大魔道士の帰還


 ……ここはどこだろう。


 白いカーテンで仕切られたベッドの上で、少女は目を覚ました。左腕が曲がって固定されており自由が効かない……あぁそうだ、自分は気を失い倒れたのだ。


(何事かしら……?)


 耳を澄ませると男と女の言い争いが聞こえる。

 様子を見に行こうとして何とか体を起こすとネグリジェ姿であることに気付く。

 何か羽織はおるものはと探し、ベッドの横に赤いローブがあることに気が付いた。


(……)


 そうだ、全て思い出した。自分は演習の司令官を買って出て、大勢の兵士を死なせてしまったのだ。相手の策略にまんまとはまり、無意識に呼び寄せていた大精霊を使って……それから……。


 急に少女はローブを羽織らずに抱え、慌ててカーテンを開けると診療室しんりょうしつの外へと飛び出したのだ。


パシッ!


「お前が付いていながらどういうことだっ!? タダ飯食らいどもならばまだしも、ヴィルランドの騎兵隊まで死なせるとはっ!! これは軍事外交問題だぞっ!?」


「……」


 診療室の扉を開けて廊下に出ると、急遽きゅうきょ王都から転移帰還したラフェルが鬼の形相ぎょうそうで立っていた。こんなに恐ろしい顔をしたラフェルを今まで見たことがなく、ソフィーナはその場から逃げ出したくなった。

 しかしラフェルにたれ廊下に膝を付いているキスカを見つけ、思うよりも早く二人の間に割って入ったのである。


「止めて下さい! お姉さまは何も悪くありません! 全てこの私がやったことです! 全て私が責任を取りますっ!」


「…………ソフィー」


「……責任を取るだと……? 隊の三割も死なせた無能者が笑わせてくれる……」

「……っ」


 ラフェルの怒りの矛先ほこさきは、立ちはだかるソフィーナへと向いた。


「貴様が死なせた中には騎士ヴォルトもいたのだぞっ!! おかげでヴィルハイムの道楽息子のところへわざわざ頭を下げに行かねばならんではないかっ!! よくもこの俺の顔に泥を塗りやがって!!エランツェルの娘風情ふぜいがいい気になるなっ!!」


 ラフェルに突き飛ばされたソフィーナは壁に頭をぶつけ、抱えていたローブを床に落としてしまった。ラフェルはローブを踏みつけうるさそうに足でどかすと更に詰め寄ろうとする。

 何もかもこの娘のせいで台無しにされた。少しはできるのかと思えばとんだ食わせ者である。怒りはまだ収まらない。


 そこにすかさずキスカがソフィーナをかばった。


「止めてっ!! 止めて下さいっ!! この子は怪我をしているのよ!? ……この子に手を出さないで……! この子はまだ子供なの……お願いよぉ…………」


 キスカは涙声になりながらラフェルへとしがみつく。


「……ふふ……ふふふっ……」


 足跡の付いたローブを握るソフィーナ。

 その様子がおかしいことに、キスカは気付いた。


「ソフィー……?」


「……顔に泥、ですって……? ……私、知ってるんですよ。ラフェル様が今までにしてきたことを……」


「なんだと?」


 壁により掛かるようにして身を起こすと、ソフィーナはラフェルをにらんだ。


「このセルバで罪なき人を捕まえ強制労働をさせていたそうですね? このセルバで一体何の研究をしているのですか? 何の罪もない人たちの命を使って……!」


「……貴様」


「そんなこと、どこで聞いたの?」

「……まさか……お姉さまも知っていたのですか!?」

「……」


 ソフィーナの問いに答えられず、キスカは黙って視線を落としてしまった。


「……今回の件で私は家から絶縁ぜつえん処分となるでしょう。でもその前にラフェル様、貴方のことがお父様の耳に入れば、貴方も只では済みませんからね?」


「戯言を抜かしやがって! おい、誰かいないかっ! この二人を牢に入れておけ!」

「っ!!」

「止めてっ! 離してっ!」

「……なんだこれは? おい! まさか貴様!?」



────プチュン────



「しもたっ! 盗聴がバレたぞいっ!」


 魔王軍の野営地拠点のテントの中で、無線機のツマミをいじっていたドワーフのミーマはヘッドホンを外した。ソフィーナへローブを返す際、密かに盗聴器を仕込んでおいたのである。


 と、ここでアルムの小型通信機へ連絡が入る。


──こちらファラ。ビッグラット工作部隊からの合図を確認しました。例の魔道士は間違いなくセルバの中にいます。


 ハルピュイアたちはガーナスコッチ街道の上空で無線中継機を持ち上げながら、セルバの方向を監視していたのだ。


(よし、今しかない!)


 アルムがテントから外へ出ると既に皆は準備を終えていたのだ。

 どの顔も待っていたと言わんばかりの頼もしい表情をしている。


「これよりセルバ攻略作戦を行う! ファーヴニラ、ブルド隊を頼んだよ!」


「心得た」


「よしお前ら! 魔黒竜様が遊覧飛行へ連れてってくれるぞ! 付いて来いやっ!」

『おぉ──っ!!』


「この拠点はたった今から撤収させる! 急いでみんな配置について!」


 皆、あわただしく撤収を始めると、シャリアが近づいてきた。


随分ずいぶんと配下を使えるようになったではないか」

「君も素直に魔王城へ戻ってくれると嬉しいんだけど……」

「余に命令できるのは余だけだ。……まぁ一旦戻るとしよう」


 そう言ってシャリアは姿を消した。

 代わりにドワーフたちが集まってくる。


「ワシらの仕事はここまでじゃ。アルム、お前さんもセルバへ行くんか?」

「うん。よく見える位置からみんなを指揮しないと」


「気をつけるんじゃぞ。絶対に死んではならん」

「お前さんが死んでも、ワシらは一緒に死んではやれんからな」

「生きて帰って、また一緒に酒でも飲むぞい」


 ドワーフたちは、本当はアルムを戦場などに送りたくはない。だがアルムの決意は知っているので止めることはしなかった。


「おっちゃんたち大丈夫だって、あたしがついてるんだから!」


 セスの言葉に笑いが起き、この場にいる誰もが全てうまくいくと確信した。

 まだ夕方前だが空には雲が立ち込め、薄暗くなり始めた頃であった。



第七話 ガーナスコッチ街道の戦い   完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る