ブルドの追想


 ガーナスコッチ全ての農村に囲まれた森の中、松明たいまつの灯りが列をなす。魔王軍へ食料を売りに来た人間たちの列である。こんなところをセルバの役人に知られたらとんでもないことになるが、ガーナスコッチでは治安維持を地主らが行っていたので一人もいなかった。

 列の最後尾は森の外まで出てしまっている。家畜の鳴き声までが聞こえ、誰もが隠すつもりなど毛頭無かったかのようだ。みんなで渡れば、の精神なのだろう。


「こちらの紙に村と名前を。納品名と数は自己申告でお願いします」

荷車にぐるまでの方は一旦こちらで預かります。後日村長の家に届けますので」


 ながテーブルを置き、受付を行っているのはやはり亜人あじんの娘たちであった。始めは人馴れしていない彼女たちがうまくやれるかが心配だったが、杞憂きゆうだったようだ。魔王様を相手にするよりかはずっとマシなのかもしれない。

 闇魔道士たちが設置した転移魔法陣の上に、次々と家畜や食料が置かれては消えていく。

 人間たちは金貨の入った袋を受け取り、皆ホクホクとして帰っていく。魔王軍は財だけには困っていない。例え金がきても「死の渓谷けいこく」という自然の巨大金庫があるので、何も怖れるものはないのだ。


 一見うまくいってるようだが流石に品と金が集まる場所、用心棒は欠かせない。見張り役としてブルド隊のコボルトたちを連れてきた。半人半獣の彼らの姿、当然そのままの格好だと怖がられるので、宴会用の着包きぐるみを着させて警備させている。

 それでも始めは不気味がられていたが、今は農家のおばさんが談笑だんしょうしてくる程度にはなごんできた。コボルトたちも満更まんざらでは無いようで、冗談を言いながらおどけて見せている。


 ここまでしても、を乱す者は出てくるものである。


ガタンッ!


「おいゴルァ! ボーッとしてんじゃねぇよ! どうしてくれんだよこれ!」

「な、何だあんた! 急に割り込んでくんなよ!」


 ガラの悪そうな男が騒ぎを起こし始めた。しかし彼の背後に迫る、巨大な影。


「おう、静かに並べや。切り刻まれて魔王様の供物くもつにされてぇのか、なあ?」

「ひっ!? す、すいやしぇ~ん!」


 大斧を手にしたブルドに、男は大人しく引っ込んだ。それを見てブルドは引き下がり、列がよく見える位置に腰掛け、斧を立てると手とあごを乗せた。


「ブルド隊長、お疲れ様」

「おぉ、軍師か。……全くやれやれだぜ。を待てとは言われたが、まさか部下が人間を襲ったツケが人間のおりだなんてよ。俺もついにヤキが回ったか?」

「そんなことないさ、ブルド隊にはまだまだ頑張って貰わないと」


 ブルドはじっと人間たちの列を眺めていた。皆、松明やカンテラを手にゆっくりと歩く。その光景に、遠い過去の思い出が重なりよみがえってきた。


「……ブルド隊長は魔王軍にどれくらいいるの?」

「自慢じゃねぇがヴァロマドゥー様の頃からだ。魔族四大魔将の一人の直属部隊にいた……。つってもまだ駆け出しの頃で、数合わせに呼ばれただけだがよ」

「それでも凄いじゃない!」

「凄かねぇさ、俺を残してほぼ全滅しちまったんだからよ。その時の傷がこれだ」


 そう言ってブルドは眼帯をさす。


「恐ろしく強い奴らだった。当時千人はいたワーウルフ部隊がたった数人に皆殺しにされたんだ。四大魔将だった大将もすべなく勇者に討ち取られちまったのさ」

「…………」


 戦いの中で気を失い、傷の痛みで目を覚ますと既に勇者たちは居らず、そこには仲間だった者たちのしかばねがどこまでも続いていた。痛む体に鞭打ち魔王城に帰還して報告をするも、魔王からはただ「そうか」と言われだだけでなぐさめの言葉も懲罰ちょうばつも与えられなかった。

 そこからブルドは必死に己を鍛えた。たった一人生き残ったワーウルフ、一族の誇りのためか、悔しさからか、周りを見返すためだったのか、今となっては思い出せない。そのどれもであり、どれでもなかったのかも知れない。


 そんなおりブルドが出会ったのはコボルトたちの隊であった。隊長が討ち取られてしまい、隊が解散に追い込まれているのだという。ブルドを見るなり、自分たちの隊長になってくれと懇願こんがんしてきたのだ。


「……全く、とんだ押しかけだったぜ。奴らちょっと器用で魔法が使えたが、剣の振り方がてんでなっちゃいなかった。逃げることはゴブリン並みに一丁前。そんな奴らを俺は一からしごいて鍛え上げたんだ」

「そしてブルド隊は結成された……」

「隊として認められた頃、もう魔王軍は壊滅に近かった……。そして遂に俺たちへヴァロマドゥー様から最初で最後の任務が下った。それは勇者たちが迫る魔王城から、シャリアお嬢たちを脱出させ護衛する任務だったんだ……」

「…………」


 城の裏口を使って逃げ、外に隠されていた転移魔法陣まで大勢の戦えぬ魔物たちを誘導し護衛した。その間何度も城から爆発音といかづちの音が鳴り響き、皆は思わず振り返る。その度に引き返そうとする者を引き止めるのがやっとであった。

 ようやく転移魔法陣まで辿り着き、当時魔王城のあった大陸北西のアプラサス島

に別れを告げる。皆が大陸へ転送を終えた頃には、島から大爆発と煙が見えた。

 大勢が声を押し殺して涙を流す中で、当時やっと歩けるようになったシャリアは黙って島を眺めていたという。声を出さず、涙も流さず、ただじっと……。


「……もう三十年くらい前の話さ」

「それから、どうしたの?」

「一旦解散となり散り散りとなった。時が来た頃にもう一度、お嬢のために建てられた隠れ城に集結しようってな。お嬢は補佐官に連れられどこかへと姿を消した」

「どこかって?」

「それは誰も知らん。そして十年前、補佐官とお嬢が再び姿を現した。その時にはもうあのシャリアお嬢は今の威張り屋でおっかねぇ魔王様になってたってわけさ」

「そっか……」


 その後、人間たちが占領したアプラサス島へ様子を見に行った魔物がいた。魔王城は無残にも破壊されており、数多くあった財宝も持ち出されていた。

 そしてヴァロマドゥーは勇者に討ち取られ、首を持ち去られていたことを知る。


「俺はあの時のお嬢の目が忘れられなくてな……。いつか仇を討たせてやりてえと考えて残ってるのさ。ある意味、俺とお前は目的が一致しているな」

「うん、一緒に勇者たちを倒そう」


 互いに拳を合わせる二人の男。

 と、そこへ近づいてきたのはマクガルだった。


「おう、アルム。俺たちのところは終わったようだ。……ところでよ、いくら何でも流石にギルドにバレちまうから一緒にいい言い訳を考えて欲しいんだが……」

「適当にはぐらかして下さい。何かあったら魔王軍が村を守ります」

「そっか? まぁそん時は頼むわ、じゃあ帰るぞ」


 と、ここでマクガルは振り返る。


「……気を付けてくれよ。ガーナスコッチこのあたり奴らばっかりだからよ」


 ニヤリとしたかと思うと立ち去ってしまった。


「……なんだありゃ?」

「さあ……?」


 大分長蛇の列も落ち着き数が減ってきた。そろそろ終わりでいいだろう。

 アルムはそう思い、列を見回っていた。


「う~ん、あの狼の隊長にも凄い過去があったんだねぇ。聞き入っちゃった」

「あれ、セス寝てなかったの?」

「寝てないよ! あたしを何だと思ってんのさ!」

「てて、止めてくれよ……」


 取引を終え帰っていく人間たちに混じり、ローブを着て杖を持った見慣れぬ女性とすれ違う、その時だった。


「……君、面白いね」


「──っ!」

「えっ?」


 アルムとセスが声に振り返る。しかし、そこに女性の姿はなかった……。



 取引が終えて魔王城に帰還した頃には、もう既に宴会は始まっていた。余りにも大人数のため中庭に収まりきれず、屋内や城壁の通路、屋根にまでおよんでいる。

 宴会の中で、ドワーフたちは大勢の女性の魔物たちから接待を受けていた。どうやら余った牛の皮で異世界のブランド品を作るおねだりをされているようだ。それをノッカーたちが遠巻きから酒を飲みながら嫉妬しっとの目を向けていた。

 中庭中央にはステージが用意され、様々な催し物がされた。リザードマンたちによる演舞や曲芸、骸骨のあるある漫才。ビッグラットたちは異世界の「組体操」なるものを披露ひろうして会場を沸かせた。残念ながらゴブリンたちが牛の解体ショーをやると言い出したが却下された。グレムリンたちは暴れられると困るので、蜂蜜酒と煙草を持たせ先に帰って貰ったようだ。


 そして今回の宴の締めをくくり、会場を大いに笑わせたのがラムダ補佐官による踊りである。流石に全裸にはならなかったが、あの真面目な補佐官が全身タイツで音楽に合わせくねくねと踊りを踊ったのだ。ギョロリとした目と衣装が奇跡のミスマッチを演出し、周囲を爆笑の渦へと巻き込んだ。


「あはははははっ! 何だあれは! まるで別の生き物のようだ!」

「……本当はシャリイがしなきゃいけなかったんだからね」

「ほう? お前は余の裸踊りが見たかったのか?」

「え、そんなわけないだろ!」

「どうだかな、お前は何を考えているかわからぬからな」


 するとシャリアは身を乗り出し、顔を近づける。


「……所望なら後で余の部屋で見せてやっても良いぞ?」

「え、何を言って……」

もっとも見た後でその目玉をえぐり取ってやるがな、はははははっ!」


 そう言うとシャリアは退席してしまった。


「まったく……。ってええっ!? め、目が、目がぁ~~~~!?」


 何故かムッとしたセスからサミングを食らってしまうのだった。


 一方で二つある大厨房では亜人のメイドたちが大忙しであった。

 作っても作っても、すぐに料理が無くなってしまう。


「あ~も~!! みんな食べてばっかりでずるいっ!」

「後で私たちも頂きましょ。片付けは他の部隊にやらせるって。だから明日交代でお休みを貰いましょうよ」

「毎日こんな日が続いたら嫌になっちゃう……」


「でもよかったじゃない。鶏の卵一つダメにしたくらいでこっぴどく叱られる事も無くなったわけだしさ」


 エリサの一言に、厨房はどっと笑いに包まれるのだった。



 こうして夜はけていった。

 そして次の日、マクガルの言った「気をつけろ」の意味が現実となった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る