され、たった一晩で占拠されてしまった。魔王ヴァロマドゥーが倒されて平和は長く続くと思っていた矢先のこと……余は実に驚き、
豪華な造りの謁見の間にズラリと並んだ
「まさかあの大魔道士ラフェルがこうも簡単に敗れるとは……。苦しみ助けを求める民の声が、余の耳にも聞こえてくるようだ……。そこで、勇者ノブアキよ!」
「はっ」
「僧侶アルビオン!」
「はい」
「戦士ダムドの意思を継ぐ騎士、ユリウス!」
「はっ!」
「かつて魔王を倒した力、今一度みせてくれまいか? 一刻も早くセルバを解放し、魔王軍からこの国を救って欲しい。これはアスガルドの国民全ての願いである」
「お任せ下さい国王陛下。我ら勇者ノブアキとその仲間たちが必ずや新たな魔王を倒し、このアスガルドに平和を取り戻してご覧に入れましょう」
国王の前に
「頼んだぞ! 勇者ノブアキよ!」
謁見の間に国王の声が響いた。
「……久しく国王と会ったわけだが、随分と年老いたものだな」
王宮の本殿を出て、庭園の通路を歩くノブアキはそう呟いた。
「仕方ありませんよ。むしろ年をとらない我々の方が不自然なのですから」
並んで歩くアルビオンが答える。今の彼は法王ではない、魔王を討つ
「……確かに皆、年老いた。私にも魔王を倒し女の子にモテまくっていた時期があった……あれから三十年、私を抱いてくれた腕が孫を抱いていると来たもんだ」
「…………」
これが異世界の文化なのだろうか?
(……ノブアキ殿はいつもこんな調子なのですか?)
(まぁそうです。そのうち慣れますよ)
ユリウスは
「ところでユリウス君」
「は、はい」
聞こえたのだろうか。急に声を掛けられて驚くユリウスだが、ノブアキの仮面に隠された素顔からその心情を読み取る。何やら真剣な面持ちのようだ。
「君の義父であるダムドは実に
「はっ! このユリウス、この盾に誓って親父の名に恥じぬ働きを……」
「その心意気は買うが何も堅苦しくなることは無い。ダムドはダムドだ。君は君のできることを我々に見せてくれればそれでいい」
「……はっ、恐縮です」
ふざけているのかと思えばこのノブアキ、まともな事を言ってくる。ユリウスも普段お調子者で通ってはいるが、どうもこの勇者には調子が狂わされてしまう。
もしかすると大変思量深い人物なのかもしれないな、そう思ったユリウスは試しに聞いてみることにした。
「ノブアキ殿、エルランド領へはどのように侵攻するつもりですか?」
すると、ノブアキは足を止めてユリウスを向く。
「……君は一体何を言っているのかね?」
「えっ? な、何か?」
自分はおかしなことを聞いてしまっただろうか?
「君は兵を仕向けて戦争でもするつもりかね? よく考えてみたまえ、我々は勇者とその仲間たちだよ? そんな我々が手始めにするべきことは、何だ?」
「な、何でしょう? 自分にはわかりかねますが……」
「決まっているだろう。まずは共に魔王を倒す仲間を集めることだ」
「……は!?」
仲間を集める……?
「三十年前、旅立ちの時もあなたはそんなことを言っていましたね」
「その通りだよアル! 早速仲間集めをしようじゃないか! ……うーん、この
「……流石に私も怒りますよノブアキ」
「ハッハッハッ!」
勇者たちの話を聞いているうちに、ユリウスは頭が痛くなってきた。
(……こいつイカれてやがる!)
セルバが魔王に落とされ一刻を争う事態だと言うのに仲間集めだと? 何を
「……なるほど、仲間は確かに必要でしょう。ですが襲撃を受けたエルランド領は我が領と隣接しており一刻も早い対応が必要なのです。冒険者のような振る舞いは自分には出来かねます」
ユリウスのきっぱりとした言葉に二人は驚く。
「ユリウス卿、貴方はノブアキの意向に同意できないというのですか? 国王は我々三人に魔王討伐を
詰め寄ろうとするアルビオンを、ノブアキが制止する。
「待ちたまえアル。……そうか、君はヴィルハイムの領主でもあったな。民を思う気持ちは十分に理解できる。君は君の思う道を進んでくれて構わない」
「……ご理解いただき恐縮です」
「いいんですか? ノブアキ」
「いいんだ。大切な仲間との一時的な別れ、それもまた勇者の宿命なのだよ。
「……わかっております、では」
ユリウスはそう言うと一人歩いて行ってしまった。
「貴重な神具を持つ仲間がまた一人減ってしまったか」
「……もっと話せる人物だと聞いていたのですが、残念ですね」
「まぁいいさ。今から広場で演説を行い、それからパレードだ。今日は久し振りに忙しい一日となるぞ」
マントを
三十年前に魔王を倒したままの状態で、自分はまた冒険の旅へと出かけることができる。TVゲームクリア後にエキストラステージを見つけた時、いや、それよりも遥かに胸が高揚している。まるで新たなゲームソフトを購入した時の、あの新鮮な気持ちそのものじゃないか。
(ふふふふ~ん、ふふ~ん♪)
ノブアキは昔好きだったRPGの音楽を心のなかで流し始めるのであった。
(冗談じゃねぇぜ全く!)
ユリウスは半分苛立ちながら、付き人の待つ部屋へと向かっていた。生前ダムドからは「勇者は実に奇妙な人間だった」とは聞いていた。しかし実際話してみると奇妙と言うより狂人ではないか。あんなイカれた人間と旅などしたら、こっちまでおかしくなりそうだ。
(ダムドの親父やラフェルのおっさんには同情するぜ。……しかしまさかセルバが落とされたとはな。こっちからヴォルト師団を送っていた筈だが全滅したと考えて良さそうだ。あのおっさんもいい年だったし、戦場で死ねたなら本望だったろう)
ふと立ち止まり、英霊に
(……まてよ? セルバと言えばあのキスカって女魔道士もセルバじゃなかったか? ……あぁくそっ! 美人薄命とは言うが、まさか死んじまったんじゃなかろうか……あああ……こんなことなら後日強引にデートへ誘っておくんだったぜくそっ!!)
なんてこうもついていないのだろう……。大きな溜息をつくと部屋の扉を開ける。中に居た付き人たちはユリウスの姿を見るや、気を付けの姿勢をとった。
「……お前ら、ヴィルハイムへ帰るぞ」
いつもなら人一倍陽気な主が、どういうわけか元気がない。
互いに顔を見合わせるも慌てて主の後を追うのであった。
一方で、こちらは魔王城の一室──。
シャリアすら知らない隠し部屋にて、壁に映る水鏡のようなものに小柄な人物が話しかけていた。水鏡の中の人物はアスガルドでは見られない、変わった衣装に身を包んでいる。
「……魔王軍は人間たちへ再び侵略を始めました。予定通りでございます」
そう水鏡の人物に話したのはラムダ補佐官であった。
「………………」
「ええ、特に問題無く稼動しております」
「……?」
「報告の通り全く問題はありませぬ、むしろ良好過ぎるくらいでございますじゃ。もしや今回はうまくいくのではないでしょうか?」
ラムダの言葉に、水鏡の人物は少々驚いた様子だった。
「えぇ手前も驚いております。それもこれも、あの『アルム』という若者のおかげでしょうな。盲信はしておりませぬが、このまま様子を見たいと考えております」
「…………」
「はい、何もかも全てはこのラムダにお任せくだされ……我が本当の主殿」
そう言ってうやうやしく頭を下げると、水鏡から人物は消えた。
ラムダ補佐官は一考すると、暗い部屋を後にするのであった。
第九話 戦乱の幕開け 完
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