演説の舞台裏で


 壇上にて、マイクを受け取ったラムダ補佐官が集会を終わらせようとしていた。


「アルム名誉上級軍師の挨拶は以上。他に魔王様から何か……あぁ、左様ですか。ではこれをもって臨時集会を終わりとする、解散!」


(ふぅ……何とかなったな)


「アルムゥ! すっごくカッコよかったよ!」

「ご苦労でしたなアルム殿」


 魔物たちが持ち場へと去っていく中、セスやラムダからねぎらいの言葉がかかる。


 一方でシャリアは……。


「まぁまぁだな」


 と、随分そっけない態度だ。


『やっと終わったかいのう』

『ひぇぇ、しんどかったわい!』


 裏手から声がして、ぞろぞろと四人のドワーフたちが姿を現した。演説中に裏方作業へ徹していたのである。用意されたマイクとスピーカーはアルムの父の部屋にあったものだが、肝心の電気が無く彼らが手動で発電を行っていたのだ。


「おじさんたち、来てくれて本当にありがとう」


「なぁに、こんなもんお安い御用じゃ」

「ちょいと調整が足りなくてヒヤリとしたがのぅ」

「お前さんの演説は立派じゃたぞい!」

「孫が初めて喋った日のことを思い出したわい……ヨヨヨ……」


 このドワーフたちは魔王の配下ではない。普段はここから少し離れた所に住んでいるアルムのご近所さんなのである。アルムの両親とは昔から縁があったようで、アルム自身も随分と世話になっていたのだ。


 母の最後を一緒に看取り、母の眠る場所をこしらえてくれたのも彼らであった。


「のうアルムよ。皆で決めたんじゃが、ワシらもここで働かせてはくれんか?」

「ミ、ミーマおじさん!? ……で、でも、僕らのすることは……」


 人間と戦争するんだ、危険に巻き込みたくない。

 そう答える前に、他の三人からも囲まれてしまった。


「そりゃ人間と戦争するのはちと気が引けるがの、事情が事情じゃ」

「お前さんが悪人でないことくらい、赤子の頃からワシらがよーく知っとるわい」

「見ての通り、アキラからあっちの技術も少し教わっとるで、役に立つぞい」


「……で、でも」


 このやり取りを見ていたシャリアは急に立ち上がる。


「話は聞かせて貰った、そなたらを歓迎しよう。爺、案内してやれ」

「ははっ」


 そしてアルムへ目もくれずに立ち去ってしまった。


「話のわかる魔王様でよかったのう」

「早速この城の工房を見せて貰うか」


(……シャリィ、どうしちゃったんだろ?)


 心当たりが無いわけではないが、今一つ釈然しゃくぜんとしなかった。



「でもさー、途中危なかったよね。罵声ばせいが飛んでヒヤヒヤしたよ」

「あはは……まぁね。でもあれほどうまくいくとは思ってなかったさ」


 自室へと向かう途中で、セスとアルムは軽く反省会を行う。


「ある程度は練習してたんでしょ?」

「セスが寝てる間に少しね。異世界の文獻ぶんけんを読んでどうすれば大勢の心を掴めるか調べていたんだ。そして向こうの世界の独裁者に行き着いて、少し参考にしたんだよ」

「異世界の独裁者?」

「向こうの世界にも戦争の歴史が山ほどあって、その時々で独裁者も現れたんだ。彼らはとにかく他人の心を掴むのがうまかった、悪いことも沢山したけどね」

「そっかぁ……確かに演説してるアルム少し怖かった。『魔王アルム』みたいな」

「おいおい」


『誰が魔王アルムだと?』


 本物の魔王が突如現れ、セスは「ひぇっ!」とばかりにアルムの後ろへ隠れる。

 何か用事と尋ねると、シャリアはつかつかと前に出て、見上げるようにしながら指を差してきた。


「今の演説はまるでなっていない。『朝三ちょうさん暮四ぼし』もよいところだ」

「えっ?」

「今のでうまく配下共をだましたつもりか?余まであざむくことはできぬ!」

「……」


 アルムは「最近覚えた異世界のことわざを使ってみたかっただけじゃないの?」とか「演説なんてそんなもんじゃないの?」とか思ったが、下手に突っ込んで機嫌を悪くされても困るので黙っていた。


「余が配下の魔物どもを黙らせなければ、お前は肉片となっていたぞ」

「それはまぁ……感謝してるよ」

「自分には才能があるなどと自惚うぬぼれるなよ? 途中群衆の中から声を上げた者たちはラムダの入れ知恵だ。まさかそのくらい見抜けておるのだろうな?」

「だろうと思ったよ」

「それから……」


「色々心配してくれてありがとう、シャリィ」


 更に続くと思われる小言をさえぎり、満面の笑顔で返す。 


「……陛下と呼べ。皆の前では……呼ぶな」


 言い残し慌てて立ち去ってしまった。


「……あーびっくりした。しっかし素直じゃないなぁ、可愛くないのっ、べー」

「僕を重要視してくれてるんだよ」

「ほーらまたでた! あんたいつもそうやってすぐに心にも無いこと言う!」

「いででで……」


 セスがこう言うも、アルムは本心から出た言葉であり、シャリアに感謝しているのも事実であった。


 こうして後日、アルムから魔物たちへ一枚の紙が届けられる。


 ゴブリンたちの詰め所でのこと……。


「……ところでよ、お前どう思う?」

「あ? 今の手札か? 言わねぇよ!」


 ゴブリンはカードゲームにきょうじていた。気まま気の向くままのゴブリンたちは、普段好き勝手なことをして過ごしている。


「あの人間の軍師のことだっつうの! なんか怪しくねぇか?」

「確かにヒョロヒョロで弱そうだしな。でもあいつも人間と戦うんだよな?」

「本当かよ! 同じ人間同士だろ!?」

「死体見ただけでションベンちびっちまうんじゃねぇのか?」

「魔王様の前でか!? ギャハハハ!」


 と、ここで扉が開かれゴブリンリーダーが現れる。


「おいおめぇらよ! 軍師からこんな紙貰ったんだが一緒に見てくれや!」

「俺たち字が読めないの知ってるでしょう? リーダーが読んでくださいよぉ」

「読んだけどよくわかんねぇ! あ、なんか要望あったら書いてくれとよ!」

「要望? ……そういや最近豆ばっかりで飽きちまったなぁ」

「豚の丸焼き、食いてぇ」

「人里へかっぱらいに行けるように頼むべ!」


「いや、多分そういうことじゃねぇと思うが……」

 

 一方、コボルトたちの詰め所にも紙は送られていた。

 流石に隊長のブルドは内容を理解している。


「……というわけだ! 俺たちは特殊工作が主な任務となる!」

「でも隊長、それって平たく言うと雑用でしょ?」

「平たく言うんじゃねぇ! いい意味で考えろ! 切り札だと思え!」


 コボルトたちは配布された紙の他に、ブルド隊長が興味から貰ってきた異世界の資料のサンプルにも目を通し、驚いている。


「しっかし凄いですねこれ! 異世界人ってやつは何でも知ってるなぁ!」

「隊長、これ見てくださいよ! 隊長みたいな種族が描いてありますぜ!」


 ブルドが見ると、それはゲーム設定資料の狼男のページだった。


「銀に触ると火傷するらしいですよ」

「軟弱な野郎だ」

「隊長はどうなんですか?」

「知らん」

「試してみます?」

「……それには及ばん」

(えぇー?)


 そして、工房にいるドワーフたちは……。


「思ったほど使い込んでおらんのぅ。道具を持ってきて正解じゃったわい」


 元々ここは城というよりシャリアの別荘べっそうだったため、工房は間に合せで設置された感が否めなかった。工房の工具や釜には新品同様のものが目立つ。


「で、ワシらは何を作ればいいんかの?」

「実際に戦に出れる者が限られとるらしいから、その強化防具とか武器じゃろ」

「おぉい、注文がきたぞい! アルムが即急に作って欲しいもんがあるんじゃと!」


 そんな中、ドワーフの他に工房へ入ってきた者たちがいた。

 ノッカーだ。


「な、なんじゃいヌシらは!?」

「ワシらもこっち手伝うよう言われたんじゃ。……ふん、言っておくが鉱脈掘りの許可が下りたら出ていくからそれまでじゃぞ!」

「鉱脈堀りじゃと!? ワシらの穴場まで荒らすつもりじゃないだろうな!?」

「これこれやめんかい。まぁお互い仲良くやろうじゃないか」

「……ふん!」


 大所帯ともなると、結束が強くともほころびが出る。今後の課題であろう。


「アルム殿、これで最後の報告書になりますじゃ」

「ありがとう。ところでラムダさん、解読班のデーモンたちはどうしてる?」

「根を詰めておりますが、適度に休息させておりますのでご心配なく」

「そっか、でも流石だね、人間じゃこうはいかなかった。引き続き僕が目を通した本以外は解読しないよう閲覧えつらん制限してね」

かしこまりました」


 作戦会議室でアルムは集められた要望書へ目を通している。やはりと言うべきか、そこには異世界の資料はおろか、その他の文献ぶんけんでも知り得ない情報があった。


 シャリアも自然と目がそちらへ向う。


「どんなことが書かれてある?」

「本当は君に見せないこと前提なんだけど……。そうだな……例えばスライムだと彼らあんまり人間を食べないらしいんだ。栄養価がそんなに高くないし、冒険者は鉄の鎧とか着てるから吐き出すのが面倒臭いんだって」

「奴ら会話ができたのか!?」

「違う違う、魔物の中にスライムの考えが少しわかる種族が居て代筆したんだよ。でもこっちから話してることは、向こうにはある程度伝わるらしいよ」

「……」

「……知らなかったの?」


 即座にアルムは自分の余計な一言に後悔した。シャリアがみるみる顔を真っ赤にさせてこちらを睨んできたからだ。配下一人一人の名を知っている彼女にとって、知らないことがあるという事実。相当プライドに傷がついたことだろう。


 この空気を察したラムダは地図を広げ、シャリアへ今後についての説明を促す。


「……余の城がこの山に来たのは偶然ではない。然るべき目的があったからだ」


 しめし棒で現在地である魔王城を指し、次いで一つ向こうの山を指す。


「この辺りにリザードマンの隠れ里があるらしい。元々奴らは余の父の配下でもあった一族だ。手先が器用で戦闘にも優れ、配下に迎えられればこの上ない」


「……目的はそれだけじゃないね?」


 アルムの顔に緊張が走る。


「そうだ。更にその奥地に住むドラゴンを叩く、それが本命だ」 

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