番外編『ドラゴングレイヴの伝説』
アルムは再び魔王城へ……今度は「名誉上級軍師」として招かれた。セスと共に部屋が与えられ、家にあった本は残らず保管庫へと運び込まれる。当然アルムの父の部屋にあった本も例外ではない。後からラムダ補佐官が入って部屋を調べたが、魔力の流れが不安定で実に奇妙だと話していた。
後日、解読班を編成して情報整理にあたる予定……無論これもアルムの仕事だ。
「はぇ~……、疲れたぁ」
「そう?」
引っ越しが終わると部屋に帰ってくるなり、セスはクッションへと落下した。
因みにセスは重たい物など一つも運んでいない。
「この瘴気には馴染めない。だから余計疲れちゃう」
「僕もさ。対処したって言ってたけど、まだ違和感が残るね」
横になっても寝るにはまだ早い時間だ。かと言って暇潰しに城内を散策する気にもなれない。ここは魔物がうろつく魔の城、勝手に出歩けば命の保証はできないとまで言われた。
「……そういえばさ、前に言ってたドラゴンなんとかってなんだ?」
「あぁ、『ドラゴングレイヴの伝説』ね。妖精の住むドラゴンレイクの昔話さ」
「なぁんだ、ドラゴンレイクのことか。期待して損した」
「読んであげようかと思ったけど、やめる?」
「え? あ、いや、んー……まぁ人間から見たドラゴンレイクの話も悪くないかな」
アルムは笑いながら一冊の本を取り出すと、ベッドに腰掛け読み始めた。
「昔々大昔……大陸にまだアスガルドが無かった時代。海の向こうにも陸があり、一匹のドラゴンが住んでいました……」
ドラゴンはとても凶暴な性格で、時折人間の住む街を襲っては暴れ、人々は大変困っておりました。立ち向かうにもドラゴンの鱗は刃を通さず、魔法を跳ね返してしまいます。それをいいことにドラゴンは長い間人間を苦しめておりました。
ある日、人間の中に勇敢な若者が現れ、兵を大勢引き連れてドラゴンの住処へとやってきました。住処に入られたドラゴンは怒り、人間たちに炎を吹きかけます。若者を始め人間の兵士たちは、慌てて街へと逃げ帰りました。
でも後日、人間たちはまたやってきました。ドラゴンはまた人間たちを蹴散らします。しかし人間たちは何度もしつこく、来る度に新しい方法でドラゴンへと挑みました。戦いは何十年も続きました。
やがて何度何度も戦っているうちにドラゴンは疲れ、次第に老いていきました。一方の若者は壮年の将となっておりました。人間の戦術も今や立派なものとなり、遂にドラゴンを罠へと追い込みます。将軍の投げた槍が右目を貫くと、ドラゴンは叫び声を上げ逃げていきました。勝利した人間たちは
「……なんだそのドラゴン、人間なんかに負けちゃったのか」
「あれ、セス珍しく起きてるね?」
「だってまだドラゴンレイクが出てきてないじゃん」
「これからでてくるよ」
人間に住処を追われ、傷ついたドラゴンは海を超えました。やがて大きな大陸に着き、高い山に囲まれた美しい湖を見つけたのです。この地を新たな住処にしようと考えたドラゴンは、そこに住む生き物たちを殺し、草木を炎で焼き払いました。
しかし、このドラゴンの愚かな行為が妖精王の怒りに触れました。どこからともなく空を覆うほどのフェアリーたちが現れ、ドラゴンへと向かっていったのです。ドラゴンは必死に空へ向かって炎を吐き、爪でフェアリーたちを引き裂きました。でも人間とは違いフェアリーたちは死を恐れません。全身を銀の針で刺され、鳴き声を上げて逃げ惑いましたが、遂にドラゴンは力尽きるまで許されませんでした。
それから長い年月が経ち、この大陸に人間がやってきました。その中にはあの日勇敢だった将軍の姿もありました。そして大陸を探検し続けた人間たちはドラゴンを発見して驚きます。片目に傷のあるドラゴンは山にもたれかかるようにして石となっていたのです。その姿を見て老将は、思わず声を震わせこう言いました。
『この島には我々が苦労して追い出したドラゴンを石にしてしまう怪物がいる!』
人間たちは慌てて船を出し、元いた島へと逃げ帰りました。それ以来、その山に囲まれた地は「
やがてドラゴングレイヴは「ドラゴンレイク」と名を変え、今も妖精たちの楽園になっているということです。
「……どうだった?」
「うーん」
「この話、セスは知らなかったの?」
「知らない。それっぽい岩はあったけどドラゴンだと思わなかったし」
結局最後まで聞いていたセスは今ひとつの反応である。
「感想に困る話だな。だいたい話なのに『キョークン』がよくわからない」
「キョークン? あぁ教訓ね。それは受け取り方次第じゃないかな。例えば『他人の住処を荒らしてはいけない』とか『弱い者を虐めるとしっぺ返しにあう』とか」
「……」
(どうしたんだろうセス……どこか寂しそうに見えるけど)
以前にセスからドラゴンレイクに住んでいたことは聞いた。だがその他のことは詳しく話してはくれない。詰まらない場所だから出てきた、とは言っていた。
「あたしはもう二度と戻りたいと思わないな」
「生まれ故郷なのに?」
「少なくともあたしには『楽園』じゃなかった」
「……そっか」
きっと良い思い出がなかったのだろう、だから話したくないのだ。同情するようにセスを見ていると目が合ってしまい、即座に飛び乗られ髪の毛を引っ張られた。
「なにしんみりしてんだ!? なんかムカつくぞ!」
「いや……なんていうかセスは随分長いこと僕と居てくれるなって……」
「そうだぞ! もっとあたしに感謝しろ! 魔王の城までついてきたんだからな!」
捕まえようとすると頭から離れ、目の前に現れる。
「どこまでもついてってやるよ、それこそ地獄の果てまでもさ」
「ありがとう、セス」
伸ばしてきた小さな腕をアルムは指に乗せ、優しくキスをするのだった。
番外編『ドラゴングレイヴの伝説』 完
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