第六話 忍び寄る運命の日

内通者



 月の色が変わり、満点の星空の見える頃──。


 セルバ市に高くそびえるその二重壁。街の天井大結界とともに、外部からの攻撃を防ぐ巨大な盾の役割をになう。また同時に住まう市民たちへ、安息を与えるゆりかご代わりとなっていた。

 その西側での出来事。三人の鎧を着た兵士らしき者たちが、市内の方向から内壁のゲートをくぐり、外門へと歩いてきたのだ。

 見回りの兵士が来る連絡は受けていない。眠そうに立っていた門兵たちは不審に思い、直ちに槍を構えて警告の意思を見せた。


(……ワシじゃよ)


 三人のうちで背の低い男が兜を取り、親しげに門兵へと声を掛ける。

 すると門兵は黙って大門の脇にあった小さな出入り口の戸を開けた。


 鎧の男たちは狭い出入り口をくぐり抜け、セルバの外へと消えていった。



 その少し後、アルムはセルバ市の西に広がる山林上空を低空飛行していた。当然アルムは空を飛べない。上半身に皮の鎧を着込み、ハルピュイアのファラに鷲掴わしずかみにされて飛んでいるのだ。

 余り速度は出ていないがそれでも寒い。セスは始めアルムの首筋に捕まっていたが、やがて観念してリュックの中へと収まっていた程だ。


「アルム君さー、あたしの背中に負ぶさればよかったのにー」


 飛びながらそう言うのは黒髪のサディだ。彼女はアルムの手荷物を持ち、赤髪のメサは大きな袋を掴んで飛んでいる。


「そんな失礼なことできないよ」

「うちの子は紳士なんです!」

「てかこの袋ちょー重いんですけどー!」

「ごめんね、でも実戦では君らにもっと重い物を持って貰うかもしれないよ?」

「えー!? ちょっと信じらんないんですけどー!?」


「お喋りはそこまでよ、見えてきたわ」


 ファラがそう言うと視界が開け、ガーナスコッチの街道が見えてきた。その先に光り輝く巨大な建造物……魔導都市セルバの夜の姿である。外壁の随所ずいしょに設けられた塔の天辺から、大玉石がまばゆい光を放っていた。


「……凄く綺麗……人間って何でも造っちゃうんだ……」

いつわりの光さ……権力を誇示こじするための」


 アルムは複雑なおも持ちでセルバの光を見ていた。近いうち、自分たちはあの街に攻め込まなくてはならない。


「……あれじゃないかしら」


 セルバ西側の森の中から怪しげな光が見えた。



(おい、……今、羽ばたき聞こえたよな?)

(じゃあ本当に、来たのか……?)


 森の中にあるち掛けた小屋の前、二人の兵士が見張りに立っていた。そう、先ほど西門から出てきた三人のうちの二人である。物音に警戒し、槍を構えていると前方から複数の人影がやってくる。


「アルムです。マルコフさんはいらっしゃいますね?」


 聞こえたのだろう。小屋の中からカンテラを持った小柄の男が出て来る。

 元セルバ市長マルコフであった。


「き、君はアルム君っ! 本当に……来てくれたのだね!?」

「お久し振りです。そちらこそ来て頂けなかったらどうしようかと」

「はははっ! ……確かに。これが無かったら絶対に来なかったさ」


 そう言ってマルコフが見せたのはアルムの顔が映った写真であった。父の部屋にあったカメラでドワーフにって貰ったのである。

 ドワーフたちはカメラに大変興味があり、以前分解して中身を調べようとした。電気系統を始め複数枚入っていたレンズの精巧せいこうさは「ワシらでも一から作るのは難しい」とまで言わしめ、うならせたという。


「時間が惜しい、早速話し合おう」

「同感です」


 アルムが小屋の中へ入ろうとした時だった。


「ひっ!? あ、か、か、怪……!」


 兵士たちが集光石の灯りに照らされたハルピュイアを見て驚いていた。


「大丈夫、何もしなければ安全です。……君たちも食べたりしないでね」


「だってさ、ざんね~ん」

「仲良くしましょうね~兵士さんたち」

「……馬鹿なこと言ってないで私たちは見張りよ」


「あ、あぁ……」


 腰を抜かしかけた兵士たちを尻目に、ハルピュイアたちは飛び去っていった。




「まさか君が魔物と手を組んだとはね……。生きていたとも思わなかったよ」


 マルコフはそう言って集光石のカンテラをテーブルへと置いた。だがこの言葉にアルムの表情が少しこわばる。

 

「……市長は知ってらしたんですか? 大魔道士が行っている、あの鬼畜な行いを」

「私はもう市長じゃないんだよ。その鬼畜からクビにされた」

「……」

「だが安心してくれ。ワシとて長年市長を務めてきた、コネはそれなりにあるさ」


 椅子に腰掛けると、元市長からは深い溜め息が漏れた。

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