誇りか、金か


 狭い小屋の中で集光石の光を挟むように、アルムとマルコフは向かい合って座っていた。真剣に前を向くアルムに対し、マルコフは視線をそらして光を見ていた。


「……言いがかりを付けられ、大勢の人間が不当に捕まっている事は知っていた。その都度彼らの無実を訴えたり、牢から出そうとした者が大勢いたのだよ。だが一人として良い目には会わなかった……私はまだマシな例さ」


「彼らが捕まった後、どうなるかは知っていたのですね?」


「……エルランド領の外へ連れて行かれることはわかった。だが一部は街の隅にある建物に入れられるみたいだ。兵士たちからは『研究所』としょうされていたが内部を知る者は誰もいない。魔法の研究施設でないのは確かだよ」


「魔法研究所ではない……?」


「魔道士が入っていくのを見た者がいないからね。警備が厳重過ぎて私も無闇に近づけなかったくらいだ……今思えば、あのラフェルをたばかってでも中を確かめてみるべきだった……」


 マルコフは集光石の光をじっと見つめ、贖罪しょくざいを乞う咎人とがびとの様な心境となる。保身のため、首を突っ込みたくなかった自分が情けなくなった。


「仕方ないですよ。それよりもこうして僕に話をしてくれている、貴方は立派だ」


バンッ


「気休めは止してくれ!私の家は祖父の代からセルバを治めてきたんだ! 父の代で魔物に占拠されて、それでも私と二人で……市民と一緒にあの街を作り上げていく筈だった……。 ……それをあいつは……いきなり…………」


「いい年こいたおっさんがクヨクヨしてんじゃねーよっ! タコスケッ!」


 目をうるわせるマルコフに、アルムのリュックから何か飛び出した。


「セ、セス!?」

「これは!? ……まさか妖精フェアリー!? ……ワシは……幻覚を……」


 マルコフが驚くのも無理はない。他の魔物と違い、妖精はドラゴンレイクにしか生息していない。目にしたことのある人間は滅多にいなかった。


「幻覚じゃなく本物だっての! 言っとくけど見えるんじゃなくてあたしが見せてるんだからなっ! ってそれより! 人間の魔道士の一人くらい皆で追い出せばいいじゃないか! あんなでっかい街なんだから、大勢で追い出すんだよっ!」


 もう聞いちゃいられないとばかりにセスは攻め立てる。

 驚きの余り声の出なかったマルコフだったが、静かに首を振った。


「それは無理な話だ。セルバ公務人の四割強は他所からの人間なんだ。その全てにラフェルの息がかかっていると思っていい。私が心から信用できる人間は一割いないだろう……。民間の者や職人ならそれなりにはいるが……」


「凄いじゃないですかマルコフさん!」

「え?」

「いるだけでも十分凄いですよ! それと職人がいるとおっしゃいましたね!?」

「う、うむ」


 アルムは小屋の外へ行き、袋を引きずってきた。中身のいくつかをゴロンと置くとカンテラの光を近づけて見せる。


「サイレス鉱石です」

「なにっ!?」


 マルコフはすぐさま拡大鏡を取り出すと、じっくりと眺め始める。


「ま、間違いない……かなり純度は高そうだ ……しかもこんなにも大きな……!ま、まさかその袋の中身全てそうなのか!?」


「ええ。この石を加工して大玉石の代わりにはできないでしょうか?」

「なんだって……?」


 アルムはこのサイレス鉱を玉石に加工し、セルバの塔にある結界石とすり替えて欲しいとマルコフに願い出る。そうすればセルバ市全体が魔法使用不可区域にできると考えたからだ。


 大魔道士のいる魔導都市セルバを攻め落とすなら、絶対不可欠な作戦だった。


「……」


 この時、サイレス鉱を握るマルコフの腕が震えた。こんな巨大なサイレス鉱石は見たことがない。売りさばければ奨学金はおろか、息子の代まで遊んで暮らすことも可能だ……。それが袋にゴマンと入っているとは……!


「マルコフさん?」

「……」


 マルコフはサイレス鉱石を握る右手を押さえ、テーブルの上に置いた。


「……ふふふっ……欲に打ち勝つというのは、なんと苦しいことだろうな……」

「……」


 額には汗をかいていた。


「アルム君、袋のサイレス鉱石は持ち帰ってくれないか? これだけで十分だ」

「……どういうことです?」

「君は塔の玉石が結界石だと思っている様だが、あれは増幅して拡散させるための只のクリスタルだ。実際の結界効力の源は別の場所にあるんだよ。結界石であんなでかい玉石を幾つも作ったら、金がいくらあっても足りんよ」

「それじゃ……!」

「そうだ。魔法を作り出す装置は別物で、交換はすぐできるんだ。 装置にめ込む石はそんなに使わない。加工も私の仲間に頼めば二、三日で作って貰えるだろう」


「んー……難しいことよくわからんけど、なんでおっさんそんなに詳しいんだ?」


 セスの横やりにマルコフは胸を叩く。


「それはあの街の設計をしたのがこの私だからだよ!」

「っ!!」


 アルムはこの時のマルコフの顔を見た。法廷で自分を助けようとしてくれた、あの頼もしい顔だ。改めて目の前の男が協力者であることが、心強く感じられた。


「そしてこれを君に預けよう。君が一番欲しいと手紙に書いてくれた情報だ」

「本当ですか!?」


 それは複数枚の紙が入った筒だった。慌てて中身を確認し、目を丸くする。


「凄い……こんなに詳しく……これも……!」

「言ったろう、コネはあると。……おっとそうだな、ちょっといいかい?」


 返して貰った紙の一枚に自分の名をしるすマルコフ。

 何を思ったかナイフを取り出だし、自分の指へとあてた。


「なにを!?」

「おっさん!?」


 指の傷口から血がしたたり落ちる。それを紙の隅へ押し当てたのだ。


「……ふっふっふっ……私の血判書の出来上がりだ……。もしこれが部外者の手に渡ったりしたらとんでもないことだぞ? くれぐれも扱いは慎重にな」

「貴方って人は……!」


 感謝の余り言葉も出ないアルム。

 セスはマルコフに回復魔法をかける。


「……無理すんなよ、おっさん」

「ありがとう。セルバを取り戻した時の、いい話の種ができたよ」


 マルコフはようやく笑顔を覗かせるのであった。



 話も終わり、扉を開けて目に飛び込んできたのは思わぬ光景だった。


『……でさ、ラフェル様の像だけはとのフンだらけになってたんだ! 』

『キャハハハッ! やだマジでー!?』

『マジだって! それでラフェル様のご機嫌伺うために像の監視係を作ろうとしてた隊長がいてさ。今度はそれを本人に知られて大目玉よ!』

『なにそれバッカみたい! ギャハハハ……あ、アルム君終わったー?』


(なんで打ち解けてるんだ……)


 サディとメサが兵士二人と座って談笑だんしょうしていたのだ。こちらに気付いた兵士らは即座に立ち上がると槍を持つ。そこにファラが見張りから帰ってきた。


「……あんたたちサボってたでしょ?」

「でへぇ~」

「おつかれ~」


 アルムは再びハルピュイアに掴まれると、マルコフらに見送られる。


「では三日後、この場所でまた会いましょう!」

「これは私の協力者からの情報なんだがね、魔道士らに不審な動きがあるらしい!近々なにかあるかもしれないから気を付けてくれたまえよ!」

「おっさんも無事でいろよなー!」


「あーん、またこの袋持って帰るわけ~?」

「う、アルム君、結構重い……」


 マルコフと兵士たちが手を振って見送る。

 帰還アイテムを忘れたアルムは、再びハルピュイアたちと空に上るのだった。

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