第九話 戦乱の幕開け

沈黙の鳥籠


 戦いの終結したセルバ市に日が昇り、アルムは見舞いも兼ねて診療所にいるマルコフの元を訪れていた。昨晩ラフェルを捕らえる際、怪我を負ったという話だ。

 厳重に警備された個室へ入ると、そこには既に背広へと着替えた小太りの姿があったのだ。右腕には包帯が巻かれ、固定されている。


「マルコフさん、具合はいかがですか?」

「痛みと興奮で昨晩は寝れなかったよ、今は大分収まったがね。だがそんな事も言ってはいられない。これから私は魔王と会わなくてはいけないのだからね」


 魔王軍による戦後処理……これでセルバ市やそこに関わってきた人間たちの今後が決まる。立場によっては首を刎ねられる者も出るだろう。現に先程、ラフェルの心酔しんすい派と思われる人間が数名、見せしめに殺されたばかりだ。


「マルコフさんが悪い処遇をされることはありませんよ。それに僕もその場に立ち会いますので」

「……だといいがね。……どんな形にせよ、私はセルバの市民をあざむき、魔王軍に協力した咎人とがびとであることには違い無いんだよ。指数本持っていかれたくらいで罪が許されるとは思っていない……例え悪魔のような男を街から追い出すためだったとしてもね……」

「そんな……」


 冷や汗なのか、じっとり濡れたひたいをタオルで拭うと椅子に腰掛ける。


「それに相手はあの魔王、ヴァロマドゥーの娘……。昨晩は驚いたよ。私も初めて声を聞き姿を見たが、外見はまだ私の娘よりも小さい子供じゃないか。……だからなのかな、どんな人物なのか想像すらつかない……だからこそ怖いんだよ……」


 座った膝がガクガクと震えている。


「マルコフさんは絶対に殺させたりはしません。まだこのセルバでやるべきことが沢山残っているじゃないですか。マルコフさんを支持している人も沢山いるのでしょう? 弱気にはならないで下さい」

「あぁ、勿論だよ……でも運命はわからないものだ。もし私がこの街を運営できる立場でなくなったらアルム君、その時は君にこの街のことをお願いしたい。約束してくれないか?」

「……わかりました。でも気は強く持っていて下さいね」


 何度もそう言い聞かせ、アルムは診療所を後にした。



 街に出ると当然のことながら人気は少なかった。無論バザールなども出ておらず、時折家を破壊された者たちが火を起こして暖をとっている。そろそろ本格的に寒くなる時期だ、雪の降る前に彼らの住居を用意する必要があるだろう。

 人気の少ないもう一つの理由として、外門が全て閉じられ街道が全て封鎖状態となっていた。特別な場合を除き、人間の出入りを禁止しているのだ。

 完全封鎖にしないのは、市民の不安や不満を少しでも和らげるためと、ほどよくセルバの状況を外部へと漏らすためだ。前者はともかく後者はまずいのではないかと思われそうだが、こちらが意図せずともセルバが魔王軍に落とされたことは大陸中に知れ渡るのだ。悪事千里という言葉通りに……。



 そして次に訪れようとしたのは、以前アルムも捕らえられていた牢獄ろうごくだ。


 建物に入るとセルバの兵士たちよりも骸骨兵の多さに目を引く。彼らは昨晩から働き通しだ、非常にタフである。それに引き換えいつも一緒のセスは、昨日色々と起こり過ぎたせいか疲れてしまい、今も用意された部屋で寝ているのであった。


(もうここには来たくなかった、気が進まないけど……)


 既に牢獄に捕らえられていた者たちは別の建物へ移されていた。代わりに今入れられているのはラフェルに近しい者たち、それと大魔道士ラフェル本人である。

 重い牢獄所の扉が開けられたと同時に、アルムの耳に飛び込んできたのは罵声ばせいうめき声であった。


『よし次だぁ! お前、この石に唾かけて投げつけろ!』

『うまく命中したら釈放されるかもよぉ?』


 扉を開けるなり、ゴブリンたちの声。


「何をしてる!? 止めるんだっ!」


 アルムが駆け寄るとそこはラフェルが入れられていた牢屋の前だった。鎖に繋がれた他の囚人を牢から一人づつ出しては石をぶつけさせていたのである。

 アルムを見るなり、ゴブリンたちは暗がりで目を光らせながら睨んできた。

 

「なんだぁ? やい軍師、お前の出る幕は無ぇぜえ?」

「こいつが諸悪の根源ってやつなんだろ!? 当然の報いってやつだぁ!!」


「こんなことしなくていい! 勝手な真似はするな!」

「勝手じゃねぇよ! 魔王様がやれっつったんだからよぉ!」

「な、なんだって!?」


 本当だろうか?

 確かにシャリアにとって、ラフェルは憎い父の仇の一人ではあるが……。

 こんな真似をしてもむなしいだけだというのに、それがシャリアにはわからないのだろうか。


「……とにかく止めて出て行ってくれないか。魔王には僕から話しておく」

「なんだぁ軍師! おめぇ魔王様の命令に逆らう気かぁ!?」

「もし誰かに何か言われたら、僕に言われたと言っていい」

「マジかよ知らねぇぜ? ……まぁいいや、そろそろ飽きたしお前ら行こうぜ 」


 ゴブリンリーダーは手下を引き連れて出て行った。静まり返っていた牢獄所内に小声での話し声が始まるが、アルムは聞こえないふりをしながら、再び牢屋の中の大魔道士へと目をやった。

 縛り付けられているラフェルはぐったりとし、不老不死だということがわかっていても、生きているのかどうかの見分けがつかない。


「……顔を上げろよ。僕が誰かわかるか?」


 部屋に入り集光石を置くと、ラフェルはゆっくりと顔を上げる。目の上は腫れ上がり、高い鼻は折れて血が出ている。美形だった顔は無残な形となっていた。


「フ……フヒヒ……」


 ラフェルはアルムが始め誰だかわからないようだったが、すぐに気付くと奇妙な声を出して笑い始めた。


「……ヒヒヒ……そうか……軍師と言うから誰かとは思ったが、まさか出来損ないのせがれだったとはな……クックック……。共に魔王を倒すために旅をした異世界の人間……それが息子の方は魔物の頭気取りか……これは傑作だ、クヒヒヒッ!」


 アルムは何も言い返さない、無表情で黙りラフェルを見下していた。しかし、それが今のラフェルにとっては余計しゃくさわったようだった。


「愚か者の息子め! 貴様は何をしでかしたかわかっているのか!? 俺をこんな目に合わせ大陸全土を敵に回した報い、身を持って知ることだ! まもなく他領から兵士や冒険者どもが大勢やってくる! 貴様は捕まり火炙りにでもなるのだなっ!」


「……」


「ノブアキが貴様のことを知ればさぞやがっかりすることだろう。貴様は世を乱した戦犯として裁かれろ! 貴様だけではない! 貴様に関わった人間全てもだ!!」


 そう言うとラフェルは黙った。


「……言いたいこと、終わった?」

「なんだと?」


 アルムは持っていた布でラフェルの口を塞ぐ。


「本当は父さんの分だけでもお前を蹴り飛ばそうかと考えていたけど、情けないその格好を見たらどうでもよくなってしまった。命乞いでもされたらどうしようかと思ってたけど、不要な心配だったみたいだね」


 そう言って部屋を出て鍵をかける。


「お陰でお前のことを心置きなくそのままにしておくことができる。研究所らしきものは破壊されてしまったけど、お前の所持品から何の研究をしていたか大体予想はついてきた。……お前は自分の犯した罪をいつまでもそこで反省しているんだ」


 もう本当にここへ来たくないし、来るつもりもない。

 アルムはラフェルに目も合わせず、足早に牢獄所を後にしようとした。


 と、その時。


『待って下さい!』


 不意に女性の声がした。驚き集光石の光を当てると、女性が一人鉄格子を掴んでこちらを見ているではないか。


「この子のために、もう一枚毛布を下さいませんか?」

「この子……? あ、貴女は確か!?」


 アルムが勇者ノブアキと会ったあの日、同じ部屋にいた女性だ。

 するとこの女性がラフェルの弟子だったのか?


「……私はキスカと申します。同じ部屋にいるこの子の分だけでも、どうか……」


 奥に光を照らすと、毛布で体をくるまれた娘が一人たたずんでいた。一瞬眩しそうにするも、アルムと目が合うと驚き、顔を向こうへと向けてしまった。


 ソフィーナだった。


 昨日のガーナスコッチでの戦いで、アルムは敢えてソフィーナを釈放し、本人の意思に関わらず盗聴させ、内部の様子を探らせた。アルムの予想では盗聴がバレた時に裏切り者扱いを受け、錯乱もしくは同士討ちが起こる筈だった。

 しかしソフィーナは自分の意志でラフェルに見切りをつけ、議長である父に訴えるとまで言い出した。彼女は単なるラフェルの操り人形ではなく、自分なりの正義を持っていたのである。

 ラフェルの側近は誰もが奴の言いなりだと考えていたアルムとって、これは予想できなかったことだった。

 

「……わかった、すぐ持ってこさせるよ」

「ありがとうございます」

「……君らのことは僕から魔王に話しておく。すぐにここから出れるからね」

「……」


 そう言って立ち去ろうとした時、反対側からも声が。


「アルム、アルムじゃないか! 俺だよ、ジャンだ! 前に広場で歌ってた吟遊詩人ぎんゆうしじんのジャンだよ! 頼む、こっから出してくれ! 俺は騙されてたんだ!」


 一瞬誰かと思ったが、アルムは初めてセルバを訪れた日のことを思い出した。

 裏切り、自分をセルバの治安維持部隊へ売り飛ばしたあの男だ。


「あぁ……気が向いたらね。それまで頭を冷やしていろ」


 そう言うとアルムは牢獄所を出た。

 先程はついキスカへ「すぐに出られる」などと話してしまったが、それが気休めですらならないことに気付いた。


──殺せ


(……ここにとらわれている者は全員処刑される)


 魔王からしてみれば「死による魂の開放」とでも言うのだろうか。だがはたから見れば皮肉なものである。周りの人間は全て処刑されても一番の首謀者しゅぼうしゃは死ぬことがないのだから。


 牢獄所の扉は無慈悲な重い音を立てて閉まるのであった。


 そろそろ時間だ。これからセルバに残った人間たちの正式な処遇を決めるためシャリアたちとの打ち合わせがあるのだ。急いで指定された建物の一室に入ると、ラムダ補佐官が一人待っていた。……なんだか久し振りに顔を見た気がする。


「おぉ、軍師殿。来られましたな」

「シャリィは?」

「まぁこちらにおかけ下され」


 言われ椅子に座ると、どこから持ってきたのかテーブルの上に魔法の水晶板マジックプレートが置かれていた。会議を行うための資料などは置かれていない。


「……これは何? 会議をするんじゃないの?」

「……」


 ラムダは黙ってマジックプレートを起動させる。


 そこに映し出されたのは、セルバ市内の大通りに並ばされたセルバの兵士たち。


「今から魔王様による裁判が始まります。アルム殿はここで見ていて下され」

「何を言っているの!? 今からその事について話し合うんじゃないか!」


「魔王様のご意思です。……アルム殿、確かに今回の戦いで貴殿は十分過ぎる功績こうせきを上げられた。しかし貴殿の甘いお考えでは戦後処理も思うように進まぬだろうと魔王様は仰っております。……残念ですが、手前も同じ考えに御座います」


「っ!!」


 アルムは席を立ち、部屋を出ようとした。しかし扉には鍵がかけられているのか開かず、部屋には他の出口が見当たらない。


「……僕を騙したのか……!」

「……アルム殿、軍師である貴殿には魔王の審判を見届ける義務がございますぞ」


 そうこうしているうちに、マジックプレートには側近や人間たちを引き連れ歩くシャリアの姿が映し出され始めたのだ。

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