禁忌の実験場


 アルムはセルバ上空から戦いを見守りつつ、内壁を越えて攻めさせるか見極めていた。


 セルバの大玉石が紫に変化して大分経つ。マルコフとはラフェルを捕獲した場合のみ成功の合図を打ち上げる約束していた。理由は裏で魔物とマルコフが手を組んでいたと、市民へ知られないようにするためだ。戦いは戦いの後のことも考えなくてはならない。


 そして合図が上がらないところを見るに、捕獲には失敗した可能性が高い。


(今は大きく動かず、やはり罠へかかるのを待つべきなのか……それとも……)


 あせりは禁物。はやる気を押さえ、考える。


 なるべく戦いを短時間で終わらせたい、早期にラフェルを発見したい。それには更なる発破はっぱをかけ、いぶり出すことが不可欠かも知れない。

 だがそれは諸刃もろはの剣だ。マルコフとの約束で「魔物を市民街へ入れさせない」と決めていたからである。


(でも試して損はないはず!)


「マードル。内壁のゲートを抜け、少しだけ攻勢に出れないか?」


──了解でやす、アルム坊っちゃ……軍師殿! やってみますっ!


「だだし突出とっしゅつし過ぎには注意し、戦力を分けて残しておいて! ラフェルを逃したら元も子もないからね」


 念の為に外門付近でゴブリン部隊やビッグラット部隊を待機させ、門を出ようとする者は躊躇ためらいなく矢を放てと命令してある。ラフェルが変装して出てこないとも限らないからだ。


「ところでセス。ここから一番強力な魔力を持った人間の気配とかは流石に見つけられないよね?」

「当たり前だろ! アルムは砂山から形の違った砂粒を一つ見つけろって言うの!? しかもサイレスなんとかのせいで魔力の流れがよどんでるしっ! 無理っ!!」


「見つける対象の大きさだけ小石くらいだったら?」

「それでも無理!」

「そっか……」

「……今、役立たずって思ったろ?」

「思ってないから暴力はやめようね」


 寝ていれば果報は向こうからやって来てくれるだろうか?しかし本当に寝ているわけにもいかず、肉眼による監視もしつつ、状況を見守る他なかった。



「……ヒュー……、ヒュー…………」


 その頃、ラフェルは体を引きずりながら市民街の影を歩いていた。できるだけ誰にも見つからないよう、隠れながら……。そこにはかつての英雄の面影おもかげなどない。

 塔の中で兵士らから逃げる際、追い詰められて五階の高さから飛び降りたのだ。ところどころ骨が折れているだろう。内臓も穴が空いているのか吐血とけつし、口からは血が流れ出ている。普通の人間なら立っていられないほどなのだろうが、そこはかつて魔王を倒したほどの実力者、そして不老不死の体なのであった。


 不老不死といってもどこまで死なないのか本人すら確かめたことはない。首から上を失ったら流石に死ぬだろうが、もし本当に死んでしまったら余りにも下らないので試そうとも思わなかった。


「ヒュー……ヒュー……」


「あっ!? ラフェル様!!」

「今までどちらに!? 街の外から魔物が……!」


 広い道に突き当たったところで兵士らに見つけられてしまった。


「っ!! 来るなっ! 近づくんじゃないっ!!」


 肉体的にも精神的にも追い詰められ、兵士が敵かどうかもわからぬまま、逃げるようにラフェルはその場から離れていった。


 そして、ようやく目的の場所まで着いたのだ。


 例の秘密実験場であった。

 幸か不幸か、いつも立っている監視の兵士はいなかった。


「はぁ……はぁ……! がはっ……! くそっ……!」


 魔力を動力とした本人認証は使えず、やむなく施錠せじょうされた隣の非常扉を開ける。

 力が入らず扉に体ごと預ける形で開けると、倒れ込むようにして建物へ入った。


 そこは薄暗く、実に奇怪な場所であった。


 アスガルドこの大陸では見慣れない機械と大きな水槽すいそう所狭ところせまししと並び、緑や赤の光が点滅していたのだ。


(……魔物が攻めて来ようが王都からの視察が入ろうが、いずれにせよもうここは終わりだ……。そうなる前に全て破壊せねば……ふふ。そう、全てだ)


 ラフェルは機械や水槽に目もくれず、奥の机へと向かい実験の資料をかき集め始めた。


(これさえあれば、また実験が再開できる……ふふふ……証拠など残すものか! ……そうだな、こいつを試してみるか……まさか使う日が来るとはな……ふふふ)


 机の引き出しを開けると煙が立ち込め、中に液体の入ったガラスの入れ物が何本も並べられていた。その一番奥の入れ物を掴み、他の入れ物は床へと叩きつける。

 そして机ごとひっくり返すと、資料を抱えながら建物の奥まで歩き出した。


「っ!? あっ!」


 薄暗い建物の中、何かに蹴躓き派手に倒れてしまった。幸い手に持っていた入れ物は手放さず無事だった。

 そうだ、先日ここで人間が死んでいたのだ。まだ片付けていなかったとは……。


(……ごほっ……くっ……! 無能者共めがっ!!)


 顔を上げ、正面の壁際にあるおりにらんだ。


 そこに入っていたのはセルバで捕まえられた人間たちだった。彼らはここへ収容され水槽の管理をさせられていたのである。もし管理をおこたったり規定の時間までに戻らねば床に電流が流れる仕組みとなっている。さっき死んでいたのは足に怪我を負っていたため、時間までに檻へと戻れなかった者だ。


 こういった死者は、新たな実験材料となっていたのだ。


 ラフェルの姿を見るなり、檻の中の人間は口々にわめき出す。ラフェルはそれを無視して隣りにあった巨大な水槽の装置をいじり始めた。水槽の中は水で満たされ、スライムのような物体が沈殿ちんでんしている。


 装置のボタンを押すとラフェルは持っていた入れ物を機械に入れ、レバーに手をかけた。そして嘲笑あざわらうかのように、檻の中の人間たちへと声を掛ける。


「……どうだお前たち、外へ出して欲しいか?」


「だ、出してくれ! 頼むっ!」

「作業が終わったら帰してくれる約束だったろう!?」


 檻の中の人間たちは身を乗り出す。


「……残念だが駄目だ。ハハハハッ!!」


ガシャン


 レバーを下げ、装置が作動し始めると水槽の水位が下がり始めた。


「お前たちは今からこいつの餌食えじきとなるのだ! まずはお前、いやお前か? それともお前かっ!? ……ふひっ……ふひゃはははははっ!!」


 狂ったような声で笑いながら、ラフェルは隠されていた地下への扉を開ける。

 檻に入れられた人間たちを残し、現れた階段を笑いながら下りていくのだった。



 再びアルムたち、まだセルバの上空で待機している。


「ファラ、そろそろ疲れてきたんじゃない? サディかメサと交代しなよ」

「……いえ、もう暫くは大丈夫です。それにあの者たちも通信中継機を掴んでいなけばなりませんし、同じことです」

「無理はしないでね。一応こうして掴まれてる僕も不安だしさ」


「ア、アルム……」


 ファラに声を掛けていると、セスの不安げな声が聞こえてきたのだ。


「どうしたの?」

「砂山の中に、大岩があったよ……!」

「どのあたりっ!?」

「あの高い塔の向こう側っ!」


 と、セスが指差した方向から巨大な爆発音!


「何が起こった!?」


 爆発が起きたのは例の実験場ではないか!

 急いで黒煙の上がっている方向へと双眼鏡で覗く。

 煙の間から巨大な影が浮かび上がった。


「……僕は夢でも見て……う、うわーっ!?」


 突如アルムは離されてしまい、下方へ落下してしまう。

 すぐに鷲掴わしづかみにされた。


「す、すみません。驚いて離してしまいました……」

「お、脅かすなよっ!!」

「ファラも驚いたってことは、あれは……」


「……はい。見間違いようがありません」


 アルムはあの巨大な影を、魔王城の祈りの間で見て知っていた。

 角の生えた頭、赤色の目、恐ろしい形相……。

 忘れようとしても忘れられぬ、あの姿!


「……あれは、あの姿は魔王ヴァロマドゥー様です」

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