振り回されて


(あれは一体何だったんだろう……)


 魔王城へ戻ってきたアルムは、久し振りに母の墓を訪ねた。最近色々あって来れなかったが、相変わらず周りには花が咲き乱れていた。それも元気過ぎる程に。


 後からシャリアから聞いたが、ここで使った神術は再生と創造の神「ファリス」の力を使ったものだったらしい。昔は農村などで姉妹神にあたる豊穣ほうじょうと愛の女神「レナス」と共にまつられていたが、今ではファリスを信仰している地域は珍しく、ほぼレナスのみの信仰になっているそうだ。


 自分たちを見放した神、そんな考えが根付いてしまったのだろう……。


 アルムは念入りに墓石を拭くと、目を閉じて気を静めた。


──母さん、僕は元気だよ。だから心配しないで。


 祈ると気が楽になるのを感じ、深呼吸した。そしてこういう時間もたまには必要なんだなと実感させられる。辺りに瘴気しょうきはもうほとんど残っていない。ノッカーたちが何とかしてくれたのだろう。


(さてと、今から何をしようかな……)


 部屋にこもり今後の行動について整理しようか、それともセルバ攻略のための作戦を練ろうか。考えることはいくらでもある。


「うわっ!?」


 その時、城の向こう側から大きな音が聞こえ軽く地面が揺れた。音は城の中からではなく、外から聞こえた気がする。気になったアルムは足を運ぶことにした。


(……なにやってんだろう?)


 城の横に大柄な姿が複数あった。一つ目巨人の「サイクロップス」と全身長い毛で覆われている大柄な「トロール」だ。どちらも会議には出席していない、体が大き過ぎて部屋に入らないからだ。魔王城の中でも出入りできる場所が限られているちょっと可愛そうな魔物たちでもあった。

 こっそりと彼らの傍へ近づいてみる。すると辺りの木が根っこから引き抜かれていることに気付いたのだ。きっと先程の物音は木を倒す音だったのだろう。


「ねぇ、君たち何してるの?」


 声を掛けるが振り向くどころか返事がない。集まって一心に何かを見ているようだ。アルムは更に彼らへと近づき、踏み潰されないように注意しながら前に出た。


 そして、それを見た。


(シャ……!)


 シャリアだった。しかもその姿は先ほどと打って変わり、まるでそう……例えるなら農村の娘の様な服を着ていたのだ! 頭に布を巻き、手さしまで腕にしている!

 そしてアルムはすぐ勘付いた。自分は「決して見てはいけないもの」を見てしまったのだと。そ~っと巨人たちの足の間を抜け、その場から逃げ出そうとした。しかし運悪くサイクロップスに見つかり、つまみ上げられてしまったのである。


「うわあっ!」

「あんでぇ~? 人間の軍師だぁ」

「なんでこんなとこさいる?」


 そのまま巨人たちの中央、つまりシャリアの前に放り出されてしまったのだ。


「……貴様には余の声が聞こえぬのか?」

「ちっ違っ! たまたま通りかかったんだよっ!」

「……まぁよい。お前も見て置くがよい、そこをどけ」


 そう言ってシャリアは道具を手に持つと、大地目掛けて振り下ろしたのだ!


ザクッ


「!?」


 木の引き抜かれた土の大地。そこへ振り下ろされたのは紛れもなく「くわ」だったのだ。シャリアは二回、三回と鍬を振り下ろす。


「どうだ!?」


 どうだ、ではない。こんな姿をラムダが見たら卒倒してしまう。


「おめごどでず魔王様っ!」

「~~~~~~~~~っ!!」


 サイクロップスたちは、にこやかに派手な音を立て拍手をする。一方でトロールたちは喋らないが、感嘆かんたんしながらポンポンと手叩きするのであった。

 その後もシャリアは数回鍬を振り下ろしては「どうだ!?」と聞き、巨人たちはその度に拍手をして褒め称えた。アルムはこの状況下で隙を見つけ、逃げ出した。



(今日はもう外へ出ないほうがいいみたいだな……)


 アルムは部屋から着替えを持ってきて、シャワー室で水を浴びる。そう、魔王城には魔物たちの一部、特に亜人からの強い要望があり、シャワー室があったのだ。シャワーの水は雨水を濾過ろかして利用しているので水には余り困らない。それでも少なくなってきており、節水が呼びかけられていた。


(ん、なんだろうこの匂い……?)


 軽くシャワーを浴びた後、大回廊を歩くといい匂いがしてきた。誘われるように歩いていくと、どうやら厨房の方らしい。何を作っているのだろうと覗くと……。


「どうだっ!?」


パチパチパチパチ……。


「お、お見事ですシャリア様! とてもお上手ですわ~!」

「流石は魔王様ですことっ!」


 オーブンから食べ物(?)を取り出したエプロン姿のシャリアが、亜人らからの

称賛しょうさんを浴びているところだった。何を作ったのか確認すること無く、アルムはその場から逃げ出した。


 その後も行く先々にシャリアが居て「どうだ?」と聞いては魔物たちから称賛しょうさんを浴びること数回。まさかここも……と覗いた部屋にもやはりシャリアがいて、魔物たちが拍手をしていたのだ。


 と、ここで背後からいきなり声を掛けられてしまった。


「あっ! アルム君だぁー!」

「やっほー、こんなとこで何してんの?」


 声に振り返るとハルピュイアの三人だった。アルムは慌てて口に指を立て、静かにするよううながす。何事かと不思議そうにする三人だったが、アルム同様にこっそり部屋を覗き込む。


「魔王様じゃん。あ、アルム君、もしかして魔王様見てたのぉ? やだぁ~! 」

「あたし知ってる。そういうの異世界では『すとーきんぐ』っていうんでしょ?」

「ち、違うよ! そんなんじゃ無いったらっ!」


 サディとメサにからかわれ慌てていると、ファラから一言。


「……あぁ、あれですか。補佐官殿の同意の元でやってるんですよ」

「え? ラムダさんが!?」

「はい」


「なんで魔王様にあんなことさせてるわけー?」

「……さあ?」


 ……どういうことだ?


「あ、あの! ラムダさんは今どこにいるの!?」

「補佐官殿なら先ほど自室にいましたよ」

「ありがとうっ!」


 もう何がなんだかわけがわからない。

 こうなったらラムダ補佐官に直接聞くしか無い。

 アルムはラムダ補佐官の部屋へと急いだ。

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