懐かしき隣人との邂逅(かいこう)
アルムたちは四方ジャイアントフロッグに囲まれ、進むも戻るも不可能な状況にあった。
(注意を引け、と言われてもね……)
ジャイアントフロッグたちは完全にアルムの方を向いている。
ここでセスは頭上で呪文を唱え始めた。
「──
セスから金色の光を降り注がれ、アルムは身が軽くなるのを感じた。
「これでマシになった筈だよ!」
「あ、ありがとうセス!」
「喰われたら助けてやる。せいぜい
シャリアは地を蹴り高く跳び、アルムたちを残して見えなくなった。
「がんばれアルムは強い男の子っ!」
(さっきと言ってることが違う!?)
ここで遂にジャイアントフロッグの一匹が、アルム目掛けて飛びかかってきた!
それを皮切りに、次々巨体が我先へと飛び上がる!
「──っ!」
アルムは大きく横に跳ね、下敷きになるのを回避した。
体がよく動く。頭が冴え、次の相手の攻撃に備えることができる。
(相手を観察すること、心身ともに余裕を持つこと、されど隙を与えぬこと!)
「コールドッ!」
氷結呪文を唱え、一気に二体凍らせた。
(これなら、僕にもできるっ!)
「危ないっ!」
後ろではセスがシールドを張り、こちらへ飛んできた粘液を防いでいた。
「少しならあたしも手伝える! でも油断しないで!」
「助かるよ!」
再びアルムはジャイアントフロッグたちへと小剣を構え、体勢を整えた。
(……あやつめ、未熟なりに動けているではないか)
シャリアはフロッグたちを片付けながらアルムの様子を伺っていた。フロッグは仲間が次々と倒されていく様を見て
しかしシャリアがそれを許さない。瞬く間に死体の山が出来上がる。
その一方で、アルムがまだ苦戦を
(確かに動けてはいる。が、そろそろ限界か)
すぐにアルムの方へ行こうとせず、戦いの様子を遠目から伺うことにした。
「……はぁ、はぁ!」
もう十匹近いジャイアントフロッグを仕留めただろうか。数がこれ以上に増える様子はないが、まだフロッグたちはアルムを諦めない。体が次第に重くなり、剣を振る腕が
(次で、最後にしてやる!)
これ以上の戦いは無理だろう。魔王ならまだしも素人同然である自分の力量では限界がある。何とか攻撃の隙を見つけ、この場から離れた方が賢明だ。
(来た!)
飛び掛かる体勢を取るジャイアントフロッグが正面に一匹。合わせて小剣を構え振り上げるアルム、その腕に何かが巻き付いた。
「くっ!?」
「アルムッ!?」
地中に隠れていた一匹が舌を伸ばし、アルムの動きを
もう間に合わない、視界一杯に広がるその巨体、成す
「うっ!」
……信じられないことが起こった。ジャイアントフロッグが空中でくの字に折れ真っ二つとなり、アルムを避けるように地面へと落ちたのだ。一瞬何が起こったかわからないでいると、手に巻き付いていたフロッグの舌が斬られる。
「未熟者、敵を目前に止まる奴があるか」
「シャリィ? じゃあ、今のは!?」
フロッグの舌を斬ったのはシャリアだった。横を向くと先ほどの巨体は腹の中身をぶちまけ
『アルム坊っちゃん! 大丈夫でやんすか!?』
川の上流から懐かしい声が聞こえた。
三人は無事、ジャイアントフロッグ地帯を抜けることができた。安全な場所を見つけ、一時の休息に
「川が凍ったんでびっくりですよ。しかし危機一髪でやんしたね、坊っちゃん」
「ありがとう、マードル。どうなるかと思ったよ」
「それにしても久し振りだねー」
アルムやセスと親しげに話す、リザードマンの「マードル」は旧知の友である。
川でケガをして動けなくなっていたところ、アルムの母に助けられ命を救われた過去があった。
「坊っちゃんの母様、カーラさんはお元気なんで?」
「……」
聞かれアルムは数年前に母が他界したことを告げる。話を聞きながらマードルは驚き、やがて顔を両手で
「そんな……あんなお優しい方がどうして……」
「目に見えて体が弱っていって、それからすぐだったよ。故郷から離れたことが原因じゃないかって……。でも母さんは絶対に帰りたくないみたいだった……」
「坊っちゃんはカーラさんの分まで長生きしてくだせぇ! そういうことならこのあっしも、また坊っちゃんの家を訪ねさせて貰いますんで!」
「あ、うーん……それなんだけど……」
「??」
ここでシャリアが二人の会話に入ってきた。
「ところでそなたはリザードマンのようだが、里から離れ何をしている?」
「へい……あっしは里に留まるのが嫌でよくこうして
「商人にして置くのが惜しい腕だ」
「ヘヘ、恐れ入りやす。こう見えても昔は魔王軍に入りたくて剣を振ってた時期があったんでやんす……でも魔王様が倒されて軍は壊滅……それでも子供の頃の夢を忘れたくなくて、こうして
そう言いマードルは立て掛けてあったシミター(曲刀のこと)を撫でた。
余程に思い入れが強いのだろう。
「そうだマードル、数日前にそっちの里へ魔王軍の使者が行かなかったかい? 何か知っていたら教えて欲しいんだ」
「え? ど、どうして坊っちゃんがそんなことを!?」
「アルムの奴、魔王軍に入っちゃったんだよ」
「はぃぃー!?」
アルムは経緯を簡潔に話してやった。
「……そういうことでやんしたか」
「骸骨兵が言うには、取り付く島も無しにいきなり攻撃されたらしいんだ」
「それはきっと、あれが原因でやんすね」
マードルの話は、魔王軍が勇者や人間と戦っていた頃まで
セルバ市は昔、リザードマンによって占拠され魔王軍の砦となっていた。しかし戦況は変わり、人間たちによって砦は包囲されてしまう。二千近く居たリザード兵は必死に防戦するも惨敗……無敗の老将バストン以下、大勢の兵が戦死を遂げた。
そしてこの悲報は隠れ里まで届く。皆が悲しみに暮れる中で、とある疑惑が浮上し始めた。歴戦の将バストンがこうも簡単に敗れる筈がない、魔王軍が援軍を送らずに見捨てたのではないかというものだ。確かに当時の魔王城はセルバ市から一番離れた大陸の西端孤島に位置していた。重要視されていなかったとも推測できる。
当時、バストン将軍には里へ残した二人の息子が居た。兄の方は父の戦死を受け噂を信じるようになる。そして日に日に魔王軍を恨むようになっていったという。この兄だけではなく、今も噂を信じている里人が沢山いるそうだ。
「魔王軍を恨んでいるリザードマンが居るのか……」
「バストン将軍はあっしらの憧れでもありやした。そんな将軍がある日突然、人間相手に討ちとられるなんて……。そりゃ噂も信じたくなるってもんですよ」
ここで退屈そうに小剣の手入れをしていたシャリアが口を挟む。
「下らぬ妄想だ。信じたい者が居るなら勝手に信じていればいい」
「あんたねぇ! なんでいつも他人の神経を逆なですることが言えるわけ!?」
セスの怒りなど気にもせず、シャリアは続けた。
「……バストン将軍は魔族四大魔将に次ぐ器量と覚え聞いている。王からの信頼もそれなりに厚かった筈、だからセルバの守りを許されたのだ。当時は魔王軍も大分
「え……?」
「人間の戦力を死ぬ間際まで引き付ける役目、将軍は自ら買って出たのだ」
淡々とシャリアの口から出た凄まじい話に、三人は暫し
「あ、あの……失礼ですが……お嬢さんは一体……?」
「……余の名はシャリア・フォン・ロウリィ・アプラサス・ヴァロマドゥー……、先代魔王ヴァロマドゥーの娘であり魔族の王である、見知り置くがよい」
この瞬間、マードルは血相を変えて五十歩くらい後ろへ下がると平伏した。
「か、か、重ね重ねご無礼を致しましたぁぁぁぁぁ────!!!!!」
(何もそこまでしなくても……)
アルムはマードルを起こしてやると、一旦魔王城へ帰還することを提案する。
話を聞く限りでは魔黒竜はおろか、リザードマンとの話し合いもままならない。服もジャイアントフロッグとの戦いで汚れてしまっている。シャリアもこれに同意した。
「何をしているの?」
「転移ポイントの設置だ。この位置なら消えることもなかろう」
確かにジャイアントフロッグとの戦いはもうごめんだ。
シャリアが岩壁に手をかざしているのを見て、アルムはある違和感を覚える。
(……何だろう? ……何か引っかかる……僕は大切なことを見落としてないか?)
──まだこんな場所をうろついていたのか
「っ!! シャリィ、急いで魔王城まで戻ろう!」
アルムに
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