倉一杯の食料


 アルムは遅い朝食を済ませると、シャリアに呼び出され会議室へ向かっていた。


(ふぁぁ~……)


 昨晩は大分遅くまで起きていてしまった。決戦の日は近い、城内の見回りや各部所の調整もある。相変わらずまだ寝ているセスを部屋に置いてきた。


 会議室扉を開けると、そこに居たのは補佐官のラムダと機嫌の悪い魔王シャリアであった。


「昨晩は余の側近を勝手に使いどこへ行っていた? ……まぁよい、そこに座れ」


 ラムダの隣に座らされる。相当にご立腹のようだ。


(ラムダさん、一体何があったの?)

(シャリア様の好物が朝食から一品消えたのが原因でございます)


 成程そういうことか。

 アルムはこれから自分が言われることを察した。


「アルムよ、貴様はこの前の報告会で『食料は自分が何とかする』とほざいたのを憶えているか? このおよんで忘れたとは言わせぬぞ?」


「言ったよ、憶えてる」


「まさか配下に狩りをさせ、土仕事をさせて終わりではあるまいな? あんなもの焼け石に水にもならぬ。ふざけているのなら即刻貴様の首をねるぞ」


「まさか、そんなんじゃないよ。ちゃんとするよ」

何時何時いついつまでにすると、今この場で言え!」


 どうやら目の前の魔王様は、自分の身に降りかかることでようやく事の重大さが実感できたようだった。どこか微笑ましいのが何とも憎めない。


「必要な経費と人材を寄越よこしてくれるのなら言うよ」

「それは今更言うことか? 貴様に全て任せているようなものではないか」


「なら言おう。僕は今晩中にこの城の食料庫を食料で満たしてみせる」


 この言葉にラムダは目を丸くし、シャリアは腹を抱えて笑い出した。


「軍師殿、いくらなんでも……」

「はははははっ!とうとうこの軍師はおかしくなってしまったぞ!」


「僕は本気さ。今夜にでも大量の食料を調達してくるよ」


 あくまでも真面目にそう言い放つアルムにシャリアは笑うのを止め、意地の悪い笑みを浮かべて身を乗り出した。


「今から貴様の考えていることを当ててやろう。大方ふもとの人里へ行き、食料を買い集めるといったところであろう?」


「それが何か?」


「愚かな! 如何いかに貴様が人間から信頼されていようと、城の食料庫を満たせる程の食料を持って来れるものか! 理由を問いただされ人間たちから袋叩きに合う姿が見て取れるようだ!」


「やってみなけりゃわからないさ。七、八割成功すると僕は見ているけどね」

「成すことのできなかった場合、貴様の心臓をえぐり取るが良いか?」


 随分と信用されていないようだ、まあ無理もないのかもしれないが。

 そしてアルムは、ついノリで聞いてしまった。


「なら成せた場合、そっちはどうする?」


うたげの席で裸踊りを披露ひろうしようではないか」

 

「!?」

「!?」


「そこにいる爺がな」


「な、なんですとぉぉぉ~~~~~!?」


 鬼か悪魔か……いや、魔王であるか。


「まぁせいぜい足掻あがくが良い、期待はしておらぬ。むしろ余は貴様が失敗する姿を心から望んでおるぞ、はははははっ!」


 笑いながらシャリアは部屋を出て行ってしまった。ラムダは頭を抱えてしまう。


「軍師殿……大変な事を約束してしまいましたな。魔王様は本気で貴殿の心臓をえぐり取りますぞ」


「大丈夫だよ、心配しないで」


 アルムは力強くそう励ます。どちらに転んでもデメリットしかないラムダに同情を余儀よぎなくされたのだった。


「貴殿がそう言うのなら大丈夫なのでしょうな。……では手前もこれで失礼、異世界の踊りでも調べて練習するとしましょう」


 魔王と魔王軍のためなら裸踊りもしてみせる。

 そう言い放つとラムダは部屋を出て行った。


 もしかするとこの城で一番苦労しているのはラムダなのではないか、そんな考えさえ起きてくる。補佐官という役職も楽ではないのだなとアルムは思った。


 そしてその足でアルムが向かった先はドワーフたちの工房があるフロアだった。空いている人員を回していった結果、今や第八工房まで存在し、ドワーフの工房というよりは魔物たちの工場となりつつある。


 だが今から入るのは工房ではない。

 フロアの一番奥にある、最近作られた「電子工学部門」の部屋へ……。


「う、うわっ!」


「これはこれは名誉上級軍師様、如何いかがされました?」


「う、うん。ちょっと驚いただけ……」


 扉を開けると薄暗い部屋に大きなにわとりの首だけが浮いて見えた。彼は異世界文獻ぶんけん翻訳ほんやくを行っていたデーモンの一人なのだ。

 もう翻訳は大分進んだので空いた人員を他へ回している。目の前の彼にこの部屋の管理者を任せたのだが、未だにどうもこの頭部には慣れない。せめて暗いところで下から光を当てるのは止めて頂きたいものである。


「どう? 進んでる?」


「はい。目を見張るほどに彼らは次々と新しいものを生み出してくれますよ」


 そう言ってカチャカチャ音を立てている方を示す。暗めの集光石の下で、目が大きく小柄な魔物が精密機械をいじっていた。時折火花が散り、大きな音が出る。


「彼らは君たちがラムダさんに許可を得て召喚してくれたんだよね?」


「そうです。何度か失敗してえらい目に会いましたが幸い死者はでませんでした。祈祷きとうの間の魔力を随分と消費しました、早めに当たりが引けてよかったです」


「あはは……」


 そう。ここで精密機器を作っているのはこの世界の魔物ではない。異世界の文獻ぶんけんを調べたデーモンが儀式を行い、魔界から召喚した魔物なのである。


 小柄な体に大きな目、鋭い爪にザラついた肌には長い毛と羽が生えている。

 正式な彼らの名前は知らないが、文獻には「グレムリン」とあった。


「本に彼らは『妖精』とあったけど、なぜ魔界にいたの?」


「失礼ながら軍師様、それは愚問ですな。例えば軍師様もよく知るコボルト、彼らは今こそあんな姿をしていますが、元は精霊と呼ばれていたのをご存知でしょう?『妖精』や『悪魔』の区分など、勝手な他者の解釈区分に過ぎないのです」


 デーモンに言わせれば、本質が大事とのことだ。


「ご覧ください、彼らの生み出した機器の数々を」


「完成したんだ……正直これが手に入るなんて思わなかった。戦術が広がるよ」


 テーブルの上に置かれているのは首輪型の小型通信機だった。


「数を作れないのが難点ですな。彼らはどういうわけか夜になると凶暴化するので早めに帰って貰っています。この前突然巨大化されて天井に穴が空きました」


「あぶないなぁ……。君らの力で異世界の機械を直接召喚できるといいのに」


「それは『禁呪』の領域なので我々には不可能でしょう。魔界を中継すればいけるかもしれませんが、大変高度な上に向こうで呼び出した途端、我々の同胞どうほうとなってしまうでしょうな、ハハハハハハハハ」


「…………」


 余りにも混沌カオスでついて行けないレベルの話だ。アルムは適当に切り上げて小型通信機を幾つか受け取り、礼を言うと部屋を後にする。彼らの話に耳を傾け過ぎるとろくな目には合わない。例え味方でも油断はならないのだ。


 次にアルム訪れたのは祈祷の間だった。蓄積されている魔力状況の確認も兼ね、デーモンたちと共に魔力を送っているファーヴニラの様子を見に来た。

 闇魔道士たちは薬物を作る工房に回っているのでここにはいない。一部はネクロマンサーの亜人「セレーナ」を筆頭に外でランニングを行っている。彼女らも戦場へとおもむく予定だ。


「今、話しかけても大丈夫?」


「……アルムか、そろそろ行こうかと考えていたよ」


「できるだけ卵と一緒に居たいだろうに、こんなことまでさせてすまないね。どうしてもこの城の魔力が必要なんだ」


孵化ふかに立ち会えれば構わないさ。それに私も何かせぬと退屈でな」


 魔法陣に立ち、少しづつ魔力を大結晶に込める儀式。一歩間違えれば城ごと吹っ飛ぶ危険なものだ。魔黒竜は闇魔道士からそれを教わり、すぐやってのけた。比較的若いとは言え、千年近く生きているドラゴンは格が違った。


 もうすぐ闇魔道士たちも帰ってくるだろう。そう思い祈祷をやめようとした時、大地の揺れる感覚がしたのだ。


「何だ、地揺れか?」


(嫌な予感がする……!)


 急いで城の高所にある自室へと急ぐ。息を切らせて走っていると、ゴブリンたちがぞろぞろ走ってくるのが見えた。帰還アイテムを使用し冒険者ホイホイから逃げて来たのだ。


「何があったの!?」


「いきなり目の前の山が吹っ飛んじまって逃げてきたんだっ!!」

「ビビってションベンチビッちまうとこだったぜ!!」


 ゴブリンリーダーが点呼をとると、幸い皆無事なことがわかる。生き残ることに関しては彼らの右に立つ者はいないだろう。

 だが、アルムに走った戦慄せんりつは解けない。


 ようやく部屋に着くと、窓の外を見ているセスがいた。


「アルムッ! あれ見て!」


 セスの指差す方向を、アルムは父の部屋にあった双眼鏡で覗く。

 遥か遠方の人里がある場所、その山の上から巨大な煙が上がるのが見えた。


「突然物凄く強力な魔力を感じて……そしたら……」


 セスは顔が青ざめている。暫くすると、幾つも爆音が響いて聞こえてきた。山の向こうで何か起こっているのだ。……いや、恐らくは……。


(……あいつだ……あいつが近くに来ているんだ……!)


「どうするアルムよ? ついでに私が話をつけてくるか?」


「お願いするよ。でも交戦はひかえてね」


 後をつけてきたファーヴニラにそう言うと、任せておけと言わんばかりに彼女は笑みを浮かべるのであった。

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