憎いかい?


 セルバ市の平民街にて、冴えない小太りの男が家から出るところであった。


(はぁ……)


 男の名はマルコフ。ついこの間、長期に渡って務めてきた市長の役を剥奪はくだつされた。そのことで先日家族と大喧嘩となり、家庭に居場所がない。神学を学ぶために留学している息子への仕送りも、後何ヶ月持つかわからない。毎日が憂鬱ゆううつだった。


(ワシは……あの魔道士にヘコヘコこびを売っていればよかったのか……)


 仕事をしていた時には気づかなかった「家庭」という重荷が、今更ながらどっと背中に乗っかってきた、そんな感じがした。


──セルバの市長、魔道士が憎いかい?


「そりゃぁ憎……」


 ハッとして辺りを見回す。……誰も居ない。

 とうとう幻聴まで聞こえるようになったかと、思わず苦笑する。



──街を盗られたセルバの市長、魔道士ラフェルが憎いかい?


「ぎっ!?」


 今度は確かに聞こえた! 誰かの悪戯いたずらか!?

 こんな事を他人に聞かれでもしたら、とんでもないことだ!



──憎いのかい? 憎いのかい?

──魔道士ラフェルが憎いのかい?


 もはや気が気ではなく、必死で声の出元を探し始める。どうやら下の方、雨水や家庭用の排水を流す溝から聞こえてくるようだ。溝を辿ると網の掛かった穴に辿り着いた。


『だったらこいつを今すぐ読みな、市長さん』


「ひっ!?」


 穴の中から声と一緒に何かが飛び出した。おっかなびっくり尻餅をつくも、薄目を開けると何てことはない。よく見慣れた手紙などが入っている筒であった。


(い、一体何だ?)


 恐る恐る手を伸ばし、飛んできた穴をチラチラ見ながら筒を開ける。中に入っていたのは数枚の紙であった。


(……、……。…………っ!? こ、これは!?)


 慌てて紙を筒ごと隠し、マルコフは一目散に道を走り去っていった。


(……ヒヒヒッ)


 穴の中から怪しげな目が光り、そして消えた。

 元セルバ市長マルコフは自室に鍵を掛け、一日中出てくることは無かった。

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