いざ、死の渓谷へ


 途中で会ったマードルを連れ、シャリアの魔法で魔王城に帰還した。

 帰還して早々、アルムが血相を変えて向かった先は、ドワーフの工房だった。


 そしてアルムはドワーフたちに、父の首飾りの鑑定依頼をしたのである。


「おじさん、どう!?」


「こりゃ驚いた! 確かに転移魔法のマーキングがされとるわい!」


 予想通りだった。あの日セルバから帰る途中、突然大魔道士ラフェルがアルムを追って現れたのだ。それを可能にしたのは父の形見を返す際に、ラフェルが密かに転移ポイントを仕込んでいたからである。


 まさかこんな細部にまでポイントが記せるとは……完全に迂闊うかつであった。

 闇魔道士たちに除去を依頼した後、シャリアにこの事を話すと


「お前はいつ暗殺者に襲われてもおかしくは無かった、この城の結界に助けられたな。魔道士本人が転移してきたなら、余が直々になぶり殺してくれたものを」


 サラリと恐ろしい事を言うのであった。



 服を着替えた後で、アルムはすぐに作戦会議室へと向う。部屋に着くとそこにはシャリアとマードルが既に着席していた。補佐官ラムダの姿はなかった。


「爺なら用事を言いつけ追い出した、話がこじれてはかなわぬからな。さて早速だがマードルとやら、魔黒竜ファーヴニラは知っているな?」


「は、はい……長いことあっしは親しくさせて頂いてやすが……」


 シャリアが予告通り作戦を変更してきた。もはやリザードマンとの和解は不要と判断したのだろう。マードルに死の渓谷までの案内を依頼する。


「それはまぁ、ようございますが、一体ファーヴニラ様に何のご用事で?」


「今後我らが人間と争うにあたり、後方の安全を確保したいがためだ」


「後方の安全の確保??」


「待って、僕からも質問いいかな?」


 今度はアルムがマードルを質問責めにする。


「……じゃあ、魔黒竜は今も死の渓谷にいるんだね?」


「ええ。実は数年前に体調を崩されたようでずっと引きもっているんです」


「ドラゴンには定期集会があるって聞いたけど、ファーヴニラは……?」


「行ってないと思いやすよ。でも変なんですよね……あっしが取引に行くとどこも具合悪くなさそうなんですよ。もう大分前からずっとですよ」


 これは大変重要な情報である。アルムはシャリアと思わず顔を見合わせた。

 更に質問は続くもマードルの口数が次第に減っていく。質問をされているうちに段々と疑念を抱いてしまったのだろう。最後にアルムからペンと紙を渡され、渓谷内部の地図を書くように言われた時に、それは起こった。


「すいやせんっ!! これ以上は勘弁してつかぁさいっ!!」


「マードル!?」


「確かにあっしらリザードとは今や、付き合いこそ薄いものとはなってやす……。あっしがファーヴニラ様と勝手に取引させて貰ってるだけでやす。それでもあっしらは…… 例えどなた様が相手でもファーヴニラ様を売ることなんかできやせん!」


 席を離れ床に土下座し、動かなくなってしまったのだ。


 リザードマンと魔黒竜ファーヴニラ、遠い昔から信頼で結ばれていた。死の渓谷までの案内すら裏切りに近い行為。まして竜の住処でもある渓谷内部の様子など、教えられる筈がなかった。


「お前の義の厚さ、よくわかった。もう何も聞かぬまい」


「……ごめんよマードル、君に迷惑を掛けてしまった。地図は書かなくていい」


「……へい、すいやせん魔王様、アルム坊っちゃん」


 アルムは優しくマードルに接し、何度もびて退室させた。


 そして作戦室はアルムとシャリアだけとなる。両者の考えはほぼ合致がっちしていた。


「本当に一晩で読んだのか!? そこまで思いつくとは……」


「この方法しか無いと思う。でもシャリィ、君こそ本当に無理はしないでよ?」


自惚うぬぼれるな。余の心配など千年早いと知れ」


 綿密な作戦を立て、二人は部屋を後にした。


 この時、二人の考えは僅かにすれ違いを生んでいた……。



「なんであたしをすぐ置いていこうとするんだ!?」


 部屋に戻ったアルムはセスに残るよう告げた。ドラゴンはフェアリーを敬遠すると考えたからである。必要以上に相手を逆なでしては作戦に支障が出る。

 だがセスは一歩も譲らなかった。アルムがこれから何をしようとしているのか、肌で感じ取ってしまっていたからだ。

 

「またおまじないをくれれば、きっと帰ってくるから」


バシッ


「あんたなんて嫌いっ!! 大っ嫌いっ!! 死んじまえっ!!!」


 クッションの下から聞こえる嗚咽おえつが胸にみ痛む。

 アルムは無言のままに部屋を後にした。


 次に訪れたのは、ドワーフの工房だった。


「ほれ、できたぞい」


「ありがとうミーマおじさん。いつも急でごめんね」


 造って貰った物をリュックに詰めていると、ミーマから声を掛けられた。


「アルムよ。こんなもん何に使うかは聞かぬが、使い方を間違えてはいかんぞ?」


「うん。ヘマしたりなんかしないよ」


 ドワーフたちに見送られながら、ハンマーと蒸気の音が響く工房を後にした。


(あっ……)


「……」


 扉を閉めると丁度シャリアがノッカーたちのいる第二工房から出て来たところだった。互いにまずいところを見られたな、と思った。


「……行くか」

「……そうだね」


 何をしていた、そう聞かずに両者は待たせていたマードルを誘い、地下へと続く階段を降りる。降りて早々、骸骨兵たちに通路を阻まれてしまった。


『魔王様、どちらへ向かわれるのですかな?』


 補佐官ラムダが骸骨の間から現れる。振り返ると後ろも完全に囲まれていた。


「爺、何の真似だ?」


「それはこちらの台詞と言いたいですが、この爺には全てお見通しですぞ」


「ラムダさん、道を開けて」

「軍師殿には黙って頂こう!!」


 今まで聞いたことのないラムダの大声が地下に響く。


「……シャリア様、貴女様はこの魔王軍を率いて導く魔王なのですぞ? 軽率な振る舞いをされてもし何かあれば、皆が路頭ろとうに迷うことになるのですぞ!?」


「言われるまでもない、余が一番わかっている事だ」


「ならば何故この爺に相談無くドラゴンの巣へなど赴くのですか!? しかも護衛もまともに連れず向かわれるなど、身勝手もはなはだしいですぞっ!!」


 普段温厚な者ほどその怒りは凄まじい。だがシャリアも負けていなかった。


「爺! 何もわかっていないのは貴様の方だ!! この城に竜を相手にできる者が一体どれほどいるのか!? それこそ命を無駄に散らすだけではないか!!」


「よろしい! そこまで言われるならこの爺のかばねを踏んで行きなされっ!」


「……」


 両手を広げ、ラムダは絶対通すまいと立ちはだかった。流石のシャリアも戸惑いを隠せない。問答が止まったかと思うと小刻みに震えだし、そして──。


「う……あ……」


ドサッ


「シャリィ!?」

「シャリア様!?」


「い……痛いっ!……あぁぁぁっ!!!」


 その場に倒れ、腹を押さえてだした!


「い、いかん! お前たち何をしている! 手を貸さんか!」


「……許せ」


 ラムダがシャリアへ近づいた瞬間、石となり驚いた表情のまま動かなくなった。

 油断していたところに石化魔法「ハードストーン」を掛けられたのである。


「道を開けよ。この滑稽こっけいな石頭像を片付けておけ」


 命じられた骸骨たちは素直に従い、石化したラムダを祈りの間へ運んでいった。

 これでもう邪魔する者はいない、そう思った矢先で声が。


「待って! やっぱりあたしも行く!!」

「……セス」


 真っ赤に泣き腫らした顔で近づき、アルムへとしがみ付いた。


「誰がなんと言おうと行く! それでも駄目ならあたしも石にしろ! 地面に衝突して粉々に砕け散ってやるんだからっ!!」


「……わかった、一緒に行こう」


「よいのか?」


「うん……そういう約束だった。ごめんよセス、もう忘れたりしない」


「…………」


 マードルは声一つあげず、皆のやり取りの一部始終を見ていた。そして気付く、この場に居る誰もが命を、それ以上のものを懸けていることに……。


「……マードル、大丈夫?」

「……なんでもありません、行きましょう」


 そう告げ歩く彼の表情、迷いは消えつつあった。

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