正義を問われ


 奇跡的に骨折だけで一命を取りとめたソフィーナは、亜人の治療師たちに適切な処置をほどこされ座らされていた。服は各所が破れ肌が露出しており、せめてもの情けかマントが掛けられている。

 魔法を使って逃げることはできない。このテントもサイレス鉱石によって魔法を封じられており、横には亜人の監視までついている。その中でソフィーナは騒ぎも暴れもせず、ただ無言で下を向いていたのだった。


「入るけどいいかな」


 テントの外から若い男の声が聞こえた。

 しかしソフィーナは、やはり下を向いたままだ。


「……僕はアルム。君に少し話があるんだけど、いいかな」


 テーブルを挟んで椅子に座るとここでようやくソフィーナは顔を上げた。薄紫の髪と尖った耳、隣に妖精フェアリーが飛んでいることに目を丸くするも、すぐに顔をこわばらせた。


「…………貴方は人間なの?」

「母さんがエルフの血を引いてる」

「エルフ……」


 アスガルドには多様な血の混じった人間がおり、一応は人権が認められていた。その中でもエルフの血を引いている人間は極端に少ない。純粋なエルフはその存在が疑われるほどに見た人間がいなかった。

 そのため勇者と同行したと言われている「エルフ術士ルシア」も、後からの創作ではないか、実は別の種族だったのではないか、などの説が有力視されていた。


「君が軍隊を指揮していたのかな?」

「…………答えられません」

「僕は君の隊に奇襲きしゅうを掛けた軍師だ」

「──っ!!」


 流石に今の言葉には表情を変えざるを得なかったようだ。

 これにアルムも表情にけわしさを覗かせる。


「君は……」

「何故あんな事をしたのですか!? 貴方たちは何者で、何の目的があって!?」


「僕たちは魔王軍だ」


「……そう、なるほどわかりました」

「でも勘違いしないで欲しい。僕らの目的は殺戮さつりくじゃない」


 ここでラフェルとの一件を一通り話して聞かせた。


「僕も始めは信じられなかった。でもこの身で経験した、本当の話だ」

「……」

「君は魔道士ラフェルの教え子なのか?」

「…………信用できないわ」

「……」

「魔王軍と手を組んでいる人の話なんて、信用できるわけ無いでしょう!?」


 目の前の少女がラフェルの縁者えんじゃであるのなら当然の反応だ。

 流石にアルムは覚悟をしていた。


「……百歩譲って貴方の言ったことが本当だとしましょう。それでも貴方は大勢の人間を殺めたことには変わりないわ! このままセルバまで攻め込むのなら、それこそ偽善以外の何物でもないわ! 話し合いで解決できたこともあったでしょう!?」


「今アスガルドは勇者たちの天下だ。話し合いが通る世の中だとは到底思えない。大勢の人を殺めてしまうのは僕も良しとしないけど、平和の影で苦しんでいる人々を見過ごすわけにはいかないんだ」


「それこそ偽善よ! これからどれだけ大勢の人が苦しむか考えられないの!? どれほどの命が失われるか、少し考えれば判ることでしょう!? ……貴方は自己満足のためにセルバを、私の故郷ふるさとを破壊しようとしている! ……そんなの許さない!」


「……悪いけど君の方こそ人間の命を計りに掛け、数字でしか見れていない気がするけどな。実際にその目で確かめれば、きっと考えも変わると思う」


裕福ゆうふくな家の娘だと思って軽く見ないで貰えませんか? 私の父は不幸な人々のために善をくす事業を行っているんです。私自身、引き取り手のいない子供のために里親を探すお手伝いもしたことだってあるんです! 小娘だと思ってめないでくれませんか!? 私は貴方の考えているような視野の狭い貴族の子供とは違う!」


 白熱した策士同士の舌戦ぜっせんは平行線を辿たどる。

 ここで黙って聞いていたセスが遂に啖呵たんかを切った。


「やいやいやい! さっきから聞いてれば『ギゼン』だの何だの! 何なんだ!?」

「!?」


「あ、この妖精フェアリーはセス。いつも僕と一緒なんだ」


 ソフィーナは急にしゃべり出した妖精に戸惑い、アルムは慌ててセスに口を出さないよう注意した。それでも小悪魔ピクシー毒舌どくぜつは止まらない。


「それじゃあお前らは今まで正しいことしかしてこなかったっていうのかよっ!? 違うだろっ! 山林を魔法でふっ飛ばすような真似したのもお前らの仲間だろ!!」

「それは……」

「そのくせに樹霊じゅれいのドライアードなんか呼び出しやがって! 身勝手すぎるのもいい加減にしろっての! 大体お前らみたいな汚れた人間なんかに大精霊が……むぐっ」


(セス、君の言いたいことは十分に理解できる。でも本当に今は遠慮して欲しい)


 アルムがこう言うのも理由がある。今、目の前にいる少女は堂々とアルムに物を言っているようだが、かなり精神的に不安定な状態にあった。目の前で大勢の人間に死なれ、その上で死を覚悟し、今は敵地の真っ只中ただなかに居るのだ。


 それだけでも相当だが、例え司令官をになっていたとしても幼い少女なのだ。


 例を上げれば形状の違う足場をいくつも積み重ね、その上で背伸びをしながら届かないたなの上の物を取ろうとしている幼児と相違そういない。だからアルムはえて真っ向から相手の言葉を否定したりはせず、声も張り上げなかった。


 もし精神崩壊でも起こされたら、そこには何も残らない……。


「……確かに、私は今まで自分のして来たことが全て正しいとは言えません。でも後悔もしていません。……貴方の奇襲は驚くほど迅速じんそく奇怪きかいでした。あんな攻撃を受けてまともに対処できるほどの者は、恐らくこの大陸には存在しないでしょう」

「……」

「……もう私に居場所はありません。私を敵と認めて頂けるなら処刑して下さい」

「そんなことはしない。さっきも言ったけど、僕らの目的は殺戮さつりくではないから」


 彼女から聞ける話はもう無いだろう。これ以上は時間の無駄だ。


 丁度その時、侍従長じじゅうちょうのエリサがテントに入ってきた。


「外でこれを見つけ貴女の物だと聞き修繕しゅうぜんしておきました。体はまだ痛みます?」


 そう言って肩に優しく手を置きローブを手渡した。先ほどソフィーナを治療したのもエリサだったのだ。どうしてこんな人が魔王軍にいるのだろうか?


「貴女は人間……ですよね?」

「私も昔、セルバに住んでいたんです」


 この言葉に、ソフィーナはエリサの腕を掴んだ。


「ではどうして貴女は魔王軍にいるのですか!? 今からセルバは……! 」

「住んでいたと言っても十二歳くらいまでです。孤児院こじいんにいました」

「……えっ?」


 少女は違和感を覚えた。貧民街ひんみんがいすらない今のセルバに孤児院など存在しない。


 それでもソフィーナはかすかな幼い日の記憶を思い出した。まだセルバに内壁が無かった頃、南側外壁の影となり日の当たらなかった場所があったことを。

 母から絶対に近づいてはいけないと言われていたあの暗い場所。そこには当時、小さな貧民街があったのだ。


「お世辞にも良い場所とは言えませんでした。いつも皆お腹を空かし鼠を捕まえては食べ、弱い子から病気になり死んでいきました。盗みを働いた子は捕まり二度と帰っては来ませんでした。雨風をしのげるだけマシだったかも知れません」


「……そんな……」


 エリサはソフィーナの腕を引き離すと、いつも頭にしていたスカーフをほどいた。


「────っ!?」


「今はその孤児院すら無いそうですね。今の私にとってはどうでもよい事ですが」


 スカーフの下から現れたのは、無残にも折られた白い角だった。


 魔道士ラフェルがセルバの振興事業しんこうじぎょうを推し進めて数年後。貧民街は強制的に排除され、抵抗したものは容赦ようしゃなく牢に入れられた。

 孤児院の子供たちを占い師に血縁者を探させては引き取らせ、見つからない子は里親に出させた。国を上げた方針でも、押し付けられた方はたまったものではない。引き取られた多くの子供は知らないうちに売られるか、野や森に打ち捨てられた。その中には数多くの亜人の子供たちもいた……。


「……連れて行け、釈放しゃくほうさせる」


 アルムの言葉に亜人たちは、口元を押さえて涙をこぼしているソフィーナを抱えて出ていった。


「……エリサ、今の話は本当なの?」


 髪を整え、再びスカーフを巻いている侍従長に声を掛ける。


「軍師様、女の過去を詮索せんさくしないで下さいませ」


 エリサはそう言い残し、一礼するといつもの静かな表情でテントを出ていくのだった。

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