それぞれの来訪者たち


 魔法で森林破壊を行っていた魔道士たちだったが、山一つ丸ハゲにしたところで段々飽きてきてしまっていた。魔物相手ならまだしも、相手は山に生えた無抵抗な木々だ。こんなにむなしいことはないだろう。


「キスカ様、我々はどこまでやればよいのでしょうか?」


 たずねられてもこちらが聞きたいくらいである。山は果てしなくまだ続く。そして冒険者たちが被害にった場所がどの辺りなのか、全く見当などつかないのだ。


「……とりあえずもう一つ山を削ったら帰りましょう。虱潰しらみつぶしでなくてもいいわ、視界が開ければそれでよいのだから」


 連れてきた魔道士たちがかわいそうになり、勝手に決めてしまった。もし何かあっても叱られるのは自分。長年ラフェルといたキスカはそう思い、諦めた。


「キスカ様! こちらに何か飛んできます!」


 高い位置にいた魔道士たちが西の空を見上げ、指差していた。キスカは彼らのそばまで行き、空を見上げた途端に戦慄せんりつした。


「みんな一箇所に集まって隠れなさい! 何があっても動いてはダメよ! 魔法防壁を張れる者は張りなさい! できない者はその後ろに隠れなさい!」


 事の重大さに気付いたのだろう。魔道士たちは慌てて集まり、キスカに言われた通りにする。キスカは彼らの前に立ち、空からの飛来者が訪れるのを待った。


 そして、巨大な影が辺りを覆うと凄まじい地響きが襲ったのである。

 魔道士たちの悲鳴が聞こえる中、目を開けると山をまたぐようにしてそれはいた。


(……魔黒竜……ファーヴニラ……!)


 キスカはファーヴニラに直接会ったことはない。だが死の渓谷に住まうドラゴンの伝説は、このアスガルド大陸の者なら知らぬ者はおらず、容易に推測ができた。

 おびえて泣き出してしまう兄弟弟子たちの前で両腕を広げていると、魔黒竜は首を下げて語り掛けてきたのだ。


──この有様は何事だ! 人間共よ、我が住処まで音を響かせ何をしていた!?


 この問いにキスカはひざまずき、杖を置くと帽子を取ってこうべを垂れた。


「魔黒竜様、私は勇者と共に戦った大魔道士ラフェルの弟子、キスカに御座います。我々はセルバの魔道士、辺りで不審な事件が相次ぎ調査の最中でありました」


 するとファーヴニラは静かにうなり声を上げる。


──確かに私は勇者に手を貸した。だが同時に相互不可侵の盟約めいやくを結んだのだ。

──お前たちの目的など知らぬ。だがこの所業しょぎょうは盟約を脅かす行為に他ならぬ!

──セルバに帰り魔道士に伝えおけ! これ以上山を削るなら容赦ようしゃはせぬとな!


「必ずその様に伝えます。ですからお怒りを治め、死の渓谷へとお戻り下さい」


 キスカがそう言うとファーヴニラは地を蹴り高く舞い上がる。そして何故か東の空の方へと飛んでいき、その咆哮ほうこうが聞こえたのだ。


(ガーナスコッチへ飛んでいった!? まさか村を襲うつもり!?)


 慌てて斜面を駆け上がるも、その心配は杞憂きゆうに終わる。魔黒竜は再びこちらへ戻ってくると、ゆっくりと西の空へと帰っていったのだ。


「……もう大丈夫よ、安心して。今日はもう帰還しましょう」


 魔道士たちに駆け寄り、まだ怯えて動けない者を立たせてやり、泣いている者を慰めてやった。全員が帰還アイテムを使用したのを確認し、自らも帰路についた。


 セルバに戻ったキスカは内門のゲートから鉱石車こうせきしゃ(セルバ市ではタクシーとして利用されている車。作中の『英雄と愚者』参照)を捕まえ私室のある塔へと向う。今日は色々あって疲れてしまった、朝からろくな事がない。

 いや、碌な事がないのはずっと前、斥候隊せっこうたいとして遠征した日からかもしれない。ヴィルハイムの領主ユリウスと出会ったが、斥候隊の一部が壊滅的な被害に遭い、結局デートどころではなかった。誘われたところで単にからかわれただけだったのだろうが……。


 ああいった軽い男は苦手だ。そもそも向こうは騎士団領の領主である。今頃大勢の女をはべらせて居るのだろうと考えていると、どうでもよくなった。


「……!? 止めて頂戴っ!」


 走る鉱石車の中から外を眺めていると見覚えある姿に思わず叫んだ。そこに居る筈のない人物に驚き、慌てて車外に飛び出す。

 向こうは気付いたようで、こちらへと走って来た。


「キスカお姉さまー!」

「ソフィー!? どうしてここにいるの!?」


 キスカに近づくなり飛びついてきたその長い銀髪の少女は、紛れもなく愛弟子のソフィーナであった。


「種明かしは簡単です。実は隣町から通話してたんですよ」

「もう、相変わらずなんだから!」

「ふふっごめんなさい。お姉さまにすぐにでも会いたくて」


 七年ぶりに直接会った、とにかく他人を驚かすことが好きな少女は何も変わっていなかった。



「……セルバも大分変わりましたね」


 鉱石車に乗り、窓の外を眺めるソフィーナはポツリと漏らした。


「そう?」


「なんというか、昔はもっとキラキラ輝いて見えました。街を行き交う人も、今はどことなくピリピリしている気がします……。あ、そうそう! ここへ来る途中で鼠を三匹も見つけたんですよ! 昔はそんなことなかったのに……」


 少し残念そうな言葉に、キスカは申し訳無い気分となる。


「地下の鼠避けが機能していないのかもしれないわね。最近市長が辞めてしまって細かい部分まで手が回らないのよ」


 窓を眺めていたソフィーナは急に顔を向けた。


「市長って、マルコフおじさまが?」


「……ラフェル様が辞めさせてしまったの」


「そんな! あんなにお優しい方だったのに、どうして……」


「……私にもよくわからないわ」


 本当はキスカは市長が辞めさせられた理由を知っていた。ただ目の前の無邪気な少女に真実を伝えることができなかったのだ。


「ラフェル様も変わられましたね。昔はもっと優しそうで、兄の様な方でしたのに」


「……」


「でも変わらないことが一つあります。それは、お姉さまの考えている事がわかるということです。今何かにとても悩んでおいでですね?」


 ハッとしてソフィーナを見ると、いつもの悪戯っぽい顔に戻っている。


「えっ? 今私そんな顔してたのかしら……」


「はい、でも大丈夫ですよ。このソフィーがお姉さまの悩みを何でも解決して差し上げます。それこそお仕事のことから、恋愛まで!」


「こらっ! からかわないの!」

「ふふふっ」


 まるで姉妹のような師弟していを乗せ、やがて鉱石車は塔のそびえる大通りを曲がるのだった。



 一方、ガーナスコッチの村々では大騒ぎであった。竜が飛来し村を大きく旋回すると、そのまま低空飛行して行ったのである。あまりに突然のことで村人たちは竜が過ぎ去った後も作業の手を止め、暫く西の空を眺めていたのだ。


(……やっべぇもん見ちまったよ俺……)


 村長のマクガルの屋敷の前で、息子のザップは今のが現実だったのか幻だったのかつかぬままに、ポカンと空を眺めていた。竜の飛来は吉凶の予兆と呼ばれている。何か良くないことの前触れでなければよいが……。


「あーチミチミ、マクガルさんの家の人?」

「あ? うお!? 何だお前ら!?」


 見るといつの間にか汚い布を被った背の低い者が二人、自分の横にいた。


「この手紙、マクガルさんに渡してよ!」


 そう言って筒を差し出した腕は細くて毛深いものだった。

 気味悪く思うも、半ば放心状態だったザップはそのまま成り行きで受け取ってしまう。


「確かに渡したからね! おいらたちもう行くから頼んだよ!」


 二人は恐ろしい速さで走っていってしまった。


(……なんだあいつら)


 と、屋敷から村長のマクガルが出てきた。


「……妙に騒がしいが何があったんだ?」


「親父! 何呑気なこと言ってんだ! 竜だよ竜! ドラゴンが飛んできたんだよ!」


「はぁ?」


「あ、そうだ。これ親父に、だと」


「手紙? 誰からだ?」


 いぶかしげにマクガルが筒を開けると、そこには一枚の紙が入っていた。



親愛なるマクガル様へ


今すぐにガーナスコッチ中の長や地主を集めて下さい。

夕方そちらに伺い大切なお話をします。

必ず集めて下さい、村全体の存亡に関わる大切なお話です。


アルムより

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