見えない威圧、神の慈悲
夕方、アルムは手紙通りガーナスコッチの村に姿を現した。何度も足を運んだ筈なのに、今日だけは知らない場所を訪れる
屋敷に着き大広間へ通されると、マクガルを始め多くの大人がたちが口々に騒いでいた。椅子に座り見回すと見覚えある人、そうでない人、以前親しく話したベスの祖父の姿もあった。いずれもガーナスコッチの村長や地主といった面々だ。
視線が集中し質問攻めにされる中、一呼吸置くと頭の布をとった。
「今まで隠していてごめんなさい、僕はエルフの血の引いています」
騒然となる中で、アルムの横に居たセスが人間たちに姿を見せた。
「そして、これは僕の親友のセス。見ての通り
驚き椅子から転げ落ちそうになる者まで出る中、セスは不機嫌そうであった。
アルムは己の身の上をさらけ出すため、人外を連れて行くのが一番手っ取り早いと考えた。しかし骸骨やゴブリンを連れて行っても皆を怖がらせるだけだ。そこで白羽の矢が立ったのはセスであった。この上なく自分が信頼できる人外の相方は、やはりセスだったのだ。
ここでセスがアルムに耳打ちしてきた。
「……マクガルさん。話の前にまず隣の部屋の人間を外に出してくれませんか?」
「どういうことだ?」
「大切なお話です。そうしなければお話はできません」
「…………お前ら、もういいぞ。出て行ってくれ」
マクガルの声に隣の部屋の扉が開き、体格のいい複数の男たちが出てきた。皆、手には木材やロープを持っている。ぞろぞろと男たちが出ていく中で、ベスの祖父が声を上げた。
「マクガルさんや、これは一体どういうつもりだ!? お前さんはアルムをどうするつもりだったんじゃ!?」
「違うんだ! これは……」
「大丈夫です、おじいさん。僕は気にしていません、あって
「アルムや、ワシはお前さんが何者だろうが一向に構わん! 薄々気付いていたことじゃったしな! これからお前さんが何を話そうがワシは全部聞いてやるからな!」
「…………ありがとうございます、おじいさん」
目頭が熱くなるのを
「ではこれから皆さんに全てお話いたします。僕がセルバ市に行ってどんな経験をして、どんな物を見てきたかを……」
アルムは本当に自分が経験したことを包み隠さずさらけ出した。騙されて捕まり裁判にかけられ
「まさか……!うちの息子が街へ行って
「数年前にいなくなった隣の家の娘! あれもそうじゃないか!?」
口々に騒ぎ始め、ベスの祖父もアルムに訴えかける。
「アルム、ワシの孫たちは……ピートのやつは見かけんかったか!?」
──アルムだって!? 頼む! ここから出たら俺の……。
ベスの祖父の言葉に心当たりがあり、思わずアルムは目を
「……皆さん、希望は捨てないで下さい! 生き残った人もいる筈です! どこへ連れて行かれたのかは不明ですが、必ず探して助け出してみせます!」
「なぜそんなことが言えるんだ?」
「僕は今、魔王軍と行動を共にしているんです!」
『ま、魔王軍だと!?』
アルムの強烈な打ち明けに、ある者は立ち上がり、ある者は
「そこで皆さんに魔王軍への協力をお願いしたいのです。お願いします!」
『さっきから何言ってんだ! 魔王軍だと? 冗談じゃねぇ!』
『俺たちは人間だ! 魔王になんか協力できるかよ!』
『そもそも始めからから俺たちを
『おい、このアルムとかいう小僧なんなんだ?
口々に皆、アルムを
「……」
(……帰ろうアルム、ここに居たくない。傷つくアルムなんか見たくないよ)
騒ぎの中、まとめ役のマクガルが皆に静まるよう
そして、口を開いた。
「……アルム、俺たちはお前を心から信頼していたし、これまでうまくやってきたつもりだ。……百歩譲ってお前の話が全て本当だとしよう。だがそれはここに居る皆がガーナスコッチ全域で
「……本当にそう思ってるんですか?」
「一人二人ならともかく、大勢で押しかければ話は変わってくるだろう。教えてくれたことには感謝する。今日お前が話したことは他言しない、だから二度と村には近づかないでくれ」
マクガルの言葉に多数が賛同し、まばらだが拍手さえ聞こえた。
拳を握りしめていたアルムだったが、不意にテーブルを叩いた。
「……皆さん……ならこれを見ても、今と全く同じことが言えるんですかっ!?」
手荷物から複数枚の紙を取り出し、マクガルの前に突き出す。
それは元市長マルコフから預かった紙の一部だった。
「隅から隅まで目を通して下さい。そして何を意味しているか、考えて下さい!」
マクガルはアルムの顔と紙を見比べ、恐る恐る目を通し始める。
「……なんだ、ギルドの買取表じゃないか」
集まり顔を近づける者らに対し、言葉を漏らす。マクガルの言う通りそこに書かれてあったのは、農村各地方におけるギルドの農作物買取価格表だったのだ。
内容は細かく村単位で買取相場が書かれている。そこに自分の村の名を見つけ、支払われた金額と
他の村、他の地方より少し高く買い取られている、何も問題ない。
しかし最後の一枚を見た時、マクガルの目は変わった。
「……!? ……なんだこれは……特別
この言葉に、テーブルに座っていた全員がマクガルの周りに集まっていた。
「し、知らん! こんなものは聞いたこともない!」
「お、俺の村はどのくらい貰ってるんだ!?」
「俺のところはどうだ!?」
「な、無い……ガーナスコッチの村の名が、一つも無い!!」
そう、一つもない。
特別報奨金。それは作物や家畜の納品量に関わらず、農業をしている村に支払われる他言無用の報奨金なのだ。その金額は地方によっては作物を売って得た金よりも遥かに多い。ガーナスコッチだけには支払われず、知らされても居なかった。
これは本当なのか、一体どこで手に入れた。その答えは紙の右下にあるサインが物語っていた。元市長マルコフのサインと、血で押された
「け……血判……!」
「マルコフさんとその知人は、命がけで調べ上げてくれたんです」
始めはほんの少しの違和感だった。アルムがセルバのバザールを通りかかった時のことだ。聞かれる声はガーナスコッチの名前だけ。エルランド領は三つもの広大な農村地帯を抱えているが、セルバから目と鼻の先のガンバーランド地方産の作物すら売っていなかった。
そして調べていった末、出てきたのが驚くべき事実だった。
セルバで売られているのは大半がガーナスコッチ産。
他の地方の作物は、殆どがセルバを経由して密かに他所へと出荷されるのだ。
「この金を出しているのはどこなんだ? ギルドか? セルバか? まさか王都か!?」
「マルコフさんの話では、
「なんで坊さんたちが! 俺たちに一体何の恨みがあるっていうんだ!?」
「それはこのガーナスコッチがファリスを
「!!」
「あっ!」
心当たりのあった地主は思わず声を上げた。
ファリス神は魔王との戦いで神具を与えなかった一柱である。
そして勇者の仲間の一人は僧侶。現在法王で、協会の長であるアルビオン……。
ガーナスコッチは聖職者協会から見えない圧力を掛けられていたのだ。
「待ってくれ! この村は神など
「……マクガルさんや。子供の頃、像を立て収穫祭をしていたのを憶えとらんか? あれがファリス神だったんじゃよ。村で知っとる者はもう余りおらんがな……」
「…………なんてこった」
マクガルは
「わかりましたか皆さん、これがかつての英雄たちのやり方なんです。自分の気に入らないものは相手の意思に関わらず
「……」
「セルバで信仰の厚い
「……」
「このまま彼らの言いなりとなり、陰から
「じゃあ俺たちに一体どうしろっていうんだ!? 村を捨てろというのか!?」
顔を
「違います。彼らを追放するために少しだけ力を貸して欲しいのです。悪魔に魂を売るのではない、ファリスの神を恨むのでもない。皆さんにしか出せない力を少し分けて頂きたいのです。このガーナスコッチを救うためにも……」
と、アルムは手荷物から袋を出し、中身をテーブルへとぶちまけた。
それは数え切れないほどの金貨だった。
「これは遥か南東の光の当たらない土地へ、ファリスの神からの慈悲です。たった今からこのガーナスコッチの作物を全て相場の五倍で買い上げます。今からです。期間は限定しますが早いもの勝ちではありません。宜しくお願いします」
「な、なんだとぉ!?」
「ご、ご、五倍!?」
「マクガルさんや……!」
マクガルは顔を上げると素早く紙とペンを置いた。
バンッ!!!
「この場にいる者は全員名を
『あるわけ無いだろ!』
『やってやんべっ!!』
『早く紙を回せっ! 俺の屋敷はこっから一番遠いんだっ!』
ようやく笑みが戻り、セスと小さくタッチするアルム。喋っている間緊張の連続であった。ある意味魔物たちの前で演説した時より大変だったかもしれない。
「マクガルさん、決断してくれてありがとうございます」
「正直まだ頭の整理がついてねぇんだ。でもまたお前に助けられちまった様だな」
「あたしのお陰だぞぉ~、わかってるのかアルム君? このこの~!」
「いてて……わかってるよ、セス」
横でずっと成り行きを見守っていただけのセスに突かれ、苦笑するのであった。
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