運命の日


 そして二日後。ヴィルハイムから騎士団を迎えたセルバでは騎兵隊や兵士たちが朝食を食べ終え外壁の外に集まりだしていた。これから部隊を引き連れ演習という名目でガーナスコッチへ向うのだ。今から向かえばどんなに遅くとも日が高いうちに着くだろう。万が一村人との話し合いが上手くいけば、交流も兼ねて現地で一泊する予定となっていた。そこから今度は山林の調査に乗り出すのだ。


 内分けはヴィルハイム騎兵隊三百、セルバ兵士五百、熟練魔道士五十、その他も含め約千弱のちょっとした大部隊である。当初はこんなに集まる予定ではなかったのだが、毎年合同訓練をサボろうとする兵士が続出するため希望者をつのったのだ。

 ところが今度は予想を大幅に上回る数が集まってしまった。その理由としては、弱冠じゃっかん十七歳の少女が司令官だということが口伝くちづてで広まり、非番者までもが参加を希望した事がおもだろう。よう物見遊山ものみゆさんだ。



「ごめんなさい、私はラフェル様の代理で市政を見なければならないの。何かあれば思念テレパシーで相談して頂戴、気を付けてね」


「心配ご無用ですわキスカ姉さま。では行って参ります」


 塔の外には馬に乗った熟練魔道士ら数名と、ヴィルハイム騎士団第一回師団長のヴォルトらが出迎える。ヴォルトはもうすぐ引退の歳であるが、かつて魔王軍との戦いにおいて活躍を見せ、周囲からそれなりに信頼されている騎士であった。


 慣れた様子でソフィーナがひらりと騎乗すると、周囲から感嘆かんたんの声が上がる。

 そしてたくみな手綱たずなさばきでヴォルトの横へと付けたのだ。


「ソフィーナと申します。本日の指揮はお任せ下さい」

「宜しく頼みますぞ。……しかし随分とお若いですな」

「実践訓練は今日が初めてですの。ご意見、ご指導の程をたまわりたく存じます」

「ふむ……では早速伺いましょう。何故荒野ではなく田舎の村などに遠征えんせいを?」


 ここでソフィーナは、ヴォルトに理由を正直に話した。


「……はっはっはっ! 成程! これで納得がいきました。そういうことであれば協力致しましょう。但し、我々が騎士であることはお忘れ無きよう」


「ご安心下さい、十分に理解しておりますわ。……あぁ良かった、ヴォルト様が聡明そうめいな御方で! 本当は断られたらどうしようかと考えておりましたの。今回の演習はとてもうまくいく気が致します」


 ヴォルトはにこやかに笑顔で返すも、内心ではソフィーナを考察こうさつしていた。


(こちらの度量どりょうを試しに来たか? エランツェル家の娘とは聞いていたが、成程な)


「ところでヴォルト様、聖地ラカールのアルビオン教皇きょうこうをご存知ですか?」


「ん? あぁ、直接お会いしたことはありませんが、大分お若く見えるそうですな。何でも少年と見紛みまがうほどにお若く見えるだとか……」


うわさでは神具を使わずとも目の前の相手の心がわかってしまうそうです……とても恐ろしい話ですが、是非ともあやかりたい力でもありますわね」


「!? ……ははは……そうですかな」


 ヴォルトはソフィーナの言葉を曲解して受け止めてしまい戦慄せんりつを覚える。

 色目を使ってこちらを見ているのなら止めて戴きたい、と。


(……油断ならぬ娘よ!)


 自分の首の根を押さえに来た少女に、ヴォルトはただならぬものを感じざる得なかった。


 そのまま一行は南側の大通りを進み、南の内門へ向う。いつもはバザールの露店が立ち並ぶこの通りも、本日出店禁止となっている。それでも市民から不満の声が少なかったのは、先日の農作物騒動の影響があるのかもしれない。


 と、ここで大きなねずみが数匹一行を横切った。


「おやおや……。そういえばセルバに来て随分と鼠の奴を見かけますな。昨年は鼠など一匹も見かけなかったのに。今年は一体何事でしょうな?」


「……私も来たばかりなので何も……。ヴォルト様は昔のセルバをご存知ですか? 私は幼少の頃この街にいたのですが、昔と随分雰囲気が違うので驚いています」


「ふむ……?」


 感受性かんじゅせいの強い娘だとヴォルトは思った。

 そして馬上から正面にそびえる南の外壁を見つめ、目を細める。


「……昔よりも住みやすくなりましたよ、この街は。今住んでる者にとってはね」


 騎乗した一行はやがて内門をくぐり、外門から外へ出た。



 一方ガーナスコッチでは、今日一日街道閉鎖されるとの連絡が入ってはいたが、具体的な事は何一つ聞かされてはいなかった。しかしその後アルムからの連絡で、兵士やヴィルハイムの騎士が大勢押し寄せると知らされたのである。


 そのため村の入口では人っ子一人いない状態となっていた……筈であった。


 悪ガキ少年団改めザップ自警団が、村の入口から街道の様子を伺っていたのだ。大人に見つかれば、ぶん殴られしかられるのは目に見えている。なので民家の屋根に隠れてこっそりと、だ。


(ザップの兄貴……俺怖くなってきちゃったよ……)

(……怖かったら帰れよ。今日はここで絶対に何かある。俺は見届けてやるぜ!)


 そういって頭になべを被ったザップは街道をじっと見つめた。見ると他の少年らも鍋を兜に見立てて被り、手には家から持ってきたなたなどが握られている。

 もしかすると人間と魔王軍のいくさ勃発ぼっぱつの瞬間を、この目へ焼き付けることができるかも知れない……。そんな期待が彼らをここへと呼び寄せたのだった。


 待つこと暫く、少し離れた山の中から人影が出てくるのが見えた。


(来たぞ! 隠れろ!)


 そして恐る恐る頭を上げると、山から出てきたのがリザードマンの集団であることがわかった。数は多く見積もって三十人程度だろう。手には大盾を持ち、背には大きなシミターを背負っている。隊長らしき者ははたを持っていた。


(ま、魔物だ! ……魔王軍なのかな。村を襲ってきたりはしないよね……?)

(セルバからの兵隊ってどれくらいくるんだろう……)

(さあな……。街道閉鎖するくらいだから……百以上来るんじゃねぇの?)


 更に待つこと少々、遥か遠方に黒い影が見えたのである。


(来たぞ! セルバの兵隊だ!)

(……あ、兄貴……なんか向こうやけに数多くないっスか?)


 街道の山陰から段々と近づいてくる大群、その数は次第に増す。

 更にそれが騎兵隊であることがわかり、少年たちは青ざめていった。


(……無理だろ……これ……勝てるのかよ……)


 セルバからの数はまだまだ増え続ける。

 少年たちは一人、また一人と逃げ出し始めた。


「……やべぇよこれ……絶対やべぇだろこれっ!?」


 ザップも慌てふためき走って逃げて行った。



 ガーナスコッチの村にある酒場では、足止めを食らった冒険者たちであふれかえっていた。クエスト中止の連絡が届いたのは大分後になってから。それから魔道士が山を削るのに街道が閉鎖され、解除されたかと思ったらまた閉鎖である。遠方から来た冒険者はクエスト再開へのあわい期待をしながら村に滞在していたが、遂に持ち金尽きて帰るに帰れない者まであった。


「あーあ、いっそ農家に手伝いでも行って金稼ぐかな」

「ところでよ、お前知ってるか? この村のうわさ

「噂って?」


 安い酒をちびりちびりとやっていた冒険者に、他のパーティの男が声を掛ける。


「最近夜に村人が家畜連れてどっか行くだろ? 俺たち夜は外出禁止で宿屋から出れないが、こっそり後を付けて行った奴らがいたんだとよ」


「……それで、どうだったんだ?」


「途中で見つかって村人に捕まったまんまだと。逃げ帰った奴がそう言ってたぜ。何でも森の中で怪しいミサでもやってるような雰囲気だったらしいぜ」


「……田舎って怖えぇ。……こうなったら遠回りしてでも帰ったほうが良さか」

 

バタンッ!


『街道に魔物が出たってよ! ギルドから報酬を貰えるチャンスだ!』


 この言葉に酒場内はどたばたと慌ただしくなった。例えギルドのクエスト発注が無くても、民家の近くに魔物が出れば天下御免で臨時クエストと成り得るのだ。更にその時の成功報酬は、普段よりも格段に高い事が多いのだ。

 

 皆、慌てて得物を手に出ようとするも、突然ガラの悪い男たちが入ってきた。


「おう邪魔だぞゴラァ!」


 男らは手に剣や棍棒を持っており、各々立っていた冒険者たちを捕まえては席へと押し戻してしまう。


「ど、どいてくれ! 俺たちは外へ出るんだ!」

「悪りぃが入り口は通行止めだ。席に戻んな」


 一番背の高い大男が冒険者二人をつまみ上げ、席に座らせると酒をぎ始める。


「ガーナスコッチへようこそ冒険者さんたち。今日は一日ゆっくりと楽しもうや」



 その頃、アルムは街道沿いの山林、その頂上付近の塹壕ざんごうの中にいた。双眼鏡を覗き込み、注意深くセルバの軍隊を観察する。その様子をとなりでセスが心配そうに見ていた。


「……人間がうじゃうじゃいる……。大丈夫なのアルム?」

「予想より大分多いけど、今日は勝ちいくさだ。問題ない」


 そう言うが、内心不安もあった。


(すごい数だ……おそらく千人はいる。いや、それ以上にいい陣形……陣形というよりまるで城のようだ。前方の騎兵隊が重装備……、一方で兵士が剣と弓を主とした軽装備なのは、山林戦を想定としているからだろうな)


 単純に縦列じゅうれつ陣形、もしくは山林からの奇襲に備えた陣形で来るものと思っていたが、予想以上の兵配置に溜め息が漏れるアルム。前方に重装備の騎兵中隊が二組、そこから兵士が続き、陣形中央には魔道士らしき者が数十。そこから兵士らが大勢居る大隊があり、更に殿しんがりには騎兵隊が後を追う形となっていた。成程、騎兵隊で兵士らを囲むようにすれば、普段やる気のない兵士らでも気を引き締めざるを得ない。

 陣形の右翼、つまりこちらの山岳側は兵士らで、向こう側の川に沿った左翼側は騎兵隊がめていた。視界を山林側へ広く取れる工夫なのだろうか。


(……あの中央で騎乗してる魔道士の中にラフェルの弟子がいるんだな。慣れない同士で組んだ編成だろうにここまでやるとは……。まさかセルバ市からこの形態を維持して来たのか? ……だとすれば恐ろしく手強い相手だ……)


 アルムはマルコフから司令官がソフィーナであることを知らされていなかった。つい数日前にセルバを訪れた彼女を、マルコフは把握はあくしていなかったのである。

 まだセルバを監視していたビックラット工作部隊からも「司令官は女の魔道士」としか連絡が入っていなかった。


「こちらアルム。各部隊、状況はどう?」


──いつでもいいぜぇぇぇ!!

──準備万端ばんたんです。

──こちらマードル、まだ少々かかりますっ!


「慌てないでマードル、確実に準備してね」


 小型通信機で各部隊隊長へ連絡を取る。グレムリンたちが作ってくれた中継機器のお陰で大分良好に聞こえる。

 そして最後は視界に入っているルスターク将軍へと連絡を取った。セルバの軍と彼らとの間はまだ視界に収まりきれないくらいに離れている。ようやく互いに相手の存在に気付いた頃だろうか。


「将軍、見える? 攻撃のタイミングは将軍に任せるよ」


──はい軍師殿、会敵かいてき致しました。こちらはお任せ下さい。


「大群だけど作戦通りやれば勝てる。武運を祈るよ」


──無論勝つつもりです、では。


 通信を切るとルスタークは、部下たちと街道を横へ広がりながら歩き始める。

 遥か前方からは旗を幾本も掲げた大群が押し寄せて来るのが見えた。


(むしろ少ないくらいだ。父上はこれよりはるかに大勢の相手をとったのだろう)


 亡きバストン将軍の思いを胸に、魔王軍の旗を掲げて前方の敵へと集中する。


(魔王様……軍師殿。このルスタークにこの様な場を与えて下さり感謝します)


 将軍は街道に広がる二十七人のリザードマンらと歩調を合わせ、心を震わせた。



 ガーナスコッチ街道の戦いが今、始まる……。



第六話 忍び寄る運命の日   完

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