豊年祭の夜に

 

 その日の夕暮れ、ガーナスコッチの村々では一足遅い収穫祭がもよおされた。というのもこれが今年二度目の収穫祭であり、今回はその名を「豊年祭」とした。

 催された表向きの理由はセルバから帰ってきた者たちを迎えるため。だが本当は魔王軍によるセルバ攻略が成功し、大魔道士ラフェルからセルバ市が解放されたお祝いの意味も込められているのだとか。


 久し振りに身内や親族と再開できた者は驚き、抱き合い、怒鳴られた後で互いに泣き出す者らまであった。


(……僕は正しいと思うことが出来た筈だ。だってみんなはこんなにも喜んでいるじゃないか……)


 まだセルバで捕まっていた者が全員里帰りを果たした訳ではない。

 今回運良くガーナスコッチへ帰ってこれた者は十数名ほど。体が弱ってまともに歩けない者や、帰って来たはいいが出迎えてくれる人間が居ない者を見ると素直に喜べない。エルランド領の外にあると言われている強制労働所に収容され、行方のわからない者も居る。今後マルコフや事情を知る者らと連携れんけいをとりながら解決していかねばならないだろう。


『そらっ! 俺たちの救世主を担ぎ上げろーっ!!』

「うわわっ!?」


 考え込んでいたアルムは集まってきた村長のマクガルや大人たちに胴上げされてしまう。それを見た村人たちは声を上げて笑い、歓声を上げるのだった。


 そして日が落ち始めた頃、広場には篝火かがりびかれてうたげが始まった。今年からこの村では……いや、ガーナスコッチの村々では、またファリス神をまつるのだそうだ。

 もう誰にも遠慮はいらない。復元したファリスの像を立てると楽器に合わせ老人たちが歌や踊りを披露する。途絶えかけた風習がまた息を吹き返した瞬間だった。


 アルムは顔見知り一人一人に挨拶を済ませると、一人寂しく離れた場所から祭の篝火を見ていた。


「……」


 無表情でじっと火を見つめるアルム。やはり昨日の戦いと今日の出来事が頭から離れずにいる。大魔道士ラフェルを捕らえセルバを解放することは出来た。しかし突然現れた魔王ヴァロマドゥーを躊躇ためらいなくシャリアは消し去った。小さな魔王が比べ物にならないほどの巨大な怪物を倒したことよりも、偽者とは言えどんな思いで父と同じ姿の者を葬ったのか、そちらの方がアルムにとっては気掛かりだった。

 そして今朝のこともある。予め打ち合わせを持つ筈だった戦後処理は騙される形でり行われ、自分はないがしろにされたまま進んでいった。今後も同じことが起こり得るなら、魔王軍から出ていくことも視野に入れなければならない。


(魔王と魔王軍を頼む、そう言った筈なのに……)


 シャリアの判断とは言え、どうしてラムダ補佐官は一言相談してはくれなかったのだろうか? お互いに信頼が置けると思い始めていたばかりではないか……。

 今後進軍を続ければ騎士団領との戦いは避けられない。最終的に王都バルタニアまで侵攻せねばならないというのに、今のままでやっていけるのだろうか……。


『暗い顔しやがって、こんなとこに居たのかよ』


 声に振り向くとザップが立っており、アルムの隣へ腰掛けてきた。

 随分と飲んでいるようだ。


湿気しけた顔しやがってよ。祭りが詰まんねぇのか?」

「そんなことないよ、そろそろ帰らなきゃいけないと思っていたところさ」

「魔王軍では随分とお忙しく、お悩みのようだな救世主様は!」

「……」


 ザップは持っていた酒を一気に空ける。


「……お前はよ、何でも打ち明けられるダチみてぇなのはいねぇのか?」

「居ないこともないさ、例えばセスとか……。ほらこの前そっちの家に行った時、妖精フェアリーを連れていたろ? あいつだよ。……でもどうしてそんなこと聞くんだい?」


「ならいいけどよ。……なんつうか、お前は何でも一人で抱え込み悩んじまう奴に見えるからよ」


 これは驚いた、まさかザップは心配をしてくれているのだろうか。


「とにかくだ、一人でクヨクヨすんのは良くねぇ! 悩んだら誰かにバラしちまえ! 意外と詰まんねぇ悩みだったってわかる時もあんだよ、うまく言えねぇけどよ!」

「そうだね……そうかも知れないな」


 酔いが回りオヤジ臭い説教をするザップ。

 と、ここで二人に近づく足音が聞こえた。


『おいこらザップ、俺が居ない間に随分と言うようになったじゃねぇか?』

『なぁんだ、一緒に居たのザップなの。……アルム、久し振りね』


「へ? あっ! ピート兄ぃ!? それにベスッ!?」

「二人ともこんばんは。久し振りだね、ベス」


 妹のベスに支えられるようにして、ピートは松葉杖を突きながら現れた。

 ピートは奇跡的にも別牢へと移されていたところを発見された。聞けば後一日遅ければ研究所送りにされていたのだという。アルムが牢獄で見た時とは違い、髭を剃ってまるで別人のようだ。


「アルム聞いたぜ。お前、魔王軍に入ったんだってな」

「うん……何が本当に正しいのか見極めたくてね。……かつての英雄たちのやり方に疑問あって……それに父さんの行方を知るための近道にもなると思ってさ」

「そっか……。お前も自分で色々考えなきゃいけないことがあったんだな」

「……今の僕は大陸全ての人間の敵さ。どんな目に遭っても自分で決めた道だから覚悟はしてるよ……元々一人だったからこんなことが言えるのかも知れないけど」


 ピートはアルムの隣に腰を下ろすと肩を叩いてきた。


「だがお前は俺の命を救ってくれた。だからこの先お前が魔王になろうが、大陸を征服して悪者になろうが、俺だけはお前に味方してやるよ。……二人も居た兄貴を一人も助けられなかった、情けねぇ俺で良ければよ」


「ピート……!」


 アルムはピートへ真顔を向ける。


 嬉しかった。例え誰であろうと、人の道を外れた自分に味方してくれると言ってくれる人間が居た。それだけでも、なんて心強いことなのだろう。それだけでも、本気で大陸全てを敵に回せる気がしてきたのだ。


「じゃあ、あたしも! アルムが魔王になったらお嫁に行ってあげるんだから!」


 突然のベスの言葉に「!?」となるザップとアルム。


「冗談よっ! イーっだ!」


 しかめっ面をすると恥ずかしくなったのか、ベスは走って行ってしまう。

 冗談だと知りホッとする二人を見て、ピートは大声を上げ笑うのだった。



 離れた場所から祭りを眺めていたのはアルムたちだけではなかった。

 他の神々から離れ、傍観ぼうかんを決め込んでいる三柱も祭りを見に来ていたのだ。


「いいよなぁ土着神様は。こうやって村人からあがまつられるんだからよ」

「我々はゆかりのある土地を持ちませんからね。ファリスが羨ましいですよ」


 破壊と力の神ヴァルダス、秩序と空間の神アエリアスは、そう言ってファリスを見た。

 しかしどうした訳か、再生と創造の神の様子がおかしい。プルプル震えた様子で村の広場を指差していたのだ。


「…………なにあれ」


 二柱がファリスのしめす方向を見ると、そこには村人によって立てられた神の像。

 像はファリスとはまるで似つかぬ筋肉隆々りゅうりゅうで半裸の老人の姿をしていたのだ。


「こ、これは……っ! まれに見る『長い年月をかけ伝承されていくうちに信仰対象の容姿ようしや性別が変化してしまう』という現象です!」

「じゃあ、あいつらはあの爺さんの像をファリスだと思ってあがたてまつってるのか? ……なんか槍なんか持っちまってるけど、お前何かと戦ったの?」


 アエリアスとヴァルダスは必死に笑いを堪えている。

 ついにファリスの神の怒りが爆発した。


「こんなにも愛らしいファリスちゃんをよくも……。愚かな村人ども! 神の怒りを思い知るがいいっ!!」


 杖を振り上げて力を溜め出したのだ!

 ヴァルダスとアエリアスは慌ててファリスを止め抑える。

 それでもファリス神の怒りは収まらない。


「愚かな村よ、滅びよ! 千年後まで草一本生えぬ土地にしてくれるっ!!」


「おいやめろ! 人間には俺たちが見えねぇんだから仕方ねぇだろっ!」

「むしろはくが付いたというものですよっ! 異世界では容姿や性別が変化した方が、より信仰を集めるそうじゃないですか!」


 アエリアスの言葉に、ファリスはピタリと動きを止めた。


「……アエリン、それ本当?」

「本当ですよ! 前に勇者から聞いた者がそう話していたんです!」

「……ふぅん」


ボンッ


 ファリスが手をかざすと二柱は煙に包まれた。煙が晴れるとそこに立っていたのは赤丸ほっぺにフリフリドレスを着た二柱の姿だった。互いに向き合い指を差して驚いた後、ファリスへと詰め寄る。


「おい! 何て事しやがるっ!」

「……これで平等じゃん」

「流石にこんな格好、他の神々には見せられませんね……」


 なにはともあれファリス神の機嫌はうまくとれた様子だ。二柱は仕方なく諦め、引き寄せた供え物をさかなに祭り見物の続きをするのだった。


「……お祭り、楽しいね。このまま悪意の連鎖が終わればいいのに……」

「生き物がいる限り戦いは無くならねぇよ。それに歴史は繰り返すもんだ」

「悪意の連鎖に戦いの連鎖、ですか……」


 ここでアエリアスは何かに気付き、ハッとする。


「戦いの連鎖……確かにアスガルドでは大昔に人間同士の戦争が幾度もありました。しかしいつからでしょうね、人間と魔物の戦争となったのは……」

「そりゃあ人間と魔物は昔から小競こぜり合いがあっただろうよ。魔王が現れてからは大陸中を巻き込んだ大戦になったけどよ」


 そんなことか、とヴァルダスが答える。


「では魔王はいつから現れたのでしょう? どこからやって来たのでしょうか?」

「どこからって……魔物か何かが突然変異でも起こしたんじゃねぇの?」


「……人間の本に『咎人とがびとが異界の魔王の力で』って書いてあった」


 ファリスの言っている本というのは「咎人と傾国の姫」のことだろう。

 しかしアエリアスはこの言葉に首を振る。


「あれは誰かの創作に過ぎません。辿たどると百年以上も前からあった民話を元にした作り話です。そもそも魔王が倒され三十年しか経ってないのにおかしいでしょう。全く別の話と考えるのが自然です」


「……それにしては辻褄つじつまの合う箇所かしょが多過ぎる。魔王が自然発生したとはどうやっても考えにくい」

「じゃあファリスはどっから魔王が来たっていうんだよ?」


 ヴァルダスの突っ込みにファリスは考えると……。


「……異界の魔王?」

「なんだそりゃ? 魔王が魔界から来たってか? それとも大陸の外からか?」

「……それか異世界、とか?」

「それは無いですね、ありえません。八柱も神がいるのですよ? 異界の扉を開けたなら誰かしら気が付く筈です。空間と秩序をつかさどる私ですら、ユーファリアたちが勇者を招くまで何も感じとれなかったのですから」


 説得力のあるアエリアスの言葉、しかし今度はヴァルダスが何かに気付く。


「なあ、異世界って一言で言っても無数にあるもんなんだろ? 俺たちの力を遥かにしのぐ存在だったとしたら? その『魔王を生んだ異界の魔王』って奴がよ……」

「……なにそれ怖い」

「……あり得ない話ではありませんね。でも仮にそうだとしても目的が不明です。現に魔王ヴァロマドゥーは大陸を征服しておきながら倒されているのですから」


「じゃあよ、前回のは失敗で、現在もなお進行中ってのはどうだ?」


 座っていた三柱は息を合わせた様に立ち上がった。どうやら自分たちで考えなくてはならない問題が浮上したようである。しかも急がなくてはならない。


 神々の時間は無限。だがこの大陸の時間は有限なのだから……。

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