偽りの中の真実


 次の日の朝、セスは物音で目が覚めた。


「アル……ム……?」


「おはよう、起こしちゃった?」

「アルム!?」

「昨日は遅くなっちゃった、ごめんよ。一晩中待っててくれたんだね」


 セスに蜂蜜入りの茶を入れてやり、昨日の出来事をかいつまんで話す。


「……アルム、やっぱりあんたは大馬鹿だよ。完全に騙されてる」


「セスもそう思う?」


「当たり前だろ? なんであんたが殺されず済んだと思う?向かって来る人間たちを追い払ったり、人間の街を襲撃する時なんかに利用するつもりだからだよ!」


「……」


「魔王が生きて大陸を支配してた頃、アルムは赤ん坊だったから知らないんだよ。魔王ってのはね、無慈悲で残忍で狡猾こうかつでとても恐ろしい存在なんだよ? 娘もきっとそうに決まってる! ゲームだってわざと負けて気を引こうとしたに違いないさ!」


 アルムは表情一つ変えず、じっとセスの話に耳を傾けていた。


「……セスは凄いね、僕は半分騙されかけた」


「だったらもうあそこへは行くな! ……それとアルム、残念だけどここを出よう。お母さんのお墓にお別れして、どこか遠くへ暮らせる場所を探しに行こう?」


 この誘いに、アルムは静かに首を振った。


「……僕はしなきゃいけないことがあるって気付いてしまったんだ」


「はぁ!?」

「多分他の誰にもできないこと、だから僕がやらなきゃいけない」


「何言ってんだお前!? あたしの話聞いてたのか!?」


 出かける準備をしながら、アルムは続ける。


「……確かにシャリィは何か嗅ぎつけ、僕を利用しようとしてるのかも知れない。正直とても恐ろしい存在だと思う、でもね」


 そう、でも……。


「だからこそ手を組むに値すると思ったんだ。僕がやるべきことを成すためにね」


「手を組むって……魔族と一緒に人間と戦争する気か!?」


 どこかで頭でも打ったのか? それとも魔王城でチャーム(魅了)の魔法でも掛けられてきたのか? セスは本気で心配する。


「アルム、いくらなんでもわかってんだろ? 魔王が人間と戦争した時……」


「他種族へも戦火が及び、その住処すみかを追われた。だから今度は僕がそうさせない。僕がシャリィの舵取りになるつもりだ。単なる魔王軍の手下にはならないよ」


「頭を冷やせ! そんなにうまくいくわけ無いだろ!」

「だからセスが僕の舵取りになってくれると嬉しい、でも強制はしないよ」


「ばっ……、お、おい! ちょっと待ってってば!」


 言い残しアルムは外へ出ようと扉を開けた。


「……あっ」

「……」


 フードを被った見覚えある顔と鉢合わせになる。

 シャリアだった。


「おはよう」

「……魔族にそんな挨拶は無い」

「もう僕と会わないんじゃ……」

「余に話があるそうだな、だから足を運んでやったのだ」

「……うん」

「……何が可笑しい?」

「……何でも無いよ」


 相変わらずの高慢な態度である。嘘芝居はなかなかだが、付き通すのは今一つ。昨日の泣き顔とのギャップも相混あいまり、可笑しくなったのだ。


 二人のやり取りの間に、セスがアルムをかばうように割って入る。


「や、やい! 魔王の娘っ! お前なんか怖くないぞ! よくもアルムをたぶらかしたな! もしアルムに何かしてみろ! 人間に城の場所を言い触らしてやるっ!」


「セ、セス!? 駄目だよ!」


 シャリィは腹を抱えて笑った。


妖精フェアリー迂闊うかつに手出しはせぬ。余も『竜の墓ドラゴングレイヴ』の話は知っている」


「どらごん……なんだぁ?」


 セスには今度本を読んであげるからと言い、シャリアを家の中へ招き入れた。


「不味い茶はいらぬ、こちらも忙しい身だ」

「うん、話すより見て貰った方が早いだろう」


 アルムは棚から数冊本を取り出す。

 本を見せるのかと思いきや、首にかけていた首飾りを外し始めた。


「どうして母さんが死ぬ間際にこれをくれたか、今なら判る気がするんだ」


 首飾りを本棚の奥へと突っ込んだ。

 すると本棚が消え、魔法の入り口が現れたではないか!


「ええぇっ!? この家にこんな仕掛けがあったのか!?」

「さ、ついてきて」

「……」


 三人は魔法でできた入り口へと吸い込まれた。


 そして明るい部屋に出た。そこは実に奇妙な部屋で、様々な見たことのない物で溢れかえっている。水地が多い地図の描かれた球体、剣と盾を持つ奇怪な人型像、複数の人物が描かれている大きな絵があり、壁に直接られている。


 そして何よりも、やはり本棚が多かった。


「アルム……ここは?」

「死ぬ間際まで母さんが入るのを許してくれなかった、父さんの部屋だ。そしてシャリィ、昨日の君が探し求めていたものがある場所さ」


 シャリアは辺りを観察していたが、やがて。


「手にとってもよいか?」


 許可を得て本を取ると、驚きながらページを捲り、眉間みけんしわを寄せる。


「君にはこの本がどう見える?」


「……まず紙の質が驚くほど高度だ。挿絵は恐ろしく緻密ちみつでまるでそこにあるかの様……。文字が数種類使われているな……解読は極めて難解だろう」


「それは異世界の本だよ」

「何だとっ!?」


「僕の父さんは異世界から来た勇者と共に召喚されたらしい、そしてこの部屋も。始めは僕にもそれがわからなかった、でも今ならわかる」


「……」


 鬼気迫る顔でアルムをにらみつけるシャリア。父の仇の仲間であるなら無理もないことである。すかさずセスが入り睨み返すも、アルムが大丈夫だからとなだめた。


「残念だけど、僕は君のお父さんの仇になれない。僕の父さんは英雄にはなれなかった。勇者たちと仲違いをしてしまったのだから……」


「それは何故だ?」


「人間関係、かな。他に理由があったのかもしれない……それよりこっちを見て」


 そう言って別の本を取り出し挿絵を見せる。いや、挿絵ではなく写真と言った方が正しいか。のぞいたセスが思わず驚き声を上げた。


「なんだこりゃ!? 神様が造った壁か!?」

「余は驚かぬ、人間が建てたのだろう? 恐らくは王の居城か要塞だ」


「これはマンションと言って、市民の居住宅らしいんだ」


「市民!? 普通の人間のか!?」

「……馬鹿な……ありえん」


 二人の驚き様は凄まじく、驚かぬと言ったシャリアは腰を床につけてしまう。


「僕も初めは驚いたさ、この世界より遥かに文明が進んでいるんだもの。でも本を読みあさっているうちに奇妙なことがわかったんだ。向こうの世界には魔法がない」


「……どういうことだ?」


「向こうの世界は魔法よりも効率がいい『科学』を選択したんだ。その結果一定の分野が高度成長を遂げて進化し、こんな形となった」


「効率……確かに魔法は使う者はおろか使い道も限られる」


「そして更に驚くことがあるんだ。これだけ文明が異なっていてもこちらの世界と共通する部分が多いんだ。伝承とか神話とか。次はこれを見て」


 今度は他とは毛色の違う本を開いてみせる。まるで図鑑のようであり、そこにはなんとこの世界に存在する魔物の姿が描かれていたのだ。


「これは……ゴブリンではないか!! こっちはスライムにコボルト……書いてあることまではわからぬが、まさかこの本には魔物の詳細が書かれているのか!?」

「こっちは妖精じゃね!? なんであたしらのこと知ってんだ!?」


 アルムもこの本については、何故こんな物が存在するのか理解できなかった。

 しかし異世界人からしてみれば、ゲームの設定資料といったところなのだろう。


「……ふふふ、だがわかったぞ、お前がやけに魔物に詳しかった理由がな。そして異世界の勇者共が何故魔王軍を壊滅させることができたかのかを!」


 そしてシェリアはアルムに迫る。


「アルム、もう貴様を野放しにするつもりは無くなった! しかし余にこんなものを見せるその覚悟、えて貴様の口から聞かせて貰おうか!」


「お、おい! 止めろっ!! なにしてんだ!!」


 もう逃さないとばかりに左手を掴む。

 これにアルムは目を閉じ、意を決する。


「魔王軍がアスガルドへ侵攻するなら、僕はこの部屋の知識を提供する」


「ほう?」

「但し、条件がある」

「条件だと?」


「僕を魔王軍に加え、君と同等の権利を貰いたい。そして協力するのは僕の目的と君の目的がたがえるまでだ。もし条件が飲めないのなら、この部屋はすぐ焼却する」


 そう言い右手に炎の球を作り出す。シャリアはその腕を即座に掴んだ。


「お前にはお前の志がある、ということか……いいだろう、むしろ気に入ったぞ! その条件を飲もう、余の力となれアルム」

「お、おいっ!! 何だよその手! 離せったら!!」


 シャリアが掴んでいたアルムの腕を解き、今度は両手を握っている。

 慌ててセスが引き離そうとするも、二人の手はほどけない。



──母さん、僕は歩いてはいけない道を選んだかもしれない

──これから道の途中で大勢の命が失われ、僕自身も命を落とすかもしれない


──それでもこれが、今の僕が本当に正しいと思えた、僕に出来ることだから……



第三話 反逆の産声  完

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