第七話 ガーナスコッチ街道の戦い

我ら魔の軍勢也


「全隊止まれー!!」


 司令官であるソフィーナの合図を見て、殿しんがりの騎兵が号令をかけた。街道を前進していた大勢の騎兵や歩兵らは、まるで大蛇のうねりのように後方から歩みを止める。


 下された山林への警戒命令に従い、右翼側の兵は一斉に盾や弓を構えた。


 ソフィーナは遥か街道前方へと目を向ける。彼女はあまり目は良くない方だが、持参の遠目薬を服用したためかなり視力が向上している。行く手を阻んでいる者の正体が、街道を横断するように並んでいるリザードマンであることを確認した。


(あれが山の神様の正体? 確かリザードマンは過去にセルバへ攻め入り、占領せんりょうした歴史があるけれど、あれはその生き残りなのかしら?)


 偶然にしては奇妙だ。これは遭遇そうぐうではなく待ち伏せの可能性が高い。

 試しに右翼の兵士らに山林へ矢を撃たせてみた。しかし、山は動かない。


『お姉さま、会敵かいてきしました。相手はリザードマン二十八体、辺りに伏兵ふくへいがいないか調べて貰えませんか?』


──わかったわ! すぐに水晶玉で調べるわね!


 リザードマンたちは暫く向かってくる様子だったが、こちら側が完全に歩みを止めるとやはり歩みを止め、その場に大盾を構え身をかがませたのだ。


(不用意に攻撃を仕掛けるのは得策ではないわ。まだ魔法や矢の射程に入っていないし、罠があるかも知れない。村を背水に取っているのもいやらしいわね……)


──調べてみたけど山林からは何も確認できなかったわ。水晶玉からだと見落としている可能性があるけど……。


 魔法使いが水晶玉で見れるものは限られている。例えばこちらが特定できる何かであったり強い思念の集合体でないとはっきりとは見えないのだ。だが少なくとも山林に大隊が潜んでいる可能性は低いことがわかった。


『わかりました。ありがとうございます』


 ここで兵士らの間にもうけた連絡通路から、一騎の騎兵が近寄る。


「司令官殿、ヴォルト隊からの進言です。使者として一人向かわせたらどうかとのことですが、いかがしましょうか?」

「このままでもらちが明きませんわね。わかりました、許可するとお伝え下さい。但し、罠である可能性があります。十分に注意せよと」

「はっ!」


 騎兵は大部隊前方の騎兵隊へと戻り、ヴォルトに伝えた。

 すると隣りにいた若い騎兵の一人が前に出る。


「俺に行かせて貰えませんかね? 何なら俺一人で蹴散けちらしてきましょうか?」


こうあせるなっ! 何度もお前たちに教えたがリザードマンは手強いぞ! 決して油断するな! 始めは手を出さず、まずは話し合いで済ませろ!」


「……わかりましたよ。トカゲに話が通じるかわかりませんけどね」


 お調子者の若い騎兵は旗を手にし、一人リザードマンたちへと歩みを進めた。



 一方ルスターク将軍らリザードマンの隊は、街道をはみ出し平地の端から端まで封鎖ふうさするように陣取っていた。封鎖と言っても街道を含む平地の幅はかなり広く、二十八人程度では一人一人の間隔がかなり空いてしまっている。


 そして、前方の大部隊から騎乗した人間がこちらへ向かってくるのが見えた。

 手に旗を持ち、時折地面をつついて罠があるか確かめているようだ。


(将軍……)

(私が行く、合図があるまでお前たちはここにいろ)


 ルスタークはリザード兵らを残し、旗を手に持ったまま向かって来る騎兵へ一人歩き出す。向こうもそれに気付くと真っ直ぐこちらへと向かってきた。


──将軍、そこで止まって! 向こうの射程に入る可能性がある!


 アルムからの通信、素直に足を止めて旗を地に差し腕を組む。若い騎兵もそれに合わせて馬を止める。両者相手の顔がはっきりわかる位置で対峙たいじした。


「我らはヴィルハイム騎士団とセルバの兵士! 何者だ! 何故行く手を阻む!?」


 若い騎兵が声を上げた。

 ルスタークは何も喋らず立っているだけだ。


「聞こえているのか!? そこをどけと言っている! 蹴散けちらされたいのか!?」


「我ら魔の軍勢なりっ!!」


 ルスタークは山へ木霊こだまする程の大声を上げた。


 ようやく返ってきた言葉に騎兵はポカンとする。そしてバカにするように耳に手を当て、聞き返す素振りを見せたのだ。

 だがルスタークはそれ以上何も言わず黙って立っているだけだった。若い騎兵は両手を上げて「こりゃダメだ」の仕草をすると、騎兵隊からの笑いをかった。


 そして若い騎兵がきびすを返し、騎兵隊へと戻ろうとした時だった。

 ルスタークは素早く背中のシミターをつかむと地を駆け、騎兵の背面はいめん目掛けてぶん投げたのだ!


ボトッ


 投げられたシミターは敵を狩るとを描き、主のそばまで帰ってくると地に刺さった。一方で人間たちは肩から上の無くなった騎兵がこちらへ歩いて来る姿に、一瞬で笑いが戦慄せんりつへと変わったのだ。


 これにリザードマンたちは背中のシミターを振り上げ、一斉にはやし立てる。


「突撃だ!! 蹴散らせーっ!!」


 騎士にとってこの上ない屈辱を受けた。ヴォルトは剣を抜くと、司令官の命令を待たずに声を上げる。これに呼応して前衛を務めていた騎兵の全てが大声を上げ、ルスタークらリザード隊目掛け、一斉突撃を仕掛けたのだ!

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