第五話 据える王、駆ける王

山神様の祟り


 魔導都市セルバ。

 その近くを流れる川の下流で釣りをする、小汚い格好の小柄な者が一人。

 川は街道のすぐ横にあり、度々通り掛かる人間の目に止まった。


「おいあんなところで釣りなんかしてるぜ。ろくな魚なんかいやしねぇってのに」

「あいつ最近ここらで見かけるぜ。汚ねぇ格好だがどこから来たんだ?」

「街からあぶれた貧民だろ。きっとバカなんだよ、放っておくに限るさ」


 通り掛かって覗いた者たちが言う通り、セルバ市から流れる下水が直に来るこの川は、水が汚れて酷い匂いを放っていたのだ。


「……」


 汚い布で身を包んだ者は気にも留めず、じっと釣り竿を垂らしている。


 と、ここで汚水が流れ出ている穴からネズミが出てきたのだ。ネズミは釣り人に近づくとチュウチュウと鳴く。


「……へへっ」


 フードの隙間から見えた顔は、毛むくじゃらで長いヒゲが数本生えている。

 やがて釣り人はネズミを拾い上げ、どこかへと立ち去っていった……。



 セルバ市から南東に広がるガーナスコッチ地方、その村にある酒場には大勢の者たちが昼間から入り浸っていた。その中にはあの悪ガキ少年団、ザップたちの姿も混じっている。


「兄貴、最近また余所者が増えましたね」

「あいつらセルバから来た冒険者共だ。……ケッ、余所者がデカイ面しやがって」


 冒険者たちは「南東の山奥に大勢の魔物が潜んでいる」と言う街の占い師の声に導かれ、この村へと集まって来た。中にはセルバ以外の街から来た者まで居る。


 この占い師は何者だと思うかもしれないが何てことはない。どこの街にでも居る普通の占い師だ。本物か偽物か問わず、大陸に居る大勢の占い師がどこそこに魔物が居ると勝手に声を上げているだけなのである。

 それより冒険者たちにとって重要なのは、付近の街にクエストを発注した冒険者ギルドがあるかどうか、成功報酬はどのくらい出るのかであった。ちなみにセルバのギルドが発注したクエスト報酬は、他の街のギルドより少しマシな程度である。


(……そういや……あいつも山の中に住んでるんだったな)


 ふと、ザップはアルムの事を思い出した。


「兄貴、今頃アルムはどうしてるんでしょうね?」

「!? ゲッ……ゲホゲホッ! し、知らねぇよ!」

「もう村に来ないって噂があるし……。山には魔物が出るって言うし、心配だな」

「……どうせ奴もセルバかどっかへ引っ越したんだろ! 気にすんな!」


 そう言うものの、ザップはアルムのことが気がかりだった。ついいきどおってあんな別れ方をしてしまったが、本当は助けてくれようとした礼が言いたかったのだ。

 もう村に来ないというなら街へ行ったのだろう。村人からアルムは街に関心があるようなことを言っていたと聞いた。街に出たのなら冒険者になるのだろうか、それとも魔法が使えたようだし魔道士になるのだろうか。器用な奴だったしその気になれば何にでもなれるんだろうな、などとザップは思った。


「いいなぁ、おいらも冒険者になってみたいっす。男の浪漫ろまんっすよね」

「はっ! 何が冒険者だ! 地元を捨てたゴロツキ共の集まりじゃねぇか!」


 ザップの言葉を聞いた冒険者が二人、ゆっくりと近づいてきた。


「何か言ったか糞ガキ? もういっぺん言ってみろや」

「ガキが昼間からこんなとこいるんじゃねぇよ、なぁ?」


ガタンッ


「てめぇらこそ誰に断ってここで飲んでんだ、あぁ!? 何べんでも言ってやらぁ! 定職にも就かねぇで他所からノコノコ来やがった冒険者さんたちよぉ!!」


 ザップは普段自分もろくに仕事などしないくせに、そう食って掛かる。


「おもしれぇガキだ、表に出て話をつけようじゃねぇか」

「上等じゃねぇか脳筋野郎っ!」

「あ、兄貴止めて下さい! 相手は玄人くろうとなんすよ!?」


 一触即発の事態だが、いきなり酒場の扉が勢いよく開けられる。


『た、大変だ! クラウスたちのパーティが帰ってきたけど様子が変だ!』


 クラウスのパーティ、その名に覚えがある冒険者たちは一斉に外へ出た。ザップたちも表に出てみると、おぼつかない足取りで四人の冒険者がこちらに向かい歩いてくる。そのうち魔法使いらしき女性が倒れた。


「おい、しっかりしろ!」

「クラウス! 一体山で何があったんだ!?」


「……」


 クラウスと呼ばれた男は何も答えない。ボーッとした様子でまるでゾンビのように仲間たちと道を歩く。そのうち他の冒険者から強引に運ばれていった。


 この様子を、ザップたちは遠巻きから眺めていた。


「これで何組目ですかね……」

「バカな奴らだ。山の神様のバチが当たったんだろうよ」


 他所から来て山に入る冒険者パーティは皆こうだった。魔物を探して山に入ると決まって意識が朦朧もうろうとしたまま歩いて戻り、いくつかの装備を無くしてくる。数日経つと正気に戻るが、その際に山での出来事を憶えている者はいない。

 もっと人数を増やし山に向かえばよいのだが、クエスト報酬が減ることを懸念けねんし、順番で二組づつ山へと入っていく。それが問題の種でもあった。



 そして当然、この話はセルバにいるラフェルの耳へも届いていた。


「……というのが近隣の山奥へ出かけた冒険者たちの報告です」


 弟子のキスカが報告書を読み上げると、書類を整理していた大魔道士ラフェルはワインを口にする。


「間抜けな冒険者共め、クエストの一つもこなすことができんのか」

「これに伴いセルバの冒険者支援協会から援助の要請がありました。冒険者ギルドのクエスト追加と報酬の引き上げが理由です」

「下らぬ、放っておけ。……こちらからも調査隊を出して調べたのだろうな?」

勿論もちろんです、ですが結果は同じでした。二名ほど体から矢傷が発見されましたが」

「矢傷か……」


 ワインを飲み干すと、ラフェルは一考する。


「しかし解せぬな。魔物の可能性は高いが付近の村に被害は無いのだろう?」

「はい。魔物であれば近隣の民家や家畜を襲う筈ですが、目撃などもありません。如何いかがしましょう、今度はこちらから王都へ斥候隊せっこうたい派遣を要請しましょうか?」

「それはできん、斥候隊の遠征には金が掛かる。確たる証拠も無く、この短期間で要請すれば諸侯しょこうも良い顔をしないだろう」

「ならばどうすれば……」

「我々だけで対処する他あるまい。……くそっ! あの無能な市長のお陰でこっちは手一杯だ。冒険者ギルドにはクエストの中止を発表させろ。そしてお前は近いうちにりすぐりの魔道士たちを集めておくのだ」

かしこまりました」

「任せる、何かあればすぐに報告するのだ。いいな?」


 キスカは一礼し、出て行った。


(山奥……そういえばアキラの息子も山奥に住んでいたようだが……まさかな)


 試しにアルムの首飾りに仕掛けた転移ポイントへ飛ぼうとしたができなかった。きっと何かの拍子に消えてしまったのだろうと気に留めず、落ちこぼれの息子に何が出来るのかとタカをくくる。……これが、慢心まんしんであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る