円卓の報告会


 魔王城の作戦会議室、集まった面々は普段よりも大人数であった。各種族の魔物たちから代表が集まり、各担当別によって報告をする。テーブルが円に並べて配置されているのはアルムによる提案だったが、一方で魔物たちからは……。


(大勢視界に入ってやりずらい……あと魔王様も……)


 不評のようである。


「では定期報告会を開くが、始めに魔王様からお言葉がある。静聴するように」


 ラムダ補佐官の言葉にシャリアは配下を見渡すと、口を開いた。


「もう皆も知っている通り、我々は人間たちと交戦に入った」


 一同に緊張が走る。


さいは振られたのだ! 我々に退路無く、ただ前に進むのみ! お前たちの力を存分に発揮し、人間共に見せつけてやるのだ!」


 オォー! という掛け声が室内に響く。

 静まったところで再びラムダは口を開いた。


「それではまず、前線にいるゴブリンとゴーストたちから報告を」


 すると、待ってましたとばかりにゴブリンリーダーは飛び跳ねた。


「イヤッハァー!! めっちゃ最高だぜぇーっ!」

「人間騙して装備奪うの最高だぜぇー!! ゲヒャヒャヒャー!!」


 場の空気お構い無しのテンションである。隣の席に座っている(?)ゴーストも、半透明ながらふわふわと踊りだす。


 このノリが彼らの持ち味でもあるんだろうな、とアルムは思った。


「つまり、『冒険者ホイホイ』はうまく機能してるってことだね?」


 冒険者ホイホイとはアルムが考案した冒険者を誘い込むための疑似拠点である。外から見れば魔物の住んでいそうなダンジョンの入口だが、中へ入って暫くすると恐ろしく角度のある滑る坂となっているのだ。

 普通ならば坂が急になった途端警戒して立ち止まるものだが、目の錯覚で平坦な通路に見えてしまう。所謂いわゆる異世界のイリュージョンハウスの応用なのである。

 冒険者たちが転がり落ちた先で待っているのは睡眠ガスや痺れ毒の洗礼、魔法やアイテムなど使っている暇は無い。その後はゴーストに精気を奪われ洗脳されてしまい、ようやく表へ引き上げられるのだった。

 勿論、この罠に警戒して入るのを躊躇ためらったり、運良く逃げ出す冒険者も居る。

 そんな時にはゴブリンたちが死角から、強力な睡眠毒を塗った矢を放つのだ。


「何か気が付いたことはあるかな? 何でもいいよ」


「んー、なんつうか、奴ら少しづつしか来ねぇんだよ」

「お陰で俺たち思ったより暇なくらいで物足りねぇ」


「なんじゃい、折角ワシらも手伝って四つも作ってやったのに……」


 ドワーフのミーマがそうがっかりするも、備えあればうれい無しだからとアルムがなだめるのだった。いつ人間たちが大量に、かつこの地まで踏み込んで来るのかわかったものではない。


「アルム、いつも言うことだが」

「僕のやり方が手ぬるいって言うんだろ?」


 シャリアの言葉をアルムは先回りする。


「彼らを殺さず生かして帰すのは撹乱かくらんさせるためだよ。今の人間は生死に関わるとやっきになって原因を探そうとするからね。何だかよくわからないけど、近づくと厄介だ。そう思わせた方が意外と相手は慎重になり、こちらは時間を稼げるのさ」


 一同からは、おぉーと感心するような声が上がる。


「ふむ、前線の近況は以上ですかな。……次、報告のある者は?」


 スッと手を上げたのはリザードマンの将、新顔のルスタークであった。


「我々リザード兵らの近況を報告します! そちらに居られるドワーフ殿たちの指導の元、各自新たな武器と防具の改良を致しました! 現在誠意訓練中であります!」


「お前さんらが思った以上に器用で驚いたわい」


「いえ、ミーマ殿たちのご指導の賜物です!」


 意気揚々にルスタークが報告を終え、着席すると隣から声がかかる。


「そなたはバストンの息子らしいな。私は先の大戦で不介入を決め込むも、終いには勇者側に手を貸してしまった。……義理をわきまえなかった自分に今は悔いるばかりだ。そなたらのためにも今度は共に戦う者として恥じぬ行いをしようぞ」


「ファーヴニラ様……なんと勿体なきお言葉! 感無量で御座います!!」


 このやり取りを、コボルトたちは離れた場所から眺めていた。


「……いいなぁ。ねえ隊長、俺たちは前線に出れるんでしょうかね」


「……期を待て。それまでしかるべき行いをしろ」


「でもこいつらと一緒にされてると思うとなぁ……」


 そう言って隣に座っていたビッグラットたちを向いた。ビッグラットは名前とは裏腹に、小柄で鼠から進化した魔物である。特段戦闘能力が高いわけでなく、手先も左程器用ではない。ヴァロマドゥー時代からいるが皆から軽視されており、若手冒険者たちにとっては格好の餌食となってしまっていた。

 今回、ブルド隊と同じ工作部隊に任命されている。今日は隊長のグローが不在で出席したのは新米たち。隣りに座っていたコボルトから白い目で睨まれ、申し訳無さそうに萎縮いしゅくしてしまう。


「では次、セレーナとエリサから報告したいことがあるそうだな?」


「はい、宜しくお願いします」


 シャリア側から見て左斜に座っていた、メイド服姿の女性が二人立ち上がる。彼女たちは「亜人あじん」と総称そうしょうされる魔物と人間の混血であり、見た目も能力も個人によってかなりバラついていた。

 例えばエリサに関して言えば、見た目は普通の人間の様であり、普段シャリアの身の回りの世話などをする侍従長を務めている。一方でセレーナは黒魔術にひいで、ネクロマンサー(死霊使い)の側面から骸骨などの不死部隊をサポートしている。背中からは爬虫類を思わせる太い尾が伸びていた。

 彼女たちに共通して多いのは目の悪いこと。最近ドワーフたちから「眼鏡」なる物を作って貰い、着用している。


 ネクロマンサーのセレーナは無表情のまま眼鏡をクイッとやると、持参のメモを読み始めた。


「まず祈祷きとうの間に蓄えている『禁呪』の魔力状況についてです。率直そっちょくなところかんばしくありません。現在も闇魔道士が祈祷を続けておりますが、発動に十分な魔力が補充されるのは七ヶ月以降と予想されます」


「前回より期間が伸びると申すのか!?」


「案ずるな爺よ。余はもう逃げるつもりはない」


「で、ですが祈祷の間の魔力は城の力そのもの! 供給が追いつかねば結界が……」


「案ずるなと言っておろう、くどいぞ!」


 不安げなラムダに対し、シャリアは落ち着いている。


「……宜しいでしょうか? 次にゴヴァ隊長ら、骸骨兵数名が復帰されました。本人たちからの要望で『次回以降、長距離を歩く任務は御免こうむる』とのことです」


「む……考慮しよう」


 確かに骸骨兵は、どちらかと言えばダンジョン内の防衛向きだ。これはシャリアの采配さいはいミスでもあったが、攻撃を受け死者が出なかったことを考えれば正解とも言える。代理で来ていた骸骨兵のジーグルが「コココ…‥」と不気味に笑った。


「次に、備蓄品の報告を致します……エリサ」


「はい、報告します。まず飲料水ですが、こちらはまだ少し持ちます。問題なのは食料です。菜果物は冷蔵されていますが後一週間も持たないでしょう。次に肉類、こちらは大分前に底をつきました。穀物など保存食は節約しても二週間程度……。次に酒類の嗜好品しこうひんについてですが……」


 エリサは書類を淡々と読み上げ、その都度つど皆の表情が青ざめていく。


「……以上です」

「これで報告を終わります、大至急食料の調達をお願いします」


 食料は命に関わる。皆、無言のまま愕然がくぜんとしていた。


 今まで……つまり転移する以前の魔王城周辺には城内の魔物と顔見知りの魔物が多く、頼めば大抵の物が取引できた。亜人たちが人間に成り済まし、買い物出来るルートも存在した。財を投げればなんとか飢えをしのげたのである。

 それでも城内から不満の声が上がり、コボルトたちが勝手に人間を襲ってしまう事態にはなってしまったが……。


「俺たちこんな山奥で仲良く餓死かよぉ!」


 始めに声を上げたのはゴブリンリーダーだった。両隣に居るゴーストと骸骨から手招きされてしまう。


「食料は重要問題、最優先で解決するべきだ。ルスターク将軍もそう思うだろ?」


「ブルド殿の仰る通り! 兵糧は兵の士気に関わる問題です! ……ですが我々は勝手に飛び出して来た身の上、お恥ずかしながら隠れ里からの調達は難しいかと……」


 一同が声を出し始める中で、アルムの横に居たセスが口を開いた。


「ねぇ、だったら食べれる植物を栽培すればいいんじゃない?」


「セス、栽培して食べれるようになるには時間が……あっ! そうかっ! シャリ……魔王陛下、提案ですが神術で作物の栽培促進をはかるのはどうでしょうか?」


 アルムが進言すると、シャリアは呆れたような目で見てきた。


「……貴様は余の神術をなんと心得ておるのだ?」


「軍師殿っ! 貴殿は魔王様に土仕事をさせるおつもりか!? 許しませぬぞっ!」


 ラムダの一喝、これを皮切りにとうとう騒がしくなる。


「毎日毎日、豆野菜ばっかり食ってられるかよ! 俺たち鼠公ねずこうとは違うんだぞ!?」

「お、おいらたちをバカにしたなっ!? 許さないぞっ!」

「量も質も重要であります!」

「もしや酒もないんか?」

「何聞いてたんだよジジイ!?」

「異世界の王妃はこんな状況下で『お菓子を食べろ』と言ったらしいぞ」

「肉だ! 肉食わせろっ!」

「鶏の生き血……」

「豚の丸焼きぃぃぃぃー!!!」 

「……コココ」


 この混乱状態を止める者は居ない。

 むしろ状況を楽しんで笑っている者さえ出てくる始末。

 アルムを配慮してなのか、人間食いてぇなどと言い出す者はいなかった。


「……あ、あたしもまたロイヤルゼリー、食べたいなー……」


 セスがチラリとアルムを見ると、目を閉じて肩を震わせていた。


バンッ!!


「みんなっ! 聞いてくれっ!! 食料の問題は近いうちに何とかするからっ! あてはあるからみんな心配しないでっ! 僕がなんとかするからっ!! ねっ!?」


『はぁ~……』


 ほとんどやけくそ気味にアルムが叫ぶと、一同から深い溜め息が漏れた。


(……報告を控えた方がよかったのかしら)


 セレーナは無表情で眼鏡を正すも、内心やっちまった感がいっぱいであった。

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