第八話 セルバ、再び……

疑心暗鬼


ガシャンッ


 セルバの牢獄ろうごくにて、キスカとソフィーナは同じ牢の中へと閉じ込められた。この牢獄は貴重なサイレス鉱石が設置されており、術の使える者でも使用して逃げ出すことはできない。

 

(……大丈夫よ、貴女だけは絶対に逃してみせる)


 キスカはそう言って自分のローブを掛け、糸の切れた人形のようにうずくまっているソフィーナを抱きしめた。



 二人を牢へ入れた後、ラフェルは自室のマジックプレートでノブアキとの連絡をこころみる。会議は三日間の予定、まだ王都にいるはずだ。


(気は進まんが……やむを得ん)


 正直なところ、ラフェルは勇者ノブアキたちの世話になることは避けたかった。一応の仲間ではあるが、一度弱みを見せるとかえって付け込まれると考えたのだ。


 ノブアキたちと魔王を倒したのはもう三十年も昔の話。仲間意識が薄れている今、神経質なラフェルは些細ささいな事がきっかけで彼らとの関係がこじれるのを恐れていたのだ。そのため抜けてきた王都の会議でもエルランド領に魔物が現れたとは伝えてこなかった。秘密裏に自分だけで解決してしまおうと考えたのである。


 まさかここまで大事になっているとは思いもしなかったが……。


(……繋がらんな)


 まだ会議中なのだろうか。

 ようやく相手が出たところで、ラフェルの眉間みけんにシワが寄る。


──どうしましたラフェル? ノブアキならいませんよ?


 マジックプレートに映ったのはノブアキではなく、青い髪の少年だった。

 純白の司祭服に司祭帽を被っている彼こそ、かつて共に魔王を倒した仲間、僧侶アルビオンだったのである。


 寄りにも寄って嫌な奴が出たな、とラフェルは思った。


「すぐ片付く用事と思ったが、予想以上に手を焼きそうなので連絡をしたのだ」


──遠回しに言いますね。大方魔物が現れ、私たちに手伝って欲しいのでは?


「っ!」


 するとアルビオンは装飾の付いた大きな水晶玉、神具『真実の目』を取り出したのである。これは非常に強力な神具で何でも見通すことができるだけでなく、近い過去や未来も覗くことまでできるのだ。


──なるほど、街道に魔物が……。随分と派手にやられましたね。


「……」


──おやおや、これは大精霊。呼び出したのは貴方の縁者えんじゃですか? いけませんね。


(……ぐっ)


 一瞬アルビオンは不敵な笑みを浮かべると、呆れた顔となった。


──我々は魔王を倒した英雄なのですよ? その自覚が今でもあるのでしょうね?


「そのくらいわかっている! だが何かあってからでは遅いだろ! そのために連絡をしたのだ!」


──まぁいいでしょう、一応ノブアキには伝えておきます。

──ですがその前に、そちらへ魔黒竜が向かっていますよ? 奴に相談してみては?


「なんだと!? ……わかった、そうしてみる」


──神具はまだ使えるのでしょう? 私やノブアキの手をわずらわせないで下さいね。


「……くそっ! 忌々いまいましい小僧だっ!」


 通信を終えると悔しさからテーブルを叩く。ラフェルはノブアキとならまだしもアルビオンとは余り仲が良くなかった。思えばよくこんな奴と共に魔王など倒せたものだと不思議に思う。


(どいつもこいつも使い物にならんっ! ……やはり人手を増やしてでもあの研究を推し進めるべきだ! ……そうすればこの世界も必ず変わる!)


 セルバに接近しつつあるというファーヴニラを出迎えるため、ラフェルは外へと向うのであった。



「ド、ドラゴンだーっ!!」

「黒の竜が出たぞーっ!!」


 外壁の外で兵士たちは武器を手に取り、空を見上げては叫んでいた。恐れはしたものの、魔黒竜がかつて勇者の手助けをしたことは周知の事実。流石に魔法で攻撃したり、矢を放ったりする者はいなかった。


──セルバの人間共よ! 邪魔だ! 全員塀の中へ入れっ!


「言う通りにしろ! 外へ警戒に出ている者はセルバの中へ戻れ!」


 ラフェルは転移しながらセルバの外壁に居る兵士たちへ呼び掛けて回り、それが済むと自らもセルバの内壁の上に登り、ファーヴニラを待つ。

 暫く上空を旋回していた魔黒竜は、外に人間が居なくなったのを確認すると、ゆっくり速度を落としながら地上へと降り立った。しかし、降りた途端に地響きを立てながら、セルバの周りを歩き始めたのである。


──人間の魔道士よ! どこにいる!?


 外壁よりも遥かに大きいファーヴニラは、そう言って壁に沿い歩く。


「ファーヴニラっ!! 私はここにいるぞっ!!」


 わざわざ進行方向を先回りし転移するも、まるでラフェルが見えないかのように魔黒竜は通り過ぎていってしまう。


──どこだ!? どこにいる!?


「ここに居ると言っているだろうっ!! お前にはこちらが見えないのか!?」


──そこに居たか、久しいな魔道士よ。


 追いかけること暫く、竜はようやくラフェルに気付いたようだった。


「我らが友よ、先日は教え子たちが迷惑をかけた! 今日は一体どうしたのだ? 我々が魔物に襲われていることを知り、死の渓谷けいこくから来てくれたのか!?」


 すると竜は壁から覗き込むように、結界ギリギリ顔を近づけ羽を大きく広げた。


──そんな事は知らぬ。人間がどうなろうと私の知ったことではない。

──今日はお前が弱者をしいたげていると聞き、真意を確かめに来ただけの事よ!


「な、なんだと!?」


──その昔、私がお前たちを連れ、荒れ狂う海を渡ったのは弱者に手を貸すため。

──それが今はなんとしたことか! お前は私の厚意こういを踏みにじる気か!?


「ま、待て! それは何かの誤解だ!」


──誤解ではない! 貴様の弟子のキスカという魔道士から聞いたぞ!


「ば、馬鹿な!?」


 キスカが自分を裏切っていたというのか!?

 ラフェルが高い位置から見下ろすと、騒ぎを遠くから見ていた兵士や市民らから冷たい視線を投げかけられている気がした。非常にまずい、ここは何とかせねば。


「い、いや! きっとそれは奴の戯言ざれごとだ! 最近忙しく気が立っていて心にも無い事を言ってしまったのだろう! 彼女とはよく話し合っておくが、私が弱者を虐げてなどいないことだけは信じてくれ!」


──そこまで言うなら信じてやろう。……時間を無駄にした、さらばだ。


「ま、待てっ! 話は終わっていないっ!!」


 魔黒竜にセルバを守って貰おうと考えていたが、期待を無視されて飛び去られてしまった。

 残ったのはラフェルを見つめる冷たい視線のみ。セルバの住民たちはラフェルが罪のない人間を捕まえていることには薄々勘付いていたのである。明日は我が身となることを恐れ、誰も声を上げていなかっただけだったのだ。

 その上ラフェルはともかくとして、キスカの人当たりは悪くなかった。それどころか好感を持って接していた人間も少なくなかったのである。他人から見てどちらの方が信用できるかは、明白であった。


 と、その時、突然外壁塔にある大玉石の光が一斉に消えてしまったではないか!

 同時にセルバを屋根として覆っていた結界も消滅してしまったのだ!


「こ、これは何事だ!?」

「ラフェル様! 先程のドラゴンの地響きで、制御装置に異常が出たようです!」


 足元へ走ってきた兵士が叫ぶ。

 ……なんということだ、最近は何もかもが上手くいかない!


「ラフェル様っ! こちらに居りましたかっ!」


 もう一人別の兵士が走ってきた。


「今度は何事だ!?」

「すぐにお戻り下さい! 元市長のマルコフがラフェル様に面会を求めております! なんでも一連の事件の犯人の手がかりを掴んだので報告したいと! それと今現在、結界の制御室に技師が入って修理をしております!」


「あの役立たずが……!? わかった、修理は急がせろ!」


 妙な感じもしたが、ひとまずラフェルは市街地の塔にある自室へと転移する。


 残された二人の兵士は。思わずニヤリと顔を見合わせた。

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