魔王と三柱神


「ここは元々父がくれた余の居城だ。人間を入れるのは久し振りだな」


 魔王城内の暗い回廊を、アルムはシャリィに連れられ歩く。闇がこれほどまでに重苦しいと感じたことはない。目の前の人物が騙し討ちをしない者だという確信が無ければ、とても足を踏み入れなかっただろう。


 いや、確信など持てる筈がない!

 もはや自分は騙されているのか?


「魔王様、散歩は終いですかな」


 アルムがギョッとし振り返ると、背の低い奇妙な老人が立っていた。


「爺か、この者は」


「伺っております。アルム殿ですな? 魔の城へようこそ」


「ど……どうも」


 ニコリと老人は笑うが、逆に不気味に見える。


(今、魔王様と言ったか? やっぱりこの子は魔王の娘なのか……?)



「ラムダは余の補佐をしている。爺よ、客室を準備しておけ」


かしこまりました」


 一礼し、ラムダは闇へと消えた。


「……よく悪知恵の働く爺だ。たまに融通ゆうずうが利かぬがな」


 そう言い少し笑った魔王娘の顔に、アルムは妙な気分となった。さっきまで剣を向けていた人物と同一とは思えない。まるで客に身内を紹介し、喜んでいる子供のような素振りだ。客……そう、先程「客室を準備しておけ」と確かに言った。


 決着をつけるだの、客だの、本当にこの少女は先が読めない。


「また来たか。余程に皆、お前が珍しいようだ」


 シャリィが足を止める。すると回廊の奥から羽ばたきが聞こえ、前から何か飛んで来るのが見えたのだ。


 思わずアルムは身構える。

 三体の宙を舞う魔物だ!


「魔王様ー! 人間が来てるって本当ですかー!?」

「キャハハハハッ!!」


 女性の身体と鳥の羽を持つ魔物らを前に、思わず身を屈めて構えるアルム。


(あの姿、間違いない!)


「その様子だと、この者らを知っているようだな」


「……ハルピュイア、半妖半人で魔王の忠実なる下僕しもべ……。極めて獰猛どうもうな性格で、あらゆる災害の元凶。伝承の存在とまで言われていたのに三体もいるなんて……」


 アルムの言葉に、ハルピュイアたちは顔を見合わせた。


「えー、なになに? あたしら人間の世界では有名なわけ?」

「ちょーウケるー! 今すぐこの爪で八つ裂きにしたいんですけどー!?」

「貴女たち止めなさい……失礼しました、魔王様」


 金髪で背の高いハルピュイアがひざまずくと、黒髪と赤髪の二体もそれに習う。


「筆頭のファラに黒髪のサディと赤髪のメサ、この者らは近衛を任せている。……そのうち何か仕事を頼むことだろう、今は下がれ」


『はい、魔王様』


 声を揃えて返事をし、三体はまた奥へと飛び去っていく。


(あの人間、魔王様のお友達かな?)

(まさか! きっと呪いの儀式に使うのよ)


 大きな声の内緒話が聞こえた。魔王は笑いながら、今は仕事を与えていないので暇なのだ、やかましい奴らだが腕は確かだ、と言った。


 やがて二人は地下へ続く階段を降りていく。階段はさほど長くなく、すぐに下の回廊へと着いた。一室の扉の前に立っていたのは骸骨がいこつの兵士だ。


「コココ……。魔王様、本日は供物をお連れになったのですか?」


「今日は貴様が番かジーグル。隊長のゴヴァはまだ帰ってこないのか?」


「……はて? 生きてないのは確かですな、何しろ骸骨ですから……コココ……」


「貴様らのその冗談は聞き飽きた」


 そう言って部屋に入ろうとした時、隣の部屋の扉が開いた。中から出てきたのは小人の老人たちである。アルムは目を丸くした。


(あれはノーム!? い、いや、ノッカーなのか!?)


 ノッカー、「叩く者」と呼ばれる魔物だ。ノーム同様に鉱山に住み、精霊に近いとされているが、まさかこのような者たちまで配下におさめているのか!?


「なんだお前たち? 祈祷きとうの間に用があったのか?」


「これは魔王様。少々魔道士たちに鉱脈を占わせておりました」


「禁呪の魔力を蓄えている最中だ、奴らを邪魔するでない。……そうだ、結界の外まで瘴気が漏れていた。お前たちの知恵を貸してはくれぬか?」


「ふむ、調べてみましょう。その代わり早く我々を外へ出してはくれませんかな? こう城詰めばかりではツルハシが錆びついてしまいます」


 ノッカーはアルムを見つけ、長い顎髭あごひげでる。


「……余り妙なやからを呼び込まんほうがよろしいですな」


 言い残し、ぞろぞろと立ち去っていった。


「……」


「今のノッカー共は直接の配下ではない。しょうの悪さは元々だ、気にするな」


「特に余所者には厳しいですからな、ココココ……」


 今度こそ魔王とアルムは祈りの間へと入った。


パチンッ


 暗く見えない部屋の中で、魔王が指を鳴らす。

 すると置かれていた燭台しょくだいへと火がともされる。


「うわあっ!!」


 アルムの目に飛び込んできたのは、今にも襲いかからんとする巨大な怪物の姿。

 だが一向に動かない事に気づき、壁から迫り出した胸像であることがわかる。


「余の父だ」


(これがかつて、大陸を混沌こんとんおとしいれた魔王、ヴァロマドゥー……!)


 角が生え、目が煌々こうこうと赤く光り、鬼気迫る形相が威圧感を漂わせている。

 突然こんな者と出くわしたら、間違いなくその場で死を覚悟するだろう。


「……」


(……何を、しているんだ?)


 巨像の前に座り、シャリィは静かに目を閉じた。

 その姿にアルムはハッと気付く。


 自分と同じだ、死んだ肉親に祈りを捧げているのだ、と。


「父は人間どもに首を持ち去られた。その屈辱を忘れぬためにここへ来るのだ」


「どうして僕もここに?」


「理由など無い。さっきのお前を見ていたら何となく、だ」


「……」


「そうだな。ついでだ、これも見せてやろう」


 そう言って手のひらを広げ、光の玉を作り部屋を照らす。

 右手の壁際に三体の立像が映し出された。


「この大陸の神のうちの、その三つだ」

「……えっ!?」


 その昔、アスガルドには八柱の神がいた。魔王や魔物が人間を襲い、大陸を支配し始めた時、成す術を失った人間たちは必死に神へとすがった。


 そして、神々の出した答えは異世界から勇者を召喚すること……。


 しかしそれを快く思わぬ神も居た、それがこの三柱


 破壊と力の神「ヴァルダス」

 秩序と空間の神「アエリアス」

 再生と創造の神「ファリス」


 である。


 彼らは忽然こつぜんと他の神々の前から姿を消した。その証拠に勇者たちが神から魔王を倒すよう神託しんたくを受けるも、神具を五つしか手にできなかったのだ。


 その頃からか、アスガルドでこの三柱の信仰はかなり薄れ出したのだ。


「この像は父の配下だった者が造り、献上してきたものだ」

「魔族はこの三柱神を崇拝していたのか? だから神術が使える?」


 この問いに、魔王は笑った。


「神を崇拝する魔族がどこにいる。神術は崇拝せずとも使える、勝手に奴らの力を利用するだけなのだから。……もっとも人間で使える者はまずいないだろう、余もそう何度も使えるわけでは無いしな」


 そもそもこの三柱は他の五柱と争ったわけでもなければ魔王軍に力を貸したわけでもなく、ただ人間と魔王の争いに加担しなかっただけで、魔族としては何のえんも無いらしい。しかし「理解ある神ではあるな」とだけシャリィは付け加えた。


「フフッ、確かに魔王と神の像が同じ部屋にあるのは奇妙だ」


「……まるで仏壇と神棚」


 アルムはポツリと漏らし、慌てて口を閉じる。


「ブツダン、とは何だ?」

「……いや、なんでもない」


 久しぶりに誰かと長く話せたからだろうか。アルムは目の前にいるのが魔王の娘であることを忘れ、不意に思ったことを口に出してしまっていた。


「成程な。今のお前は久々に話し相手ができて高揚しているといったところか?」

「っ!! そっ……」



 図星をつかれ、顔を真っ赤にするアルム。


「気にするな、余も同じだ」

「…………」


 言いにくい事をズバズバ言う娘だと思っていたが、何故こうも恥ずかしい事まで平気で言えるのだろう? 魔族というのは皆こうなのか?


「気分が乗ってきた、さあ決戦の地へと参ろう」


 二人が出ていくと、祈りの間は再び闇へと包まれた。

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