月下に黄昏て


 その日は寝室の準備ができなかったこともあり、ファーヴニラは死の渓谷へと帰って行った。それから間もなくのこと、小悪魔が血相抱えて飛び込んできた。


「魔王様!! この城に近づく軍勢がおります!! その数およそ七百っ!!!」

「どこの軍勢だ!? 人間か!」

「リザードマンの軍です!」


 まさかファーヴニラと戦ったことを知り、この城を攻めに来たのか!?

 すぐこちらも兵士を編成しようとしていると、向こうからの使者がやってきた。


「魔王陛下に申し上げます! 我らリザードマン、ルスターク将軍以下七百の兵士! 魔王軍へ贖罪しょくざいに上がりましたっ!」


 話を聞けば、ルスターク将軍は英雄バストン将軍の二番目の息子なのだという。

 元々仲の良くない兄の話を聞いて激昂げきこう、賛同する兵を引き連れやって来たのだ。


「ルスタークと申します。実兄がそちらの使者に対して行った愚行、万死にあたる行為です。つぐないは我らの従属じゅうぞくという形でさせて頂きとう存じます。それでおいさめ頂けなければどうぞこの身をお斬り捨て下さい」


 城の外でシャリアにひざまき、ルスターク将軍は頭を下げた。


「ルスタークよ。貴公らの誠意、しかと伝わったぞ。喜んで配下に迎えよう」


 結界侵入の許可を得てぞろぞろと兵士が入る中、聞き覚えある声。


「坊っちゃん、坊っちゃん!」

「マ、マードル!? 君も魔王軍に入るのかい!?」

「あっしがルスターク将軍にお話したんでやんすよ! でも坊っちゃん、嬉しいもんですね! 夢は信じていれば、いつか叶うもんなんですね!」


 夢にも思わなかった、嬉しい再会であった。


 その晩、リザードマンの兵たちを歓迎する宴が開かれた。食料に余裕の無い状況で行われたささやかものではあったが、皆はそれなりに楽しんだ様子だった。


 部屋に戻ったアルムは酒瓶に頭から突っ込んで酩酊めいていしたセスを寝かせ、酔冷ましに窓を開けて腰掛ける。冷えた風を肌に感じ見上げると、高くなった空には血溜ちだまりのような月が浮かんでいた。


「……」


 兵力は増し人間との戦いの日も近い。しかし解決しなければならない様々な問題が自分には課せられるだろう。兵の士気、運用、武器、食糧事情、外交にも気を配らなければいけない。異世界の知識は万能ではなく、いつか窮地に立たされる時も来る。そんな時、自分は一体どうするのだろうか……。


「……まるで、僕を見ている眼だ」


 いつか間近で見た赤く丸い瞳を思い浮かべ、アルムは昼間の事を思い返した。


 ファーヴニラと対峙したあの時、確かに自分は死を覚悟していた。いつハッタリを見破られ、セスと業火で焼かれてもおかしくなかった。

 だがあの状況は自らが作りあげた仮染めの窮地だ。必ず成功すると確信すらしていた作戦、中身の入っていなかったダイナマイト。

 

 そして……何より、あの場にシャリアがいた。


(……シャリィ)


 強大な力を持つ魔王、今は目的を共にする頼もしい存在だ。だからこそどこかで彼女に頼っていた節があったに違いない。どこかで自分は守られていると安堵していたに違いなかった。


 一方でシャリアはどうだ? 彼女は一人で魔黒竜を引きつけた。そこまではアルムの想定内であったが、神術まで使い、終いには竜の背に乗り共死にまで試みようとしたではないか。 真に死を覚悟したのは彼女の方だったではないか……。


(シャリィ……僕は……)


 高慢で危険な小さき暴君、その印象は初めて会った時と変わらない。

 利用し合えればそれでいい、互いにそう考えていた筈なのに……。


(‥…でも……僕は……君を支えたいと思ってしまっている……)


 酒の酔いか、体が熱く今夜は眠れそうにない。

 月色が変わり風が肌を刺すように感じるまで、アルムは空を見上げ続けた。



第四話 魔黒竜を討て   完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る