死者の帰還
シャリアの口から出た言葉は驚くべきものだった。山奥の更に奥、生き物が寄り付かないとされる「死の
「叩くって、殺してしまうのか? 仲間にするのではなくて?」
「配下に出来るものなら越したことはない。だが奴は先の戦いで勇者どもと共闘し、魔王軍に盾突いた。また勇者共に助力しないとも限らぬ、従わぬなら即座に殺す」
勇者に手を貸したのは人間や神だけでない。ドラゴンすらもシャリアにとっては憎き仇なのだ。
だがドラゴンはそこらの魔物とは比べ物にならないほど強大な存在だ。並大抵の武器や魔法では戦えない。ましてや魔黒竜ともなると想像を絶する程の力を持っているだろう。
「シャリア様、重ね重ね申し上げますが……」
「わかっている。できれば戦いを避けたい相手だ」
「ドラゴンは自分たち以外を見下す傾向にある。話し合いは難しいだろうね」
「だから仲介役としてリザードマンを立てるのだ。奴らはドラゴンと遠い
つい数日前にそのリザードマンが住む里へ、使者として骸骨兵の師団を向かわせたそうだ。師団編成に骸骨兵を選んだ理由は、万が一何かあってもちょっとやそっとでは死なないから……厳密に言えば既に死んでいる「不死者」だから、というものだそうだ。
そしてシャリアの「期待はしておらぬ」という言葉。ヴァロマドゥー時代に魔王軍から魔黒竜ファーヴニラへ使者を送ったが、他方への戦事不介入という立場から助力を断られたらしい。後に勇者側へ味方したことがわかり、リザードマンを始め多くの魔族たちから落胆の声が上がった。
扉をノックする音が聞こえ、小悪魔が入ってきた。
「魔王様、骸骨のゴヴァ師団が帰還しました。城の外で待機しております」
「遅すぎだ! しかも何故奴は報告へ来ぬ!?」
「そ、それが全員ひどい有様でして……」
何があったのだろうか、嫌な予感がした。
城門外に出てみるがそこには誰も居ない。
だがよく見ると、辺り一帯に骨が散らばっているではないか。
「コココ……魔王様、ここにおります……」
「ゴヴァ! これはどうしたことだ!?」
地面に落ちていた喋る金色の頭蓋骨。
骸骨兵の隊長であるゴヴァの変わり果てた姿だった。
数日前、魔王城を出発して隠れ里を目指した骸骨兵たちは、遂に里を発見するもいきなりリザードマンに囲まれてしまったらしい。魔王軍の使者と名乗ったところ大柄の鎧を着た者から斬りつけられ、そのまま交戦状態へ。とても話しどころではなく、仲間と骨を拾い合いながら逃げて来たのだという。
「ポイント設置しましたが大分里から離されてしまいました、申し訳ありません」
「……まぁ仕方あるまい、ご苦労だった」
「コココ……隊長、ご無事でしたか?」
「いや、皆死んどる」
部下のジーグルらに文字通り骨を拾われながら、ゴヴァ隊長たち師団は城内へと運ばれていった。不死者である彼らに回復呪文は使えない。折れた部分はにかわでくっつけるのだろう。
(リザードマンとの交渉は決裂したということか、でもどうして?)
信じられないという顔をしながら、アルムは自室へと帰っていった。
アルムは早速、セスにこの事を話した。
「……僕にはわからないんだ。彼らは普段、温厚な種族だと思ってたのに」
「うーん、リザードマンによって色々と考え方が違うんじゃない? それか魔王軍の名前出して攻撃されたっての聞くと、原因はそこにあるんじゃないかなぁ」
「でもシャリィが言うには魔王ヴァロマドゥー時代、大勢のリザードマンが魔王軍の配下に居たらしいんだ」
「きっと何かあるんだよ。今はリザードマンが魔王軍に居ない、その理由がさ」
トントントン
「シャリィ?」
(うげ……)
ノックをして入ってきたのはシャリアだった。
「明日、余が直接リザードマンの里へ
「ど、どうしたんだい急に!?」
「骨らの報告を改めて聞いたところ『話があるなら魔王を連れてこい』と抜かした
言葉とは裏腹に目が笑っていない、これはまずい。
「あ、あんたちょっと待ちなよ! なんでアルムを連れてくのさ!」
「師団へ出向いた骨共に動ける者が居ない。お前ならこの辺りに詳しかろう?」
「まぁ、大体の場所の見当くらいは……」
「なら決まったな。今日はもう休め、明日は早いぞ」
「あ、待って!」
扉を閉められてしまった。
と、再び扉が開けられる。
「……やっぱり今夜中にこれを読んでおけ。予定が変更になるやも知れぬ」
アルムに一冊の本を手渡し、今度こそ本当に出ていってしまった……。
「何さあの自分勝手っ! べーっだ! ねぇアルム、あんな奴ほっとけばいいよっ!」
(大陸に関わるドラゴンたちとその実態……?)
著者が不明なその本を開くと魔物の文字が書かれていた。きっとこの本も魔王の配下が書き
「もーっ! あんたもあんたでなんでそうなの!? 知識バカッ! もう知らないっ!」
セスは諦め、ふて寝してしまう。
(……なるほど、ドラゴンたちは定期的に海向こうで集会を開くのか)
結局アルムは夜遅くまで本を読み続けてしまった。
「起きろ! いつまで寝ているっ!」
「……ん?」
どうやら昨日は机に向かったまま寝てしまったようだ。聞き覚えのある声に目をこすると、そこには覚えのない少女が立っている。
「……君は誰?」
「まだ寝ぼけているのか!? 立て!」
「いでででっ! シャ、シャリィ!?」
アルムは一瞬で目が覚める思いがした。目の前には普段とは全く違う格好をしたシャリアの姿があったからだ。髪を二つに縛りマントを羽織っている。その下には二本のショートソードを
「そのままで良い! ついて参れ!」
「ま、待ってよ! 山一つ超えるのにこの格好は無理だ!」
「山登りに行くのではない! 我らは交渉に行くのだ!」
「……うるさいなぁ、って! あんたら待ちなさいよっ!?」
強引に手を引っ張られるアルム、驚き飛び起きたセスは追いかけていった。
一階の大回廊へ出ると、アルムは正面出口へと向う。
「どこへ行くつもりだ? こっちだ」
「……??」
シャリアは祈りの間などがある地下階段へ降りていく。途中で見張りの小悪魔に出くわしたが、シャリアが「貴様は何も見なかった、いいな?」と脅し黙らせた。
アルムが「そっちこそどこへ行く気だ?」と思っていると、突き当りに光を放つ魔法陣が設置されており、そこでシャリアは止まった。
「昨日ゴヴァが設置したポイント付近に出る。これはその転移魔法陣だ」
成程、随分と便利なものがあるらしい。流石は魔王城。
「ところでその
「セ、セス!? ついてきちゃったの!?」
「当たり前だろ! アルムに無茶させたら許さないんだからっ!」
「……まぁ好きにせよ」
シャリアは何故か小さなため息を漏らす。
そして三人は魔法陣の光へと導かれ、その姿を消した。
転移先は川の流れる小さな谷であった。
「どうだ? ここがどこかわかるか?」
「多分、リザードマンの里は川の向こうだと思う。それよりも早くこの場を離れたほうがいい」
「なぜだ?」
「ここって確か、ジャイアントフロッグの群生地帯じゃなかったっけ?」
ジャイアントフロッグとはその名の通り巨大なカエルの魔物だ。群れて生活し、目に見えるものは何でも飲み込む習性を持つので非常に厄介である。おそらく骸骨師団を追ってきたリザードマンもそれを知っており、ここで引き返したのだろう。だからゴヴァ隊長はここに転送先の記録ができたというわけだ。
「そういうことならこれを持っておけ」
手渡されたのはショートソードだ。
「護身用だ、自分の身は自分で守れ」
「アルムは剣なんか握ったことすら無いんだよ!? あんたが守ればいいじゃん!」
「余が守れと? こやつは剣も握れずに女に守られる情けない男だと言うのか?」
「うちの子は野蛮人じゃないんですー、
「……あのさ。戦うんじゃなくてさ、水辺から離れて静かに歩こうよ」
川から離れつつできるだけ上流へと向う三人。上流へいけば生態系が変わるのでジャイアントフロッグの住処は無くなる。そこから浅瀬を見つけて川の向こう側へ渡る
その間できるだけ音は立てない。立てればたちまち仲間を呼ばれ、包囲される。
(ア、アルム……あれ……)
見るとジャイアントフロッグが地中から半分顔を覗かせ、こちらを伺っている。
水辺に居るとばかり思っていたが、思わぬ誤算だった。
(静かに、静かにしていれば大丈夫だから)
慎重にゆっくりと歩くアルムとセス。一方のシャリアはどうでもいいとばかりに先をどんどん進んで行ってしまう。その身勝手な態度にイライラしながらアルムの頭に掴まっていたセスだが、急に強い力で上へと引っ張られてしまった。
「ひゃぁぁ!?」
「セスッ!?」
……ボトッ
間一髪だった。シャリアは一瞬で間合いを詰め、セスを引き上げた何かを小剣で切り落としたのだ。勝手に先を歩いていたのではない。自分の間合いを考えた上でアルムの先を歩き、常に気を配っていたのである。
「セスッ、大丈夫!?」
「うげぇ……ペッペッ! うっ上~~っ!!」
見上げると木の上に舌を切断されたジャイアントフロッグの子供がぶら下がっているではないか。いや、一体だけではない。それらは次々と葉の陰から顔を現し、
ゲッゲッゲッゲッゲッ………
たちまち本来の大きさであるジャイアントフロッグたちが姿を現し始めた。
地中から、川の中から、あっという間に絶望的な状況へと追い込まれてしまったのである。
「あわわわ……」
「囲まれた……」
「望むところではないか」
シャリアは大勢の群れを前にしても冷静だった。
光輝く左手を掲げ振り下ろす。
それは一瞬だった。
川岸に居たジャイアントフロッグたちは氷漬けにされ、動かなくなってしまったのだ。
(これは中位魔法のフロストブレイズ!?)
その威力の凄まじさに釘付けとなるアルム。
川の流れまで凍るほどの強力な氷結魔法だったが、まだジャイアントフロッグは残っている。それどころか更に数が増え続けようとしていた。
「ふふっ、この頭数は惜しいものだ。知性さえあれば配下にしてやったものを」
「冗談言ってる場合じゃ無いよぉ!」
「退路を確保して一旦逃げよう!」
剣を構え、今にもこちらへ襲い掛からんばかりのフロッグたちを
「アルム、お前が奴ら半分の注意を引け。残り半分はなんとかしてやる」
「えっ?」
「余は守られているばかりの者は好かぬ」
地獄で仏、ならぬ地獄で魔王、そんな状況だった。
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