策士たち


 次の日の朝。セルバの農産物ギルドで騒ぎが生じた。それは勿論もちろんガーナスコッチから野菜や畜産物が届かないからに他ならない。慌ててギルドは現地に人を送って事情を聞こうとしたが、村人誰からも曖昧あいまいな返答をされてしまう。まぁ一日くらいならとその日は引き下がったが、一応役人には届け出たようだ。


 一方で。ガーナスコッチ以外の農村地帯では奇妙な事が起こり始めた。他所から来た者が食料や農産物を買いあさっていくのである。


『おい、ねぇちゃん。棚にあるやつ全部くれ。それとここいらで家畜売りたがってる家は無いか? 教えてくれよ』

『こんにちはおばあちゃん、いいお天気ね。まぁ立派な牛だこと! ……あら、もうお乳を出さないの? よかったら高く買い取るけど如何いかがかしら?』


 なんとガーナスコッチの村人は自分たちの食べる分まで売り払ってしまい、隣の農村へ買い出しに走っていたのである。それだけではない。中には農業未経験者でありながら、農作物を魔王軍などへ転売する者まで出始めた。

 そして次の日の朝にはとうとうギルドに納品する者はほとんどど現れず、市場いちばには閑古鳥かんこどりが鳴く始末となってしまったのだ。


 当然、この皺寄しわよせは領主のラフェルにまで届く。


「……というわけで他の農村地域へはギルドの職員と憲兵を向かわせることで解決しました。後日、ガーナスコッチ以外からは通常通り作物が届くでしょう」


「それだけではセルバのバザールがほそるぞ! なぜガーナスコッチへは憲兵を向かわせなかったのだ!?」


「向かわせました。村長に話を聞こうとしたところ逆に大勢の村人に囲まれ逃げ帰ってきたそうです。流石に村人へ槍を向けるわけには参りません。明日来られる騎士団の客将かくしょうたちから物笑いの種にされてしまうでしょう……」


「……くそっ!」


 先日ラフェルが出かけたのは、エルランド領のとなりにあるヴィルハイム騎士団領のユリウスのところであった。毎年セルバでは騎士団領から騎士を招き、セルバの兵士と合同訓練や親睦会しんぼくかいを開いているのである。平和であるこの世の中、存在が薄れゆく彼らに意義を持たせてやるための、苦肉の策でもあった。

 バルタニアの国王に忠誠を誓い、弱き立場を助けるのが騎士の役目。農民に刃を向けるなどもっててのほかである。もし言うことを聞かないからと兵士を向かわせれば、冷ややかな目で見られるのは明白めいはくであった。


「文句を言いに来たファーヴニラといい、一体何なんだ! 死の渓谷けいこくはここからはるか山奥ではないか、短気な奴め! ……まるで見えない何者かから兵糧ひょうろう攻めを受けているかのようだ! ……まさか、誰か裏で糸を引いている奴がいるのか!?」


「確かに私がファーヴニラと会った時、一旦ガーナスコッチの方向へ飛んで行った様に見えました。それと村を訪ねたギルド職員からの話ですが『作物は全て山の神様にとられた』などと話していたと……」


「──プッ……ふふふふっ」


 ここで突然、ラフェルとキスカの話を聞きながら三編みを編んでいたソフィーナが笑い出した。


「笑い事ではないぞ! 深刻な問題なのだ!」

「……ソフィー、お願いだから真面目に聞いて頂戴」


「ご、ごめんなさい……でも可笑しくて……ふふっ」


 一通り笑い終わったところでソフィーナは表情を戻す。


「……お話は大体わかりました。確かにそれは困りましたね。このソフィーが解決の知恵をお授けしましょうか?」


「本当なの?」

「ほう、話してみてくれ」


「ガーナスコッチ街道の通行を一日閉鎖し、今度訪ねて来られる騎士団にセルバの兵士と魔道士を加え、合同演習としょうして村へと向かわせるのです」


「で、でもそんなことしたら良い目で見られないわ」


「あくまで名目は街道での合同演習です。お百姓ひゃくしょうさんは土地を手放して逃げ出せません。大勢の騎兵や兵士を見ればお話にも応じてくれるでしょう。山の神様も供物くもつをお返しになられ、きっとお姿を見せて下さいますわ」


「……しかしファーヴニラがまた現れた場合どうする気だ?」


「竜は『山を削るな』と言っただけで、立ち入るなとは言わなかったのでしょう? もし現れたら現れたで討伐の大義名分が立ちましょう。死の渓谷けいこくは金銀財宝の鉱脈が眠ると昔からのうわさ、試して見る価値は大いにあると思いますわ」


 ソフィーナの言葉に、ラフェルとキスカは顔を見合わせた。とても学業を終えたばかりの少女と思えない、筋の通った進言である。名家貴族の娘というものはこうも違うものなのだろうか。


「ソフィー、貴女随分すごいこと考えるのね……」

「成程、筋は通る。では今度来る師団長に話をつけてみよう」


 するとソフィーナは身を乗り出し、胸に手を当てた。


「その時はこのソフィーを司令官に任命して下さいませ。きっとお役に立てます」


「な、何を言っているの!? そんなのダメよ! 危ないわ!」

「私、士官学校へも行きましたの。兵学もたしなんでいますわ」

「それでもダメよ! ……お願いソフィー、考え直して頂戴」


「キスカお姉さま、申し上げた筈ですわ。私はラフェル様や姉さまの力になりたいのです。それに自分の力を試す良い機会でもあるんです……どうかお願いします」


 押し問答をする二人を眺めながら、ラフェルは考えていた。


 ソフィーナはエランツェル議長の娘である。エランツェル家とえんが持てれば国政に口をはさむ立場にもなれるだろう。今まで国政などに興味は無かったが、ここらで自分も出世してみるかと思い始めた。

 国王に息子はおらず、まだ幼い孫がいるだけだ。ゆくゆくは自分が摂政せっしょうとなって国全体を動かしてみるのも面白いかも知れない。


「わかった。君を司令官にする方向で話をしておこう。もし今回の演習がうまくいったらこの街の市長に任命しようじゃないか。その時はキスカ、彼女を補佐してあげたまえ」


 ラフェルの一声にキスカは唖然あぜんとし、ソフィーナは目を輝かせた。


「残念だが当日は王都での会議と予定が被ってしまった。騎士たちを出迎えた後、すぐ向かわなければならない。キスカ、ソフィーナを頼んだぞ」

「承知しました」

「ありがとうございます、ラフェル様!」


 キスカはラフェルの思惑に薄々気付き始めるも、愛弟子まなでしの無邪気な笑顔に渋々と了承りょうしょうするのであった。



 そして、セルバは夜を迎えた。その西の森の中で……。


「アルム君、大変なことになってしまった!」


 姿を見つけ開口一番、マルコフは慌ててアルムを小屋へと招き入れた。今日はハルピュイアたちを連れてきてはいない。この前転移ポイントをこの小屋へ設置し、魔法陣を使用して来たのだ。そのせいか兵士たちは少々残念そうな顔をしていた。


「実は急遽きゅうきょ騎士団領から騎兵師団が来ることになったのだ! 彼らは暫くセルバに滞在するだけでなく、二日後街道で大規模な演習を行うようなのだ!」

「……騎士団、ですか」

「それだけではないぞ! ラフェルが当日から王都へ会議に出かけてしまうらしい! そうなったら我々の計画にも支障が出てしまう!」

「ふむ……」


 少し考えたアルムは身を乗り出した。


「マルコフさん、それはむしろセルバの戦力をぐよい機会です。演習中に襲撃を受ければ流石のラフェルも慌てて戻って来るでしょう。そこが狙い目です」


「な、成程……しかし彼らは騎士だ。セルバの兵士とは全く実力も違うぞ?」

「相手の実力はあまり関係ありません。速攻の奇襲を受ければいずれも同じです」

「おっさん! うちの軍師殿をめてはいかんぜよ!」

「うむむ……。わかった、君らを信じるしか無いようだな」


 そう言ってマルコフは袋の中からなにかを取り出して見せた。


「見てくれ、加工されたサイレス鉱石の一つだ。後は頃合いを見てすり替えさせるだけだ。勿論もちろん装置の技師は私の知り合いでめている、万全だよ」

「ありがとうございます」

「それと、こんな物も持ってきたんだ」


 それはセルバの周辺地図と、セルバ市街の略式模型だった。


「これは凄い。まるで模擬戦みたいだ」

「その通りだとも。早速作戦を練ろうじゃないか」


 こうして二人は、当日のセルバ攻略へ向けた打ち合わせを始めた。


「……実は面白いものを森の中で見つけてね……」

「……成程。それは押さえておく必要がありますね……」

「……それと市民の誘導なんだが中央広場でいいんだね?……」

「……はい、できるだけ市民に危害が及ばないようにしたいので……」


 慎重にシミュレーションを重ね、二人は協議した。狙うはラフェルの首一つ。


 そして話し合いは終え、見張りに出ていた兵士らを呼び寄せる。そして彼らの前にアルムは金貨の入った大きな袋を置いた。


「お待たせしてしまってすみませんでした。皆さんと分け合って下さい」

「……遠慮したいがここは受け取っておくよ。私も大分私財を使ってしまってね」

「余ったサイレス鉱石も自由に処分して下さい。セルバが戻った、その後で」


 そして持参したグラスとびんをテーブルに置く。いつかシャリアから飲まされた、あの果実のジュースであった。


「僕が初めてあの街へ立ち寄った日、確かに心から自由を感じたことをはっきりと憶えています。……それが本物となるように、共に戦いましょう」

「うむ……取り戻そう、我々の手で。本当のセルバの街を!」

「我々セルバ市民の手に」

「訪れる大勢の誰かのために」

「がんばるぞ~!」


 五人は高くグラスを掲げ、勝利を祈り、そして別れた。


 アルムは帰還アイテムを使う前に、首の小型通信機のスイッチを押した。


「……もしもし、ミーマおじさん聞こえる? ……うん、こっちも聞こえるよ。すぐ蓄電石バッテリー祈祷きとうの間に……うん、そう全部。それとルスターク将軍とブルド隊長たちを集めて欲しい。今から作戦会議をするから……よろしくね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る