ザップの頼み


 大広間にいた村長や地主たちは名を記し、我先へと屋敷を飛び出していく。最後にベスの祖父がアルムに声を掛けた。金よりもやはり孫たちの安否が気掛かりなのだろう。


「……おじいさん、ピートは生きていました。必ず助け出します」

「本当かっ!? ……今はお前さんにたくすしかない、宜しく頼む……!」


 何度も頭を下げると部屋を出ていくのだった。

 残ったマクガルはもう一枚の紙へ記された名前を書き写し、二枚を並べ間違いが無いことを確認する。そして割印わりいんを押すと、一枚アルムへ渡した。


「……結構な数ですね」

「俺も呼んだ奴全員集まるとは思わなかった。俺は見逃しちまったがなんでも昼間ドラゴンが山から飛んできたっていうじゃねぇか。それで因果みてぇなもんを感じたんだろうな。……ってまさかそのドラゴンも魔王軍の仲間じゃねぇだろうな?」

「あはは、ご想像にお任せします」

「おいおい、まったく不思議の塊みてぇな奴だなお前は!」


 ファーヴニラのことは偶然ではなく始めからアルムが計画していたことだ。多少予定の変更はあったが、うまくこうそうしたようである。


 冗談を言い合いながら廊下に出ると、後ろから声がした。


「アルム、話は全部聞かせて貰ったぜ」

「ザップ……?」


 ザップはアルムの前にひざまずくと手を付いた。


「悪かった! 今までお前に悪さしてきたことは謝るこの通りだ! ……お前に頼みがあるんだ、聞いてくれ! 俺を魔王軍に入れてくれ! とらわれた皆を助けたいんだ!」


「ザップ……」

「……ベスんとこのピートにいには随分可愛がって貰った……いい兄貴だったんだ! ……ベスが兄貴たちみんな捕まって殺されたなんて知ったら……あいつ……!」


「馬鹿野郎っ!! ろくに手伝いもしねぇお前が何言ってやがるっ!! 寝言も休み休み言いやがれ! この禄でなしのバカ息子がっ!」

「……」


 父親から正論を言われぐうのも出ないザップ。

 アルムは近づいて、その背中へと手を置いた。


「ザップ、君の気持ちはよくわかったよ。でも魔王軍に入るのはダメだ。僕だって毎日命懸け。今日の交渉が失敗したら僕は魔王に心臓をえぐられるところだった」

「!? ま、マジかよ……」

「だからザップには村に残ってみんなを守って欲しい。自警団なんかどうかな?」

「アルム……」


 すると廊下の角から隠れて様子を見ていた少年たちが現れた。


「兄貴! やりましょう! 俺たちの自警団をつくるっす!」

「……そうだな。よし! ザップ自警団結成だ!」


 そう言うと立ち上がり、少年たちとどこかへ走っていってしまった。


「なぁにがザップ自警団だ馬鹿野郎どもめが。……ま、あいつが誰かに必死こいて頼み事する姿なんざ、初めて見たかもしれねぇがな」


 マクガルは照れくさそうに鼻の下をこするのだった。



 一方で魔王城では上を下への大騒ぎである。食料を運び込むため城から少し離れた場所へ転送ポイントを設置したが、遂に長蛇の列ができて城からあふれてしまっていた。

 穀物、青果物、牛、豚、鶏、嗜好品しこうひんに至るまで実に様々とんでもない量だ。この前巨人たちに開拓して貰った土地は、残念ながら放牧場となってしまうだろう。


「第一食料庫一杯になりましたー! もう少しで臨時食料庫の設置が完了します!」

「押さないでゆっくり歩いて頂戴! はいそこ、豚一匹丸ごとつまみ食いしない!」


 城の中では侍従長のエリサを始め、大勢の魔物が食料を運び込むためにてんやわんやだ。


「げひゃひゃーっ! 家畜の解体なら任せろぉ! 血の一滴も無駄にしねぇぜぇ!!」

『塩漬け! 燻製くんせい! 腸詰め! 豚の丸焼きー!!』


 そんな中でサングラスをかけたゴブリンリーダーは高い位置に立ち、二本の大鉈おおなたを振り回している。手下たちとともに宗教でも起こしそうな勢いである。


 この騒ぎを城の塔から見下ろしていたのはシャリアとラムダ補佐官であった。

 シャリアは次々城へ運ばれてくる食料と長蛇の列に驚きを隠せない。


「馬鹿な……ありえぬ……。アルムの奴はどんな魔術を使ったのだ!?」

「まるで夢でも見ているようです。今夜は宴をもよおさねばなりませぬな」

「爺、すまぬが今晩はれ者となってくれ」

「ぎ……御意ぎょうい


 夢見心地ゆめみごごちなところ急に理不尽りふじんを突きつけられ、ガックリとするラムダであった。

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