壁の中で聴く楚歌は


 ラフェルが自室へ戻ると兵士数人が既にいた。私用の部屋でないにしろ、勝手な入室は禁じている筈だ。それだけ切羽せっぱまった状況とでも言うのだろうか、兵士の手には槍が持たれていた。


「一体なんだというのだ!? マルコフはどこにいる!?」

「……少々お待ちをっ!」


 何やら兵士らの落ち着きがない。

 と、ここで扉が開き、もう一人の兵士が血相抱え入ってきた。


「失礼します! ラフェル様! どうかこれを御覧ください!」


 そう言って差し出してきたのは一冊の分厚い本である。


「これがどうかしたのか?」

「中身をお確かめ下さい! 大変な事が書かれています!」


 見たところ何かの専門書のようだ。ラフェルは不審に思いながらも言われた通り本を開くため、片手に持っていた杖を手放したのだ。


「何をする!?」


 杖を手放したすきに傍にいた兵士から奪われてしまった! 取り返そうとしたところで周りの兵士に囲まれ、一斉に槍を向けられてしまったのだ!


「どういうつもりだ貴様らっ!! パララルヴァリアスッ! ……ぐ!? 」


 驚き思わず自分の手を凝視した。見える者全ての動きを止める魔法を唱えるも、何も起こらない。そうこうしているうちに神具「英知の杖」を持った兵士は部屋を出ていってしまった。


 そして入れ替わりに入ってきたのは、あのマルコフである。


「貴様の仕業かっ!!」

「どうした伝説の大魔道士。お得意の魔法は飛び出さないのかね?」


 炎で焼き尽くす魔法を放とうとするも、やはり結果は同じだった。


「これは……!」

「まだわからんのか? 外を見てみろ!」


 言われ窓の外を覗くと、いつもは白色に光る大玉石の光が紫色になっている。


「制御室にある結界石をサイレス鉱石に変えさせたのだ! もうこの街で魔法は一切使えない! お前の傍若無人ぼうじゃくぶじんで非人道的な振る舞いも、今日限りだ! 」


「貴様が一連の騒動の主犯だったというわけかっ……!」


 怒りで顔を真っ赤にする大魔道士へと向けられたのは、異世界の技術で作られた「拳銃」であった。


「憶えているかね? これは君がこの街へ来た時にくれた物だよ。こんな物貰っても正直どうかとは思ったが、なるほど今はこの通り役に立っているね。感謝するよ」


 マルコフは白い歯をむき出しにし、ラフェルへ拳銃を向け続けた。



 一方でアルムはハルピュイアのファラに掴まれ、既に暗くなりつつある上空からセルバを見下ろしている。


「……流石に長時間、人間一人を掴んで飛ぶのはきついわね……」

「ごめんよ、疲れたら交代して。今度は空を飛べる機械を作って貰うから」


 見下ろすと、魔物たちが外壁の外へと転移され、群れなそうとしていた。

 先程のガーナスコッチ街道の時のように、一斉転移はできない。転移ポイントを設置したブルド隊が少なかったというのもあるが、何より魔王城の魔力が尽きかけていることに理由がある。それもかなりギリギリなのだ。


「各部隊、状況確認!」


──北外壁突入部隊、準備よし!

──東外壁部隊、準備できてやすっ!

──こっちは南と西ぃ! 骸骨野郎たちは準備できてるっぽいぜぇ!!


 既に見張りの兵らに見つかり矢の応酬おうしゅうが繰り広げられている場所もあった。もたもたしていればラフェルのところへ連絡が行ってしまう、そうなればお終いだ!


「よし、全部隊突入せよ!」


 アルムの声と同時に。四方の大門へ攻撃が仕掛けられた!


「うごぉぉ────っ!」

「~~~~~~っ!!」


 サイクロップスやトロールたちが巨大なつちで大門を破壊し始める。門番の兵士の中に内通者が居たためか、門はいとも簡単に破壊された。


『ぐぁぁぁ──!』

『ま、魔物の大群だ──っ!! 中に入れるな──っ!!!』

『ラフェル様はどうされている!? 巡回中の治安維持部隊にも連絡しろっ!!』


 街道で減らしたとはいえ、セルバ内に残っている兵士は総勢千人以上存在する。

 しかし、魔王軍が狙うのはあくまでラフェル、ただ一人のみ!



「な、何だ今度は!?」


 兵士と魔物たちの戦う声は市街地の塔にあるラフェルの自室にまで届いていた。


「……始まったか。聞こえるか? このセルバに魔王軍が押し寄せてきたのだ」

「魔王軍だと……!?まさか街道に現れた魔物らも貴様の仕業だというのかっ!? 一体何を考えているのだ貴様はっ!!!」


 マルコフは拳銃の引き金を引いた。


「ぎゃぁっ!!」


 銃声とともに右肩へと命中し、ラフェルはよろけて膝をつく。


「勘違いするなよ? 魔物を呼んだのはお前だ、そういう手筈で頼むよラフェル君」

「……ぐぐ……き、貴様を生かしておいたのが間違いだったか……!!」


「ふっふっふ、君は不老不死なんだってね。まだ弾は入っているんだ。次に撃つのはセルバ市民からの怒りの一発だ、つつしんで受けてくれたまえよ?」


 再びマルコフはラフェルの足へと狙いをつけ、引き金を引いた。


「ぐぁぁっ!?」

「っ!? 馬鹿めっ!!」


 拳銃は暴発し、マルコフは血まみれになった右手を押さえてうずくまった。驚き傍に寄る兵士らの隙を見て、ラフェルは扉から外へ出る。


「ぐぐ……ラ、ラフェルを逃がすなっ! 奴を追ってくれっ!」


 扉を出たラフェルは一目散に下の階を目指した。


(くそっ! 英知の杖はどこだ!? まだそう遠くへは行っていない筈だ!)


 神具である英知の杖は単に所持者の魔力を高めるだけでなく、あらゆる異常状態から身を防ぐ効力も持ち合わせていた。つまりサイレス鉱石の力で覆われたこの街でも、英知の杖さえあれば魔法を使うことができるのだ。


「あっラフェル様!?」

「怪我をされたのですか!?」


 突き当り廊下で、兵士二人が居るのが見えた。


「お前たち、私の杖を持った奴が通らなかったか!?」


「……さぁ知らないなぁ?」

「大人しく捕まれ、ラフェル!」


「!?」


 兵士らが槍を向けてこちらへと向かってきた。マルコフの息のかかった兵士たちだったのである。

 慌てて兵士らに背を向け走り出し、何とか振り切る。こうなったらもう杖は諦めセルバを脱出するしか無い。私室の横に設けられた転移魔法陣へと急いだ。


 転移魔法陣はその名の通り任意の場所へ転移できる。しかし人間の社会では魔族たちとは違い、外交上の機密保持などの理由から設置が制限されていたのだ。

 セルバで転移魔法陣が設置されているのはラフェルの私室の横のみ。

 これはサイレス鉱石の影響を無視して使うことができる。


(ふふ……よし、兵士たちはいないな)


 ようやく私室へと辿り着いた。

 だが、そこで見た光景は予想外のものであった。


「っ!? お、おのれえぇぇ──!!!」


 魔法陣に駆け寄ると、何者かの手によって破壊された後だったのである。

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