第四話 魔黒竜を討て

名誉上級軍師の演説


 人知れず山林に鎮座ちんざする魔王城。その城壁の内側には天を貫くが如く、四基もの塔がそびえ建っている。

 今夜は塔にある一室にて、アルムと魔王シャリアは補佐官ラムダも交え、相互の目的を最終確認すべく話し合っていた。


 今後のことを考えれば、より慎重に慎重を重ねて協議するに越したことはない。


「ふむ。つまりアルム殿は勇者たちの作り上げた人間社会の体制を変えたい、と?」


「それには外部からの制圧が不可欠です。今の人間社会は英雄と有力者による独裁でしかありません。弱者が道理も無くしいたげられる、偽りの平和でしか無い……」


「愚かな人間どもの事情など、我らにはどうでもよいことだ」


 口数の少なかったシャリアが話を斬った。


「むしろ強者が弱者を虐げるのは道理だと思うが? その点、我ら魔王軍は平等だ。強弱問わず人間どもは全て蹂躙じゅうりんし、再び恐怖へとおとしいれるつもりなのだからな」


「……」


「貴様の考えはやはり手ぬるい、配下たちも納得せぬぞ」


 シャリアの強い言葉。

 だがアルムの反応はここでも意外だった。


「うん、僕も自分が魔族の配下だったらきっと納得しないだろう」


「残念だなアルムよ、もう我らの目的がたがえたようだぞ?」


「違えてはいないさ。僕は少し違った視点から考えてるんだ」


「ふむ? ……まあよい、そこまで言うならやってみせよ。……爺」

「はい、ではお二人ともご準備を」


 三人は部屋を出て城内の中庭へと向かった。


 中庭には大勢の魔物たちが集まっていた。城内の魔物が一斉に集まるのは異例の事態。皆何事だろうと騒いでいる中で、壇上に現れたのは魔王シャリアと補佐官のラムダ、そして見慣れぬ人間……アルムの姿だった。


(……ねぇアルム、大丈夫……だよね?)


 肩に掴まり半分隠れているセスは、心配で堪らない。目下もっかに広がる大量の魔物が、一斉にこちらへ襲い掛かってくるのではないかと気が気ではないのだ。


(怖かったら部屋に居てもよかったのに)

(駄目だよ! アルムがピンチの時はあたしが守んなきゃダメなんだから!)

(それは頼もし……いててっ)


 ざわついている中シャリアが壇上に立ち、手を挙げると一斉に静まり返る。


「……我が忠実なる魔王の下僕しもべたちよ。余の父『ヴァロマドゥー』が勇者によって倒され、我らは大陸の隅へと追いやられた。実に嘆かわしい、忌むべき現実だ」


 静かな調子で語る魔王の言葉に、言いようのない声が魔物たちの中から漏れる。


「しかしそれも時期に終わリを告げる。此度こたび我らは勇者をもしのぐ力を手に入れる! あの憎き勇者どもと同じ……いや、それ以上の力を!! ……これより紹介するのは異世界に住む人間の末裔だ。愚かにも我らに知恵を貸すとの申し出があり、余はえて名誉上級軍師の地位をくれてやった。奴の言葉に耳を傾けてやって欲しい」


 口々に驚きの声がよぎる中で、魔王は壇上から降りてアルムに囁く。


(……後はうまくやれ。失敗すれば命はないぞ)


 脅しなのか、声援のつもりなのか。なんせあのシャリアのことだから失敗の方にこそ望んでいるかもわからない。その後のことは予想したくはないが。

 ゆっくりと壇上に立つアルム、それなりに緊張が走る。大勢の前で演説など初めてだ、それも魔王配下の怪物たち……。とは言っても相手が何者かなど大した問題ではない。大勢の前、という方が問題なのだ。


(……アルム、しっかり!)


 セスの小声が聞こえる中で、段々と緊張が解けていく。なるべく落ち着くように自分へ言い聞かせ、辺りを見渡すとその魔物の種類と配置に目を配った。


(……よく考えられてるな、仲の悪い種族同士は離されてる)


 一方で壇下の魔物たちは、アルムが中々話し出さないので少しざわつき始めた。

 それを見てアルムはそろそろ頃合いだろうとマイクを取り出す。


「……あー、えと……ぼ、僕は」


ピィィィィィィィィィヤァァァァァァァ───────!!!!!



 突然後ろの大型スピーカーから甲高い音が鳴り響く! ハウリングだ!

 慌ててマイクのスイッチを切るも、魔物たちは阿鼻叫喚あびきょうかんである!


「うるせぇぇぇえ!!!」

「俺たちを殺す気かー!?」


 中には音波に耐性の弱い魔物が居たかもしれない。罵声ばせいが飛び交う中でアルムがこれはまずいと慌てていると、小さな黒い影が前に出た。


ダンッ!


「これしきのことでうろたえるな!! それでも貴様らは魔王軍かっ!?」


 シャリアの援護だ。

 今のうちにマイクを入れテストすると、今度は大丈夫そうだ。


「あー、あー……うん大丈夫。みんなごめん、これは異世界の拡声器で少し調子が悪かっただけなんだ。もう大丈夫だから、心配しないで」


 気を取り直し、アルムは身を引き締めると群衆を前に喋り始めた。


「僕の名はアルム、先ほど紹介があった通り、父は異世界の人間だ。父は行方不明だけど僕に異世界の知識を残してくれた。僕はそれを使って君らと共に戦いたい」


 魔物の中から理解できないという反応が聞こえるも、更にアルムは続ける。


「見ての通り、僕は人間だ、それについて君等の言いたいことはわかる。でも僕は人里離れたこの山で暮らしていた。だから今の世の中を冷静に見ることが出来る」


 それからアルムは自分がセルバで見てきたことについて話し始めた。次第に魔物の中には反応を示し始めた者がいたが、大半は興味なさげであった。


『名誉軍師とやら、ちょっといいか!?』


 そして魔物の中から挙手する者あり、ワーウルフのブルドであった。


「話は大体飲み込めた! だが貴殿の話を聞いていると、人間たちのために俺たちを利用しようとしてるしか思えねぇんだがな!?」


「……」


「俺たち魔王軍の目的は人間どもを片っ端からぶっ殺し、奴らに復讐することだ! そうだろう、お前らっ!?」


「そ、そうだー! 隊長の言うとおりだー!」

「人間なんかどうなろうが知ったこっちゃねぇぜ!」


『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 』


 場に居た魔物全体からデストロイ・コールが巻き起こった。こうなってしまうともはや収束は困難だろう。先程は一喝で皆を黙らせたシャリアだが、今度は黙って座っている。その本心がどうなのか、無の表情からは伺い知れない。


「……皆の気持ちはよくわかってるつもりだ。 魔物が人間を襲うことは自然なことだし、僕自身もそれについてとやかく言わない」


『あぁ!?』

『なんだぁ!?』


(ちょ、ちょっとアルム!?)


 気が振れたような一言に、コールは静まるも微妙な雰囲気が漂う。

 それでもアルムは話し続けた。


「でもその行いが今現在、安易にできないことはみんなが一番よく知ってる筈だ。その全ての元凶は神のを借り魔王を倒した勇者たち、彼らが今も人間たちの間でのさばっているからなんだ!」


『つまりさー、アルム君が言いたいのは皆殺しより魔王様の敵討ちが先だぞって、そういうことでしょー?』


 ハルピュイアの一人、黒髪サディの通る声が群衆後部から響く。


「そう! まさにその通りっ!」


 今だ、ここしか無い。

 大袈裟な身振り手振りも交え、演説は佳境かきょうへ。


「人間は弱い生き物さ、だから大勢群れて暮らす。そして群れて暮らしても結局は力の強い者に押さえつけられてしか生きれない。君らはどうだ? 奴らと同じか!?神から力を貰わねば何もできない臆病者か!?」


『俺たちは人間じゃねぇ! 俺たちは魔王軍だ!』

『人間なんざ神がいなきゃ虫けら同然だ!』


「そう、そうさ! だから僕も魔王軍へ参加させて欲しい! 共に戦いもう一度魔族の誇りを取り戻そう! この大陸を本来の秩序へ戻そう! みんなで勇者を倒そう!!」


『オオオオオオオォォォ──!!!』


 雄叫びとも喝采かっさいともとれる大勢の声を受け、アルムの演説は終わった。

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