「命懸け」ということ


 ファーヴニラが声に反応して振り向くと、岩壁の上にアルムが立っていた。


──貴様どこから!? この娘の仲間か!?


「動くなっ!! これが何かわかるか!? 異世界のダイナマイトという爆弾だ!!」


 アルムの横に、着火された長い導線付きの筒を抱えるセスの姿。


「そっちが火を吹けば引火爆発するんだからっ!」


──だからどうしたの言うのだ? やってみせよ!


 神術の威力にも耐えたファーヴニラのうろこ。今更人間の作った爆弾一つなど怖くも何とも無い。しかしアルムは更にリュックを下ろすと半分開けてみせた。


「これを見てもそう言えるかっ!! 渓谷の奥で見つけた、お前の卵だ!!」


──きっ……貴様ぁぁぁぁ───っ!!!


「動くなと言っているっ!! 動けばこの卵ごと木っ微塵みじんだっ!!」



(アルムの奴……まさか本当に……?)


 シャリアは安堵からか、その場に腰を着けた。


 アルムはシャリアから借りたドラゴンの本の中で、ファーヴニラがドラゴンの中ではまだ比較的若い「めす」のドラゴンであることを突き止めた。そしてマードルの「数年前から巣に引き篭もっている」という情報、これが決め手となった。


 ドラゴンはホイそれと卵を産める生物ではない。しかも孵化ふかには大変長い年月が掛かる。だからこそドラゴンは自らの命よりも卵を死守する。だからこそこちらも命懸けなのであった。


「こちらの要求は一つ! 魔王軍との交渉にお前が応じることだ!」


──なんだと!?


「交渉の席に着くと約束しろファーヴニラ! それ以外での返答は受け入れない!」


 人質ならぬ竜の卵を質とした脅迫。しかしファーヴニラは冷静であった。静かに目を閉じるとやがて声を上げ、笑い出したのである。


「何が可笑しい! 早く返事しないと爆発するぞっ!!」


──勇ましい小僧よ。残念だが私は卵など産んではいない。それは偽物だろう?


「──!?」


 アルムは心臓が止まりかけた。ファーヴニラはその様子をすばやく察し、今度は優しい口調で岩壁の上へと語りかける。


──仮に卵があったとしても、この入り組んだ渓谷から見つけ出すのは不可能だ。

──その勇気に免じて今回は許そう。そこにいる小娘も連れて去ってはくれぬか?


(ア……アルム……)



「舐めるなファーヴニラッ!!! 僕は本気で死ぬつもりだぞっ!!!」


──な……!? 愚かなことをっ!


「!?」


 アルムは自分の着ていたコートを大きく広げ、大量のダイナマイトが巻きつけてあることを見せつけた。この事に驚いたのはファーヴニラよりもシャリアだった。


 アルムはそのまま卵へおおいかぶさるように丸くなる。


──止めろ小僧っ!! 貴様は正気ではないぞ!?


「正気でこんな真似するかよっ!! もう時間がない!!! 返事をしろーっ!!!」


「卵が無事でも、百万のあたしの仲間がこの渓谷を襲いに来るぞーっ!!」


──ぐっ……!


 アルムとセスの必死な叫びに、ファーヴニラは困惑して立ち往生してしまう。


「もうダメだ──!!! 爆発する──!!!」


「この馬鹿者めが──っ!!!」


 次の瞬間、シャリアは竜殺しの短剣を手に、ファーヴニラの背中へ飛び乗りその刃を突き立てたのだ! 刃は鱗を貫くも、それだけに留まらない! シャリアは残った魔力を全て短剣へと送り始めた!


──グオォぉぉぉぉぉ──ッ!!!!!


「さっさと返事をせぬかっ!!! 奴を殺せばこの渓谷ごと吹き飛ばすぞっ!!!」


「シャリィ!? 止せっ!!」


 堪らずファーヴニラは身をよじり、暴れだす!


──わ、わかった、交渉の席に着く……だから卵は……返して…………くれ……。


 やがてファーヴニラは前のめりに倒れると動かなくなった。


「……お、終わった……か……へへ……」

「やったぁアルム!」


 砕けるように腰を下ろしながら線の火を消し、アルムはセスとハイタッチした。一方でシャリアも自らの魔力を静めると、短剣から手を離す。同時に竜殺しドラゴン・スレイヤーの刃は粉々に砕け散った。シャリアの魔力には耐え切れなかったのである。


「貴公の返答、しかと受け取った。先に我が城にて待っている」


 竜の背中から飛び降りると軽くマントをひるがえし、その姿を消したのだった。



 魔王城に帰還し、アルムたちを待ち受けていたのはラムダ補佐官の大目玉であった。しかしシャリアからファーヴニラと戦いねじ伏せたことを聞かされ、今度こそ腰を抜かして動けなくなってしまう。そのまま医務室へと運ばれてしまった。


「放っておけ、石頭にはよい薬だ」

「仕方ないけどラムダさん抜きで交渉の準備をしよう」


 そして夕方となり、魔王城にファーヴニラはその姿を見せたのだ。


 シャリアの待つ応接会議室へ通されてきたのは、漆黒の衣を纏った背の高い女性の姿であった。ドラゴンは長年生きると姿を変えることが出来るのだという。


「足労に感謝する。背中の傷は癒えぬか?」

「かすり傷だ、問題ない。それよりもあの小僧はいないのか」

「アルムならすぐに来るだろう」


 奥の扉が開き、アルムが入ってきた。入って早々、ファーヴニラの姿を見つけ、本人だと確信すると背筋を伸ばす。持っていた紙をテーブルに置いて見せた。


「こちら側の要求です……読んだらサインを」


・魔黒竜ファーヴニラは以後魔王軍と行動を共にし、助力すること。

・死の渓谷は鉱脈発掘のため魔王軍に開放させること。

・その他要望や意見があれば応じるので申し立てること。


「……アルムというのか。サインの前に座ってくれぬか? 少し話がしたい」

「……何か?」

「そなたは人間のようだが、何故魔王軍と行動を共にしている?」


 聞かれてしかるべき質問、アルムは今までのことを簡潔に話し、セルバの人間たちの現状も話して聞かせた。始めは黙って聞いていたファーヴニラだが、やがて表情に影を落とし、そして項垂うなだれた。


「なんと愚かな……窮鳥きゅうちょうの頼みと軽々しく手を貸すべきではなかった……」


「人間でも他の種族でも、力を手にし奸賊かんぞくと成り下がるやからはいる。始めは本人が意識していても、周りから持ち上げられて気変わりしてしまう者もいる。皆が貴女のような孤高の強者ではない、群れを成して生きる弱者たちの哀れな宿命……悲しいけれど……」


「ならばお前は、その奸賊たちとどう違う?」

「僕は必要無い力を手に入れるつもりは無いし、目的が成就じょうじゅされればここを去る。それが魔王シャリアに手を貸すことの、僕の出した条件だから……」

「勇者にもお前ほどの賢い仲間がいれば、きっと変わっていたのだろうな」


 ファーヴニラはようやく笑みを浮かべると、シャリアの方を向き直す。


「渓谷に代わる寝室が必要だ。私と私の卵を保護できる部屋を所望したい」

「うむ、手配させよう」

「……そうだ、思い出したぞ卵だ。アルムよ、やはり卵は偽物であったな」


 あの後ファーヴニラは急いで渓谷の奥にある巣へ向かい、自分の卵が動かされていないことを確認した。やはり彼女は卵を産み、守っていたのである。


「魔黒竜の卵なんて、恐れ多くて触れもしなかったろうさ」

「ならばあの異世界の爆弾とやらも偽物だろう?」

「ご明察」


「ちなみにっ! あたしに百万の仲間がいるなんてのも嘘だったのさっ!」


 ひょいとアルムのフードから飛び出したセスの言葉に、「完敗だな」と魔黒竜は苦笑する。そして書類に自分のサインを記すのであった。

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