魔王裁判

 

 大通りの中央には黒い絨毯じゅうたんがどこまでも敷かれ、両端には服従させる意味なのかセルバの兵士たちが一列に並ばされ、立たせられていた。

 そこに現れ、絨毯の上を堂々と歩くシャリア。今日は首元に黒いリボンの付いたワンピースとまるで喪服の様な衣装。顔には口紅といった化粧までほどこされている。

 その横には金色の骸骨ゴヴァ隊長が巨大な日傘を差しながら追従し、すぐ後ろについていくのは色取り取りのドレスの女性三人。誰かと思えばハルピュイアたちである。彼女たちは人間に近い姿へと変わることができるようだ。

 

 更に後ろには大勢の骸骨兵たちにまぎれ、マルコフやセルバ兵たち、手枷てかせをされたキスカとソフィーナの姿も見受けられた。


(大丈夫、貴女だけは絶対に死なせたりしないわ。絶対に……)


 キスカは心中でそう決意するも、この魔物の数である。上をちらりと見上げると

剛弓ごうきゅうたずさえたリザードマンがこちらを警戒している。この場から逃げ出すことは即、死を意味していた。


『魔王めっ! 死ねぇっ!』


 急に並んでいた兵士の一人が剣を抜き、シャリアの方へと突っ込んで来た!

 それをすかさずファラが一睨ひとにらみすると、兵士は石のように動かなくなって倒れてしまう。即座に幾本もの矢が兵士の体を粉々に砕いた。


 この間シャリアは、見向きすらしなかった。


「……次は全員の首をねます」


 飛び出した兵士が何者だったのか、誰も知らない。並ばされていた兵士らは、只々ただただ馬鹿を仕出かさない者がもう出ないことを祈る他なかった。


 やがてセルバにある大聖堂へ着き、一行は「神の家など知らん」とばかりにぞろぞろと入っていく。中は不要なものが取り払われ、いつも神父が説教をするための講台こうだいがあった位置に、玉座が設置されていた。

 シャリアが玉座へと腰掛け大勢の魔物たちがずらりと並ぶ。これより魔王による戦後処理がり行われるのだ。


 まず一組目、連れてこられたのはマルコフと兵士二人であった。


「この男はセルバの元市長であり、大魔道士の機嫌を損ね地位を奪われた者です。この者らはアルム上級名誉軍師と密通、陰で暗躍し我ら魔王軍へ助力致しました」


 ラムダ補佐官がいないため、ネクロマンサーのセレーナが代理説明する。


「大魔道士から奪い取った神具、『英知の杖』も押収おうしゅうしました。試しに闇魔道士の一人が使用を試みたところ全身が痺れ、負傷致しました。どうやら神に選ばれし者でないと使えない代物のようですね」


「つまり我らでは誰一人として使用できない、そういうことだな」


 頬杖をつき足を組んだシャリアはニヤリとする。


「魔王城の倉庫にでも入れておけ。……で、そこにいる誰が元市長なのだ?」

「あ、わ、私めでございます。私が元市長のマルコフ……」

「名乗らんでよい。眷属けんぞくならまだしも、そこらの人間の名など一々憶えておけぬ」

「あ、は、はい……」


 おどおどした態度のマルコフを見て、シャリアは内心楽しんでいた。


「貴様には元の通りセルバを統括とうかつする地位を与える。ただし領主は名乗らずに何かあれば常時魔王軍へと報告せよ、軍師に対応させる」

「は、はい」

「その他の事は全て貴様がり行え。逆らう者は首を刎ねて構わぬ。余が許す」

「え、あ、はい……かしこまりました」


 首を刎ねろと言われてドキリとするマルコフ。大雑把おおざっぱではあるが自分たちは生かされ、セルバの市政権が戻ってきたことに安堵あんどを覚えるのであった。


「……ところで市長よ。街に立つあの高い塔だが、まるで天に向け刃を突き立てているような姿をしているな。神への冒涜ぼうとくになるので直ちに取り壊すが良いぞ」

「は……え、えぇ!?」

「今のは余なりの冗談だ、笑えぬか?」

「い、いえ滅相も……あははは……」

「もう用は無い、下がれ」

「は、はい!」


 マルコフは兵士らと怯えながら外へ向かう。その様子をシャリアは笑いながら見ていた。自分に恐れおののく者を見るのが楽しくて仕方がないようだ。


「それでは次に、大魔道士の側近だった者たちを呼びます」


 セレーナの声に、骸骨兵たちはキスカとソフィーナを連れてきた。

 手枷を外してやると、シャリアの前でひざまずかせる。


「この者らは大魔道士の弟子と、そのまた教え子でもあったようです」


 聞きながらシャリアは興味なさげにジュースを飲み始めた。一方でキスカの方は魔王の姿を初めて拝む。その幼さに驚いたようだったが、黙って下を向き続けた。ソフィーナに至っては全てを諦めているのか微動だにしない。


「顔を見せよ……ん、貴様は見覚えがあるな。街道で大精霊を呼び人間を虐殺ぎゃくさつした娘ではないか。実に大儀な無能ぶりであった、褒めて遣わす」


 この言葉に周りから笑い声が聞こえた。愛弟子を馬鹿にされたキスカは唇を噛みしめるも、笑われた当の本人は黙って下を向き続けている。


「貴様らの処遇だが、人間たちの一部からはあの魔道士ともども縛り首にせよとの声も上がっているようだ。余程に蛮行を尽くしてきたのか元々人望が無かったのか余は詳しく知らぬ。だがあの魔道士は不死身だそうではないか、困ったものだ」


 そう言ってシャリアが手を伸ばすと、セレーナは小剣を差し出す。それはセルバの魔道士たちが護身用、もしくは自決用に携帯していたあの小剣だったのだ。


「よって師の分まで貴様らが命で償うのだ。公開処刑でも構わぬが余は寛大かんだいであるからな、特別にこの場で命を絶つことを許そう。好きな方を選ぶが良い」


 二人の前に小剣が投げて寄越された。

 ここでキスカが顔を上げる。


「……魔王様、お願いが御座います。私が……」


『魔王様! 私を魔王軍の配下にして下さい!』


 キスカの声をさえぎり、隣から声が出た!

 突拍子とっぴょうしもない言葉に誰もが驚き、辺りは騒がしくなる。


「ソフィー!? 何を言っているの!?」


 シャリアも一瞬驚いた様子だったが、すぐにソフィーナへ見下した目を向ける。


「……人間風情ふぜいが余の眷属になりたいとな? 愚かな人間よ、よく聞くがいい。この場にいる余の配下は皆、余に命を預け惜しげなく余のために命を散らせる者たちだ。死を惜しむ者など一人としておらぬ。貴様にはその覚悟があると言うのか?」


「……元より死んだ覚悟です」

「ならば今すぐ証明してみせよ。余に命を捧げるか、命相応の物を差し出せ」


 言われ、ソフィーナは床に落ちていた小剣へ手を伸ばす。


「止めなさいっ! ソフィーッ!!」


 動こうとしたキスカは骸骨兵らに剣を突きつけられ、取り押さえられた。

 キスカの方を向きもせず、ソフィーナは小剣を首の傍まで持っていく。


「……私は王都で議長を務める貴族、エランツェルの娘でございます」

「ほう?」


 ソフィーナは三編みの髪を小剣で切り落とした。


「っ!! ……なんてこと……!」


 エランツェル家には「嫁入り前の女は腰より短く髪を切ってはならない」という古い仕来しきたりがある。それを破ったという事は、二度と家には戻れない事を意味していた。


 更に紋章入りの銀のペンダントを外して床に置き、小剣を突き立てたのである。

 何度も何度も何度も何度も……。

 やがてペンダントは原型無く砕け、ソフィーナは再び頭を下げた。


 これは彼女にとって、過去も未来も全て放棄したに等しい。


「……いいだろう! 今後は余の配下となり尽くせ!」

「ありがとうございます……。早速で恐縮ですが、魔王様にお願いがございます」

「何だ?」


「今後は魔王様のため命を懸けて尽くします! 代わりにキスカお姉さまの命だけはどうかお助け下さいっ!」


「ソ、ソフィー……」


 キスカは悲しみに暮れている中で、愕然がくぜんとしてソフィーナを見た。

 何ということだ……教え子を守るつもりが助けられようとしているではないか!

 それも命を張って、自分の人生さえも捨てて……。


 だがこれは魔王であるシャリアを怒らせる結果となった。


ひかえよ! 眷属が魔王に尽くすのはしかるべきことだ! 隣の女が生きようが死のうが貴様が口添えすることではないっ! この愚か者を外へ出し頭を冷やさせろっ!」


 ソフィーナは骸骨兵らに起こされ、連れて行かれる。


「い、嫌っ!? 魔王様お願いです! どうかお慈悲をっ! キスカ姉さまーっ!!」


(ソフィー……)


 無情にも、ソフィーナは部屋から外に出されてしまった。

 残されたキスカを見てシャリアは呆れた表情となる。


「……確かに余は寛大ではあるが、魔王に慈悲などあるものか。さて、貴様は余に何を差し出す? 言っておくが髪を切るのは御免こうむるぞ。それ以上切られ坊主頭にでもなられたら、こちらがむさ苦しくて敵わぬからな。クックックッ!」


 シャリアの言葉に骸骨兵らがコココと笑う音を立てた。


「……」


 目の前に転がっている小剣を見つめキスカは考えた。自分は名家の出でなければ何か功績を残したわけでもない。幼い頃に見た英雄「大魔道士ラフェル」に憧れて一心に魔法を学び、家族の反対を押し切って家を飛び出したのだ。

 セルバで暮らすようになってからも他人より努力し、どうすれば大魔道士ラフェルに近づけるかだけを考えて生きてきた。娯楽や恋といったものには目もくれず、ただひたすら……それによって失ったものは数知れないだろう。


 その結果が今のこれなのか……。思い起こせばラフェルにただ振り回されていただけ……。可愛い教え子一人さえも救えぬ、悔いばかり残る人生であった。


 だがある意味、惜しむ物などは無い。


「私には差し出せるものが何もありません」

「ならば命を差し出せ」


 キスカは小剣を取ると自分へと向ける。丁度そこに大聖堂のステンドグラスから日が差し込み、その身が照らされた。


『いやぁぁぁ! キスカお姉さまーっ!!』


 外から様子を聞いていたのだろう。悲痛なソフィーナの声が聞こえてきた。


(……ソフィー……ごめんね……許して頂戴……)


 胸元へと刃を向けるキスカ。

 ……ところが、この様子を傍から見ていたハルピュイアが言葉を発した。


「魔王様、この女が死にきれなかったら我々に処分させて下さいませんか?」


「っ!?」


 驚き、キスカは手を止めた。


「ファラえてるっ!」

「人間の肉、久し振りに食べちゃう!?」


 ギラギラしたハルピュイアたちの視線がキスカを刺す。


「仕方のない奴らだ。まぁよい、好きにもてあそび骨まで食すがいい」


──自分は魔物の餌にされてしまうのか!


 周りから笑い声が聞こえる中で、キスカは震え冷や汗が伝るのを感じる。

 だが目を閉じ落ち着くとそれもどうでも良くなってきた。いずれにしても自分はこの世から去る身、どうせなら潔く死のうと決心することができたからだ。


 一呼吸置いたキスカ、目を閉じて小剣をその胸に勢いよく突き下ろしたのだ!


「…………ぅ……」


 しかし痛みは感じず。不思議に思い目を開ける。

 小剣は自分に先端を向けたまま止まっていたのだ。

 そして、目の前にいる小さな黒い影……。


「……気が変わった。我らがエルランド領から去るまでに貴様はあの神具を使えるようにしておけ。それまで命は預かっておく」


 強引に小剣を奪うとシャリアは床に叩きつけて去っていく。キスカは呆然としてその場にただずむも、ソフィーナ同様に骸骨兵に起こされ連れて行かれるのであった。



(……これが……魔王のやり方なのか……)


 冷や汗ながらマジックプレートを見ていたアルム。緊張の糸がほぐれ椅子に倒れ込むようにして座った。


「如何でしたかなアルム殿、あれがシャリア様です」

「確かに僕ではあんな真似はできない……。僕が立ち会う必要も無かっただろう」


 そう呟くも、アルムはラムダ補佐官を睨んだ。


「でも今日みたいに僕を騙すような真似は止めてもらえないか?」

「その件につきましてはお詫びしましょう。魔王様にもよく言って聞かせます」

「それでは駄目だ! 僕が直接言ってやる! 今夜二人で話せる機会を作ってくれ!」

「……承知しました。そのように致しましょう」


 やがて扉の鍵が解かれる音が聞こえ、アルムは部屋を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る