憎いかい?
セルバ市の平民街にて、冴えない小太りの男が家から出るところであった。
(はぁ……)
男の名はマルコフ。ついこの間、長期に渡って務めてきた市長の役を
(ワシは……あの魔道士にヘコヘコ
仕事をしていた時には気づかなかった「家庭」という重荷が、今更ながらどっと背中に乗っかってきた、そんな感じがした。
──セルバの市長、魔道士が憎いかい?
「そりゃぁ憎……」
ハッとして辺りを見回す。……誰も居ない。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったかと、思わず苦笑する。
──街を盗られたセルバの市長、魔道士ラフェルが憎いかい?
「ぎっ!?」
今度は確かに聞こえた! 誰かの
こんな事を他人に聞かれでもしたら、とんでもないことだ!
──憎いのかい? 憎いのかい?
──魔道士ラフェルが憎いのかい?
もはや気が気ではなく、必死で声の出元を探し始める。どうやら下の方、雨水や家庭用の排水を流す溝から聞こえてくるようだ。溝を辿ると網の掛かった穴に辿り着いた。
『だったらこいつを今すぐ読みな、市長さん』
「ひっ!?」
穴の中から声と一緒に何かが飛び出した。おっかなびっくり尻餅をつくも、薄目を開けると何てことはない。よく見慣れた手紙などが入っている筒であった。
(い、一体何だ?)
恐る恐る手を伸ばし、飛んできた穴をチラチラ見ながら筒を開ける。中に入っていたのは数枚の紙であった。
(……、……。…………っ!? こ、これは!?)
慌てて紙を筒ごと隠し、マルコフは一目散に道を走り去っていった。
(……ヒヒヒッ)
穴の中から怪しげな目が光り、そして消えた。
元セルバ市長マルコフは自室に鍵を掛け、一日中出てくることは無かった。
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