一騎駆け


 尋ねること数人、ようやく城内の塔にあるラムダの私室まで辿り着いた。


「アルムです、ラムダさん居ます?」

『あぁ、お入り下され』


 ガチャリと中から施錠が解ける音がして、扉が少し開いた。中は暗いようだ。


『開けたらすぐ閉めて下され』

「う、うん」


 恐る恐る扉を開け、中に入る。


 そこは真っ暗な場所に無数の光が浮いている奇妙な場所だった。外からは想像がつかないくらいに空間がとても広く感じられる。足元を見ると床が見えず、ただ闇が広がり自分が宙に浮いているかに錯覚した。


 それはまるで異世界の図鑑にあった……。


(まるで、宇宙だ……)


「ようこそアルム殿、そろそろ来ると思っておりましたぞ」

「ラムダさん……ここって……」


 空間の上の方から、足のない椅子に座ったラムダが降りてきた。同時にアルムの目の前にも同じ椅子が現れる。座るとふわりと体が浮いて心地よい。


「はい。『宇宙』とやらを参考にしてみました。お気に召されましたかな?」

「ここって、本当に魔王城の中なの? まるで別の空間みたいだ」

祈祷きとうの間の魔力を利用し神術で空間を広げておるのです。こういった場所は今や城内にいくらでもありますぞ」


 ラムダの話では、秩序と空間の神「アエリアス」の力を用いているのだそうだ。


 最近リザードマンたちが参入したおりに、このように空間を広げた部屋を沢山増設したのだ。それが『禁呪』の発動できる時期の遅延ちえんとなる原因でもあった。


「こういった空間を作らねば、この狭い城など二千も収容しゅうようできぬでしょうな」

「神術……凄いけれど、これを実戦に応用することはできないの?」


「魔法は応用が難しいのです。それが神術ともなると、とてもとても……。人間の王都には魔法アカデミーがあるそうですが、神術の域まで辿たどりついているかすら怪しい……。異世界が魔法より応用が利く科学を選んだのも納得がいきますじゃ」


「な、なるほど……。神術が使えるシャリィは凄いんだな……」

「ところでアルム殿、手前に話があったのでは?」

「あ、そうだった!」


 ここでアルムは朝方から何度もシャリアと出くわし、シャリアが行っていた事について話した。聞いても全く驚かないところを見るに、やはりラムダ補佐官の同意あっての行動だったのだろうか。


「ラムダさんはシャリィに土仕事をさせるのは反対じゃなかったの?」

「無論反対ではありました。魔王の威厳いげんを損なう行為ですな」

「ならどうして?」

「話よりまず、見て頂いたほうが宜しいですな」


 そう言うとラムダは大きな水晶玉を一つ取り出した。宙に浮かせた水晶玉は数が増えていき、やがてラムダの周囲を大きくゆっくりと回り始めたのである。


 水晶玉一つ一つの中に、今日アルムが訪れた場所が映し出された。

 覗き込んだアルムは目を丸くする。


「え……、どういうこと……だ?」


 採掘場ではよい鉱脈にあたり、コボルトとノッカーが協力して採掘していた。


 城近郊の山林で、ブルド隊長がビッグラットたちに狩りの方法を教えている。


 城の外ではサイクロップスとトロールが、開墾かいこんした畑に苗を植えていた。


 厨房にいるエリサたちは残りの食材でも作れる料理のレシピを調べている。


 デーモンたちが不要な異世界の本を片付け、一心に翻訳ほんやくを行っていた。


 ……………


 皆が率先して責務へ取り組み、互いに協力しあっていたのだ。そのいずれもが、アルムの心当たりあるものばかりであった。


「これは一体……!」


「アルム殿は憶えておりますかな? このラムダと初めて会ったその日、アルム殿に話した戯言ざれごとのことを」

「魔王は魔王たることが全て、でしたっけ」


「左様。あの時のこの年寄りめの虚言きょげん、全てが嘘とは言い切れず少々シャリア様に不安を感じていたのは事実です。それは先代と今のシャリア様が、明らかに異なる種の王だったからです。例えるなら『王の一騎駆け』でございます」


 一騎駆け、それは大勢の敵兵相手に単身で挑む、無謀とも言える行為。行為だけなら異世界から召喚された勇者も一騎駆けと言えるだろう。


 しかし勇者と明らかに違うのは、魔王は遥かに大勢の配下を従えている王であるということ。王が一騎駆けを行えば、必然的に配下は王を守ろうとする。その力は計り知れない。


「王が悠然ゆうぜんと腰をえることで象徴しょうちょうとなり、まとまる国と民もありましょう。ですが今の魔王軍は、王が一騎駆けをすることで纏まろうとしております。シャリア様はそれを見抜いていらっしゃったのです」


「それが本当なら……僕がしていた事は本当に小さなことだったんだな」

「いいえ。シャリア様をそうさせたのはアルム殿、貴殿なのです」

「え? ぼ、僕?」

「日々色々されるアルム殿を見て『余にもできることはないか』と仰られておりました。今回の件、紛れも無く軍師殿によるものですじゃ」

「シャリィが、そんなことを……」


「アルム殿。シャリア様を、そして魔王軍を今後とも宜しくお願い致しますぞ」


 そう言って頭を下げるラムダに、アルムは身が締まる思いがした。

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