父と娘、二人の魔王


 シャリアは正面にそびえるヴァロマドゥーへと、真っ向から斬り掛かっていった。そこに細工などは無い、単純な真正面からの一太刀ひとたち。これをヴァロマドゥーはうるさそうに手で払い退けようとする。


 いや、上空から振り下ろされた剣をその手で掴んだのだ! そしてもう片方の手で剣につかまっているシャリアを握りつぶそうとする。するとシャリアは簡単に大剣を手放し地上へと着地した。まるで剣をわざと寄越したようにも見える。


 この様子を、アルムたちは離れた場所から見ていた。


「武器をとられちゃったぞ!?」

「……とられたのではなく手渡したのです。きっと父上様へ共にセルバを破壊するようにとのことなのでしょう。再びこの世を闇へと葬るために……」


「……違う! そんな理由で渡したんじゃない!」


 ファラの言葉をアルムはさえぎった。



 魔王の剣を手にしたヴァロマドゥー。だがしかし、彼はラフェルの創造した偽者であり、建造物と動くもの全てを破壊しろと命令されただけの存在に過ぎない。

 それでも流れている血は同じ。かつて自分が手にしたことのある剣を握ると、しっくりときたのか咆哮ほうこうを上げて振り上げた。


 その様子を見て、シャリアはニッコリと微笑む。


「お気に召しましたか父上? 娘からの贈り物は」


 魔王ヴァロマドゥーは答えるかのように、娘の頭上へと剣を振り下ろした!


「危ないっ!」


 振り下ろされた大剣は大きな亀裂を生み、地に埋まった。シャリアがその場から離れた様子は無い。押しつぶされてしまったのか……?

 恐る恐るアルムは双眼鏡を覗く。

 すると地に埋まった剣の僅か横、シャリアはうずくまっていたのである。アルムは思わず胸をで下ろした。


「娘を避けたのか? 魔王にも理性が……?」

「いいえ、違います」


 今度はファラがアルムの言葉を否定する。


「シャリア様がわずかに避けたのです……」



 うずくまっていたシャリアはゆっくりと立ち上がり、信じられないという表情でヴァロマドゥーを見た。


「……どうされたのですか? 父上とあろうものが狙いを外すなどと……まさか娘である私へかばい立てを……?」


 今度は心から悲しそうな表情をし、訴えかけるように父を見上げる。

 一方でヴァロマドゥーは地に埋まった剣を再び引き抜こうとした。だが剣はびくともしない。見ると埋まった剣をシャリアが片手で押さえていたのだ。


 渾身こんしんの力で引き抜こうとするヴァロマドゥーを他所よそに、シャリアは続ける。


「……父上、それはあんまりです。父上には存分に戦って頂きたかったのに……」


 とうとう泣き真似まで始めてみせた。

 

「何してるんだシャリィは……」

「あの御方の行動は計り知れませんので……」

「あいつ、戦いながら遊んでいるんだ……。怖いよ……いろんな意味で……」


 シャリアは戦いの中で、まるで自分が悲劇の娘であるかのように演技をしていたのだ。

 もしもセスの言葉が間近でシャリアを見ていた冒険者や兵士の耳に届いたなら、間違いなく共感していたことだろう。一連の奇妙な振る舞いに何が起こっているのか理解できぬまま、人間たちは目を逸らさないでいる他になかった。


 一方でヴァロマドゥーは抜けない剣を諦め、目の前にいる奇怪な者を排除しようと口から豪炎ごうえんを吹いた。

 その瞬間、シャリアは刺さっていた魔王の剣を素早く引き抜く。目にも留まらぬ一振りは強烈な風圧を生み、炎は逆にヴァロマドゥーの方へと襲いかかったのだ。これをもろに浴びた巨体は顔を押さえ、たじろぐ。


「……ふふふ、……あはははははっ!」


 滑稽こっけいな姿が可笑しくて堪らない。そう言いたいのか今度は魔王の剣を持ったままくるくると回り始める。回りながら、持っていた剣を放り投げたのだ!


『ゴォォォォ────ッ!!』


 魔王の剣が魔王の胸に突き刺さり、ヴァロマドゥーは声を上げる。



 丁度ここで西の空から花火が上がった。

 ついにブルド隊がラフェルを捕らえたのだ!

 

「残念だ、遊びもここまでか。……丁度よい、貴様らはそこで見ているのだ」


 間近で様子を伺っていた人間たちにそう言うと、羽織っていたマントを脱ぎ捨てる。そして背負っていた曲刀をさやから抜くと、地を蹴り高く飛び上がった。そのままセルバの高い塔まで来ると、垂直の壁を駆け上がり更に高い場所へと飛ぶ。

 大玉石の光が及ばない高さまで飛んだシャリアは、天に曲刀を振りかざした。


「ディアブロス・フォルゴーレ!!!」


 青白い光に包まれたシャリアはヴァロマドゥーの頭上目掛け、稲妻のはやさで落下した。余りのまばさに皆は何が起こったかわからない。そして次に目を開けた時にはそこにヴァロマドゥーの姿は無く、刀を持ったシャリアが立っているだけだった。


『今の魔法は何だ……!? 何が起こったのだ!?』

『さっきの娘があのでかいのを倒したのか……!?』


 ヴァロマドゥーの立っていた場所からは煙が立ち上り、折れた大剣が残されているのみ。シャリアは熱の残る魔王の剣を拾い上げると地に突き刺す。


(……中々に愉快だったぞ。……だが所詮は人間の作り出した擬物まがいものだ。余が十分に楽しむには物足りぬ。恐らく本物の父上の強さには程遠いものだったろう……)


 シャリアは父と手合わせしたことはおろか、戦っている姿すら見たことがない。身につけていた剣技も、魔法も、全ては他所で憶えたものである。

 だからこそ、シャリアは先程の様な振る舞いをしてみせたのかも知れない。何か一つ、何でもいいからと求めていたのかも知れない。


 自分と父とを繋ぐ、何かを。



「爺よ、見ていたのだろう? 準備させろ」


 シャリアはアルムたちが使っている小型通信機とは別の形の通信機を取り出し、ラムダと連絡を取った。するとセルバの大玉石は紫から薄緑色に変わり、更には強い光線を放ちながら空中で一点へと集中したではないか。

 それを見てシャリアは石を一つ地面に置く。


 すると、セルバの直上に巨大なシャリアの画像が現れた!


『余は魔王ヴァロマドゥーの娘、シャリアである! セルバの人間共よ、よく聞くがよい! 忌々しい魔道士は既に我らの手に堕ち、この街は魔王軍が制圧した!』


 驚きと絶望と歓声が上がる中、シャリアは続ける。


『お前たちをこのまま皆殺しにすることは容易たやすい! だが安堵あんどせよ、我らは薄汚れた人間の街などに執着するつもりはない! お前たちは今まで通り生き、今まで通りに死ねば良い! 無論、こちらにたて突けば相応のむくいがあろう、しかと心せよ!』


 セルバの外までシャリアの笑い声が響く。懸命に戦っていた兵士や冒険者たちは次々と剣を捨て、降伏した。


「……終わった、僕らの勝利だ」


 そう呟くアルムだが、素直に喜べずに複雑な心境で居た。


「なんか最後は全部シャリアあいつが持ってっちゃったね……。始めから魔王一人でこの街を攻めれば良かったんじゃないの?」

「それじゃ駄目なんだよ、セス。あくまで魔王軍がセルバを攻め落としたっていう事実が必要だったんだ」

「どうしてそこまでこだわるのさ?」

「今にわかるよ。……これから忙しくなる、これからが本当の戦いなんだ」


 この街での戦いは終わった。

 しかし魔導都市セルバ、この街の明けぬ夜はまだ始まったばかりだ……。



「ついに魔王軍は人間の街を攻め落とした、か。……あいつらやるじゃねぇか!」


 セルバ外壁の上から様子を眺めていた三柱のうち、ヴァルダスが楽しそうに手の平を拳で叩く。


「つってもよ、まぁよくも惜しげなく俺たちの力を利用すんのな。『神を崇拝する魔族など居ない』なんつっておきながらよ」

「ははは……。確かに魔法を使うという行為自体、我々を崇拝することと同義ではあるのですけどね」


 苦笑しながらアエリアスがそう答える。


「……でもいいじゃん。なんか可愛気があって」


 ファリスがふいに呟いた。

 これがヴァルダスとアエリアスにとっては意外だったようで顔を見合わせる。


「お、何だ何だ? 言っとくが贔屓ひいきは駄目だぞ? 俺たちは傍観者だ」

「……わかってる。中立、平等。……でも『親一人斬れずして』か……」

「ん?」


「……寂しい言葉だね」


 ほんの少しだけ、ファリスは悲しげな目を見せた。



第八話 セルバ、再び……   完

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