魔道士ラフェルとバルタニアの才女


 次の日セルバの象徴でもある高い塔の廊下を、大魔道士ラフェルは苛立いらだちながら歩いていた。仕事の時間になっても弟子のキスカが部屋に現れないからである。


(全く何をしているのだっ! これだから女というやつは!)


 ラフェルは大陸でも数少ない任意で転移魔法を使うことが出来る魔道士だ。

 セルバは結界が貼られているため外への転移はできないが、市内のみでなら魔法やアイテムで転移ができた。今のラフェルは怒りでそれを忘れてしまっている。


「キスカいるのか!? 入るぞっ!」


 乱暴に私室の扉を叩き、中へ入るとキスカはいた。しかし扉を開けたというのに何かに夢中でこちらに気づかない。どうやら魔法の水晶板マジックプレートで誰かと一心不乱に話しているようだ。


 マジックプレートとは備え付け型の魔法水晶のことである。魔法使いや魔道士が使う水晶玉とは違い、形状が平たく相手と話ができるという代物だ。異世界から来た勇者がこの世界の水晶玉を見て「相手と話はできないのか?」と聞いてきたのが誕生のきっかけらしい。

 のぞくなら水晶、話すなら以心伝心いしんでんしんという呪術じゅじゅつがまかり通っていたこの世の中。何よりも魔法の知識がいらないという利点もあり、大勢の貴族たちが所持するまでになっていた。欠点は持ち運びできないのと、かなり高価であることくらいか。


「何をしている! 遅刻だぞ!」

「きゃっ! ラ、ラフェル様!? も、申し訳ありません!」


 一体誰と話していたんだ? そう思いマジックプレートを覗くと、銀髪で十七、八の学士らしき娘が映っている。どこかで見たような気もするが、思い出せない。


──ラフェル様、お久しゅうございます。


 学士の娘はラフェルの声に驚いたのか、少々戸惑っている様子であった。


「ん? 君は確か……」


「私の弟子のソフィーナ・ロン・エランツェルで御座います。この度、学問を修学したということで話をしておりました……」


「エランツェル……そうか思い出したぞ! エランツェルきょうの息女か!」


 エランツェル卿とは、王都バルタニアで議長を務める名家の貴族である。


「確か君の母上はセルバの出であったな?」


──はい、仰る通りです。近々そちらへうかがう事をキスカお姉さまと話しておりました。将来はセルバに住まわせて頂こうかと考えています。


 この時、ラフェルの脳裏を何かが過ぎった。


「ごめんなさいソフィー、これからラフェル様とお仕事があるの。また今度ね」


──そうなのですか?


「いや、待て!」


 通話を切ろうとしたキスカをラフェルが止める。


「話は聞かせて貰った。少々今はごたついてはいるがなに、君が来る頃には片付いているだろう。キスカの私室の隣に君の部屋を用意させる、いつでも訪ねて来なさい」


「ラフェル様……!」


──本当ですか!? 私、嬉しいです!! それではお仕事を邪魔してはいけないのでこれで。ラフェル様、キスカお姉さま、ごきげんよう!


 ソフィーナが笑顔で手を振ると、ここで通話は切れた。


「……申し訳ありません、私としたことがつい……」


 らしくない失敗をし、しおらしくなるキスカ。ソフィーナはキスカの一番弟子であり、たった一人しかいない愛弟子まなでしでもあった。

 実際キスカが魔法を教えていたのは数年間。その間にソフィーナは水を吸う綿のように次々と知識を吸収し、目まぐるしい成長を見せた。他の学術都市へ留学した後でもこうして連絡を取り合っている。そのくらいに二人は仲むつまじかった。


 ひどく叱られる、そう思ったキスカだったが意外にラフェルは淡白たんぱくであった。


「気にするな。皆を待たせるわけにはいかん、行くぞ」

「はい」


(……あの娘、後々何かと使えるやもしれん)


 キスカは少しラフェルの表情の変わったことに気づき、複雑な感情が芽生えた。



 それから大分後。ラフェルとキスカはセルバにいた魔道士たちを連れ、ガーナスコッチの村が見える山のふもとに来ていた。数々の冒険者たちが挑んでは失敗して戻ってきた、あの山の麓である。


「近隣の村に外出禁止のお触れは出したのだろうな?」

「はい済んでいます。でもラフェル様、これから何をするのでしょうか?」


「魔法で山を削り、潜んでいる魔物をいぶり出すのだ」


 この言葉に、キスカを始め魔道士たちは騒然そうぜんとなる。


「魔法で山を!? 大丈夫なのですか!?」

「構わん、領主のこの私が許可する」

「でも一体どうすれば……」

「ふっ……お前たち、よく見て置くがいい」


 皆、ラフェルが今から何をするのか勘付いたのだろう。

 魔道士たちは期待を胸に込め、杖をかかげた大魔道士から離れる。


「罪を裁く神の雷よ、天より下れ! メギド・ブラスターッ!!」


 大爆音が鳴り響き、目の前にある山の天辺で爆発が巻き起こる。巨大な煙が空へ舞い上がると、山林は頂上の形を変えて再び姿を現した。

 メギドブラスターは雷と爆発系の上位魔法で「大魔法」とも呼ばれている魔法の一つだ。ちなみに大魔法とは威力と見た目が派手な魔法の俗称ぞくしょうである。


「これが神具『英知の杖』の力だ。流石に山を丸ごと吹き飛ばすわけにはいかんので手加減はしたがな」


 この言葉に男性魔道士たちは感嘆かんたんして拍手をし、女性魔道士たちからは黄色い声が上がる。


「流石にここまでやれとは言わんが、各自持ち味を生かして山林を切り開くのだ。魔力が切れたら持ってきた回復アイテムを使え。炎系の魔法は使うなよ」


『はい! ありがとうございました! ラフェル様!!』


「私は今からヴィルハイム騎士団領へ行かなくてはならん。何かあればすぐ連絡を寄越すのだ。皆、怪我のないようにな」


 そう言い残すと、ラフェルは転移してしまった。


 魔道士たちは回復アイテムを手に、爆発魔法をドッカンドッカン打ち始める。

 火が付いたら氷結魔法を使い、広範囲に燃え広がらないようにした。


(……いいのかしら、こんな事をして)


 キスカは暫し茫然ぼうぜんとしていたが、不意に視線に気付く。村の家屋から村人たちがこちらを眺めている所だった。皆、不思議そうに首をかしげて見ている。

 恥ずかしくなったキスカは気不味そうに魔法の帽子を深くかぶり、他の魔道士たちへと混ざるのであった。

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