対決、魔黒竜ファーヴニラ


 転移先からどれほど歩いただろうか……。


 リザードマンしか知らない秘密の近道を通り、遂に一行は死の渓谷けいこくへと辿り着いた。マードルが岩の一部に触れると大穴が開く。


「洞窟を進むと分岐点があります。右は渓谷の一番開けた場所へ、左は更に奥へと続く入り組んだ道です……」

「マードルどうして教えてくれたの……?」

「へへっ……皆さんを見ていたら、あっしも吹っ切れちまったんですよ」


 そう言ってマードルは皆と固い握手を交わした。


「世話になったな」

「マードル、本当にありがとう。君には感謝しきれない」

「……また会えるといいね」

「魔王様、アルム坊っちゃん、セス、どうかご武運を」


 互いに手を振り合うとすぐに正面を向き、マードルは帰っていった。

 もう彼がこの渓谷へと足を運ぶことは無いのだろう……。



 洞窟内部は暗く何も見えない。だが元々夜目の利く二人には関係のないことだ。

 むしろセスの光が眩く感じる。三人は分岐点へ着くまで終始無言であった。


 分岐点へと突き当たる。特に話すことはないが、アルムは黙って手を伸ばし、シャリアも応じるかのように手を握る。別れを惜しむようにゆっくりと手を離すとそれぞれの方向へ進んで行った。


「……ねえ、アルムは怖い?」


 シャリアと別れてから少しして、セスが口を開いた。


「ちょっとね。でも怖いなんて思っていられない」

「……そっか」

「セスは」

「あたしは、怖くないよ」


 セスは狭い洞窟の中で光のを描いてみせる。


「気高き妖精フェアリーはドラゴンすら恐れない、だから何も怖いものなんて無い!」

「……そうだったね」


 暫く進むと道が複数枝分かれしていた。一番右を進もうとするアルム。


「そっちはダメ、嫌な予感がする。こっちへ行こう」

「どうしてそう思う?」

「あたし、アルムの行きたい場所わかるよ。だからこっちへ行こう」


 そう言って前を飛ぶ妖精の光が、行き先を照らす希望のように見えた。



 一方で、シャリアは一足先に目的の場所へと着いていた。


(成程、マードルの言葉通りだ。ここならば存分に戦える)


 高い絶壁に囲まれた岩地は自然の闘技場のようにも思えた。慎重に岩から岩へと飛び移り、ドラゴンと戦うシミュレーションを頭に描くも、すぐに止めた。

 相手は魔黒竜ファーヴニラ、地形など一時的に身を隠せるくらいでまともに戦術としては使えないだろう。頼れるのは己の魔力とふところに忍ばせた刃のみ……。


 鍛え直させ造らせた『竜殺しドラゴン・スレイヤー』の短剣。


『焼き直しましたが間に合せもよいところ……そう何度も使えないでしょうな』


 機会チャンスは一瞬、そして成否も一瞬。

 胸に手を当て意を固めると、大岩に立ち声を上げた。


「余は魔王の娘シャリア! 黒の竜ファーヴニラよ! 話がしたい! 姿を現せ!!」


 声は岩に何度も反響し、渓谷中に届くのではないかと錯覚するほどに響く。

 ……だが、肝心のドラゴンは現れない。


「どうした何故現れぬ!? 余におくしたか魔黒竜よ!!」


 その時、空からの音と風を感じたシャリアは天を見上げた。日が高く登っている中で、太陽の中に大きな影を見つけたのである。目を手で覆い様子を見ていると、影は次第に大きくなっていく……そして……。


 岩場に吹き荒れる剛風、巻き上がる石と砂埃すなぼこりをマントで防ぎ、身を守っているとその巨体は空から落ちるように降ってきた。

 強烈極まりない地揺れ。堪えるシャリアを次に襲ったのは、耳をつんざくほどの咆哮ほうこうであった。一瞬で辺りの土煙が吹き飛ぶ。


 そして現れた姿はまるで動く漆黒のとりで

 魔黒竜ファーヴニラが遂にその姿を現したのである。


おくして逃げたかと思った。貴公がファーヴニラか?」


 シャリアの挑発するような問いに、目の前の巨竜は頭首を近づけ威圧した。


──魔王の娘よ! 貴様と話すことなど何も無い! 今すぐこの渓谷から去れ!!


 尾で岩壁を叩き苛立ちを見せる。

 岩壁の一部が崩れ落ち、岩場全体が揺れた。


「そうはいかぬ。貴様は先の戦いであろうことか勇者に味方し、魔族に楯突いた。なぜ我ら魔族でなく人の子に手を貸した?」


──そんなことか、理由など無い。手を貸したのが人の子だっただけのこと。

──人間も魔族も、我ら竜にとっては他の生物と何ら変わらん。


「……ならば魔黒竜よ、今度は我らに味方し人間共との戦いに助力せよ。さすれば貴様が余の父の仇であることは忘れてやろう」


──ハハハハハハハハッ!!!!


 ドラゴンは地を震わせ大声で笑った。


──愚かな娘よ! 私が魔族に力を貸さなかったのはおのれわきまえぬその態度だ!

──お前は父と変わりない! 父と同じあやまちを繰り返し、同じ末路を辿るだろう!

──もう私は外界の争いに興味は無い! この地を去り二度と足を踏み入れるな!!


「……やはりな。下等なトカゲと話をつけようなどと、確かに余は愚かであった」


 双方、話し合いの余地など始めから無かった。シャリアは静かに小剣を二本抜くと、切っ先をファーヴニラへと向ける。相手が激昂げきこうするのに時間は要さなかった。


──貴様! それが一族を束ねる者の振る舞いか!? 後悔することになるぞ娘よ!!


「先ほど身内にも言われた。だがファーヴニラ、後悔するのは貴様の方だぞっ!」


 言い終わらぬうちにシャリアの小剣から魔法が放たれていた。顔面へまともに食らわせると、爆風が止まぬうちに立ち位置を変える。当然の如く、さっきまで居た足場は竜の踏み潰しを受け粉々に破壊された。

 休みを入れずシャリアは魔力の光球を打ち続け、走り続ける。ファーヴニラの動きは思った以上に速く、その巨体は止まること無く追ってくる。気を抜いたら間違いなく下敷きになるだろう。


──ゴォォォ……!!


 怒りに任せ岩を削りながら後を追うファーヴニラだったが、地形は思った以上にシャリアの味方をした。元々小柄であったシャリアの体はすんなりと岩陰に隠れることができたのだ。既に崩れて細かくなった岩の後ろにも入り込むことができ、敵を見失った相手へ撹乱かくらんさせることができたのだ。


──逃げ場はないぞっ!!


 完全にシャリアを見失ったファーヴニラは豪炎を吐き出した。すかさずシャリアは岩陰から魔法シールドを展開してやり過ごすも、こうなると見つかるのは時間の問題だ。灼熱しゃくねつの高温と化す絶壁に囲まれた岩場、終いには水を入れずに加熱された鍋の中と同様になってしまう。


(もう少し遊びたいところだが、余り時間は無いかもしれんな)


 シャリアの目的はアルムが来るまでの時間稼ぎ。ファーヴニラはドラゴンの中でもかなり賢い筈だ。もしかするとシャリアが単身でここに来たことも不審に思っているかもしれない。少しでも勘付かれたりしたら、そこで全てが終わってしまう!


──何だ?


 突然背後から身に覚えのない爆音が轟き、ファーヴニラは思わず後ろを振り返った。すると今度は振り向いた逆の方向から魔法の光球が飛んでくる。


──おのれどこから!?


 魔法の一撃は軽く、竜の鱗には傷一つ付かない。だが魔法は次々と多方から飛んでくる。次第に大きくなる土埃つちぼこりも相まって、竜はシャリアが何人も居るかのような錯覚にとらわれた。


 一方で本物のシャリアは隙を見て絶壁を駆け上がり、ファーヴニラの頭上高くへ跳んでいたのだ。ただ闇雲に攻撃し逃げていたわけではない、時限式魔法を仕掛けると同時に神術を発動させる準備をしていたのだ。


「──破壊と力の主ヴァルダスの神。その力よ、我が魔力に宿りて真の証をここに示せ……古きことわりの命に従い、今ここにて全てを破壊し尽さん!」


 地上にはこちらを見上げたファーヴニラの姿。岩地に記された巨大な神の御印レリーフに気づいた時には既に遅かった。

 絶壁に囲まれた岩地の中央部分、小さな無数の局所爆発が起こる。やがてそれは火柱となり、天高く伸び上がった。


「……」


 局所的とは言え、神術を使用し大量の魔力を消費したシャリア。岩壁の上に着地すると膝を折り肩で小さく息をする。火柱はすぐに止み、大きくに変化した地形を一望すると、くぼんだ中心に黒く巨大な岩を見つけた。


(……やはりこの程度では死なぬか)


 ショートソードをスラリと抜くと、黒岩目掛け渾身こんしんの力を込めて振り下ろした。


ガチンッ!


「……チッ!」


 爆発の衝撃と獄炎の熱で多少はもろくなるだろうとの目論見もくろみは、いとも簡単に砕け折れた。表面の赤茶けた巨岩は次第に動き出し、シャリアを視界に捉えると二本の足で立ち上がったではないか。


──少々見くびっていたようだ小娘、こちらも本気を出さざる得まい。


 ファーヴニアは大きく翼を広げると首をもたげ、体内で力を圧縮し始めた。本気を出せば街一つ吹き飛ぶと言われている魔黒竜の高圧火炎放射。もう隠れる岩陰はどこにも見当たらない。シャリアは大きく後ろへ下がり、ふところへと手を伸ばした。


『そこまでだファーヴニラ!! これを見ろっ!!』


 岩壁の上から第三者の声が降ってきた。

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