問題山積


 円卓の報告会は更に続く。


「では次、異世界の情報解読担当の報告を」

「はい。我々デーモンは日々着々と作業を行っております」


 山羊やぎの頭を持つデーモンは落ち着いた低い声でそう語った。彼らに名前は無い、あっても名乗らない者たちなのだ。知能は人間や他の魔物と比べ恐ろしく高く、魔王に次ぐ高い魔力を備えている。力はあっても人間と直接戦うことは少なく、どちらかといえば他人を惑わし、戦わせることを好んだ。

 存在自体が未知であり、他の魔物とは一線を引いている存在だ。


「書籍の数が膨大な上に次々運ばれてくるのでキリがありませんが、我々も異世界のことに関して興味がきやらせて頂いているので問題ありません。『印刷機』とやらも問題なく稼働できています」


 頼もしい報告に、アルムはようやく安心できる気がした。


「要望ですが名誉上級軍師様、四十五番目の棚の閲覧許可を頂きたく」

「あれ、そこって制限かけてたかな? 確か魔法に関する場所だよね、いいよ」


「あぁよかった。これで『魔法少年バンババーン』十三巻が読める、ハッハッハ」

「……」

「ハッハッハッ」

「……」


『・・・・・・』


 冷たい目線が集中し、場の空気がしら~っとなるのだった。


「……では、他に報告ある者は? 無ければ名誉上級軍師殿から何か」


 報告をする者は誰も居ない。手元の紙を眺めていたアルムは立ち上がった。


「……僕個人から報告することは何も無いんだけれど、少し気になることがあったから聞かせて貰うね。……先日から死の渓谷の鉱石採掘を開始したことは皆知っていると思う。目的は戦いに必要となる貴重な『サイレス鉱』の採掘なんだ」


 サイレス鉱とは魔法を阻害すると言われている鉱石で、対魔法に関しては随一の効果を発揮する。地方によっては純金より価値があるとされ、人間たちの社会では流通が乏しい。それでも今後魔導都市セルバへ攻め入るなら必要不可欠な強化素材であった。


「確かにサイレス鉱は中々見つからないだろう。でも僕が予想してたよりも遥かに採掘量が足りない。これはどういうことか報告が欲しいな」


 そう言ってノッカーの長、グラビオの方を向いた。


「な、何を言われるか軍師殿! ワシらはしっかりやっとる筈じゃ! サイレス鉱を掘り出すことは、ワシらにとっても至難であることは軍師殿も知っとる筈じゃ!」


 元々青白い顔を真っ赤にして、グラビオは声を上げる。


「俺知ってるぜ」


 ここで唐突にブルド隊長は……。


「そこの爺さんたち、前に金がどうとか話してたのを聞いちまってなぁ」


 そう言って椅子にもたれ掛かり白い目を向ける。この言葉に場は騒然となった。


「あーっ! ホントだ! 隊長の言う通りこのジジイ金のネックレスしてやがる!」

「ば、馬鹿者! これは元々持ってたんじゃ!」

「ヌシら責務を果たさず金なんぞ掘っとったんか!?」

「そ、そんなことはない! ワシらは言われた事はやっとる筈じゃっ!」


 喧嘩をしだすノッカーとコボルトとドワーフたち、いずれも鉱石の話となると手が付けられなくなる者たちだ。この様子を死の渓谷の主は笑いながら見ていた。


「喧嘩せずとも、金などいくらでも出てくるだろうに」

「で、ですがファーヴニラ様。あそこはファーヴニラ様のお膝元では……」

「彼らが渓谷を穴だらけにする頃には、人間との戦などとうに終わってしまうよ。それともマードルよ、お前も欲しかったのか? いくらでもくれてやったものを」

「め、めめめめっ滅相もございやせんっ!!」


 慌てるマードルの様子に、魔黒竜とリザードの将は声を上げて笑った。

 一方で一番笑えないのはアルムである、完全に頭を抱えてしまった。


「アルムがんばれ~……」


ドンドンドンドンッ!!!


 突然会議室の扉を、かなり乱暴に叩く音!


『ここを開けろーっ!!』

『何だお前ら!? 会議中だあっち行けー!!』

『注進っ! 注進っ! こっちは注進だー!』


「っ!! 今すぐ入れて!!」


 思わず席を立って扉へ向うアルム。すると扉は乱暴に開き、なだれ込むようにビッグラットたちが走って現れた。


「はぁ、はぁっ! アルム名誉上級軍師殿に注進っ! 我らビッグラット工作部隊っ! セルバからの返事を持ってきましたーっ!!」

「本当にっ!?」


 アルムはビッグラット工作部隊隊長、グローから手紙の入った筒を受け取ると、中身を確認して目を輝かせた。


「まさかこんなに早く……君たちよくやってくれたね! 大手柄だよ! これでセルバ攻略の糸口が見えたよ!!」


 この言葉に一同は驚愕し、ビッグラットたちは涙を流し始める。


「お、おいらたち、お役目貰えただけでも嬉しかったのに……」

「おいらたちもやればできるんだぁー!」

「ビッグラット工作部隊バンザーイ! 魔王軍バンザーイ!!」


 難攻不落のセルバ、魔物はおろか鼠一匹すら入れない。だがそれは例えばの話。実際は鼠くらいなら入っても、誰も気づけない。

 ビッグラットは鼠を自由に操れる能力を持っていた。だが普段目立たないため、その能力を活用できる機会も無かったのだ。これに目をつけたアルムはセルバ内部の様子を何日にも渡って調べ上げさせたのである。ようやくシャリアの代で掴んだビッグラットたちの栄光であった。


「おいおい……マジかよ」

「……ふっふっふっ!」


 唖然としてコボルトが横を見ると、ビッグラット新米たちは先ほどと打って変わり、ドヤ顔でこちらを見下している。完全に立場が逆転してしまった。


「ごほん、あー、朗報が届いて何よりですな。魔王様から……あ、無い? ではこれにで定例報告会はお開き、各自一層責務を果たすように」


 ラムダの言葉にぞろぞろと魔物たちは部屋から出ていった。アルムはホッと胸を撫で下ろすと、今後について予定を立てるために思案する。


 考え事をしながら退室しようとすると、何かに蹴躓けつまいて倒れてしまった。


「……痛っ!」

「ちょっとアルムになにすんのさっ!」


 見上げるとシャリアが立っていた。一体何だ? 先ほど神術を馬鹿にされたと思い怒っているのか? 面食らっていると襟首えりくびを掴まれてしまう。


「……この程度も避けられぬとは。最近お前は疲れているのではないか?」

「そ、そんな事無いよ! いきなり足を掛けられたら倒れるのに決まってるだろ!」

「どうだかな。お前は何でも抱え込みそうなたちに見える。自分がやらねばダメだ、今のお前はそういう顔をしておるぞ」

「……そ、それは……」


 事実そうじゃないか、と言いたかったが口ごもるアルム。


「言われてみると確かに最近のアルム、あんまり寝てないんじゃない? あたしより寝るの遅くて、あたしが目を覚ますともう部屋にいないんだもん。妖精フェアリーより睡眠時間が少ないとか絶対おかしいよ!」


「いや、それセスが寝すぎてるだけだから……」


「とにかくだ、お前は明日一日休んでいろ。余が全て解決してやろう」


 アルムは耳を疑った。冗談にしては随分と自信に満ち溢れている。


「な、何を言ってるんだよ!? そんなこと!」

「余を誰と思うておる? 余は魔王ぞ? 余に不可能など無いのだ」

「…………」


 そのまま退室してしまった。


「……ねぇ、あいつおかしくなっちゃったんじゃないの?」

「そんなことない……と思う」


 一体何を仕出かすつもりなのか、アルムには不安でしか無かった。

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