手向けられし花
煮立った湯をポットに入れながら、アルムは
(セス、ここにいたんだ)
「どうぞ、ハーブティーです」
「……頂こう」
(……)
アルムは魔王の娘にハーブティーを出し、どんな反応するか観察しようとした。このハーブは悪魔を
「……ふむ、良い味だ」
「……どうも」
しかし少女は一瞬眉を動かしただけであっさりと飲んでしまった。もしかすると聖水は効かないかも知れない。だとすれば恐ろしい相手だ。
さて本題に入ろうと、アルムは話を切り出す。
「僕の名はアルム、一人でここに住んでいるんだ」
「私は……シャリィとでも呼べばいい」
「ではシャリィ、君は一人で旅をしているのかい?」
「なにか問題か?」
「歩いて少々の所へ行くのは旅とは言わないよ」
「……」
シャリィは少し目を
「お互いに嘘や隠し事は無しにしようよ」
「お前は
「どちらかと言えばね」
「先程お前は一人で住んでいると言った。壺の妖精は一人とは数えないのか?」
こう返されアルムはシャリィの目を見た。真っ赤で吸い込まれそうな瞳。何故か目を逸らせずに見ていると、相手は意地の悪い笑みを作り、部屋の中を歩き回る。
「……随分と本が多い部屋だ。全て読んだのか?」
「どの本も十回以上は読み返した。全ページ暗記してる本もある」
「本が好きか?」
「うん」
君もそうか?と尋ねようとして──。
「無駄なことを。実に下らぬ」
「……なんだって?」
今の言葉にアルムは
本当に相手が自分よりも目上な場合、相手を見下したり威張ったりしない人物であるならば、素直にそれなりの敬意は払ってきたつもりだ。
しかし目前の相手は初対面な上にこの高慢さ。振る舞いにそぐわぬ幼い見た目も苛立たせる要因となっていた。
「どうして下らないなんて言うんだい? 本を楽しむことの何が悪い?」
「本を読むこと自体を悪く言っているのではない。ただ何もせずに知識を溜め込むだけが無駄だと言っている」
更にシャリィは止めの言葉を放つ。
「山奥でたった一人、知識を
──わかったら山奥へ帰り、一生をそこで終えろ!
ガシャン!
「取り消せよっ!! 今言った事をっ!!」
「間違ってはいないだろう?」
「言って良い事と悪い事があるぞ! ならお前の生き様は下らなくないのかよ!?」
今度は逆にシャリィの表情が一変する!
「なんだと?」
「魔王を倒され人間から逃げ回る生活が、下らなくはないのかよっ!!!」
「……身の程知らずめがっ!!」
「アルムを殺さないでっ!!」
騒ぎに耐えきれなくなり、壺の中からセスが飛び出した。
「引っ込んでろよセス! どっちが礼儀知らずか、このお嬢様に教えてやる!」
「アルムも馬鹿な真似はやめてっ!」
「貴様は相当な死にたがりだな」
とうとうシャリィは背中の大剣を構えアルムへと向ける!
「そうだやってみせろ! それとも人間が怖くて斬れないのか!? さあ早く殺せっ! お前が魔王の娘なら、僕を殺して人間たちに
「嫌ーっ! 嫌ぁーっ!!」
アルムは泣き叫ぶセスに構わず、自分でも信じられない言葉を発していた。
人間への復讐、これは自分が心のどこかで望んでいた事ではないだろうか。
異種族の血を
だから不意に出てしまった言葉なのか……。
「口は
「──っ!」
確かにアルムの膝はガクガクと笑っていた。だがこれは恐れから来たのではなく怒りから来るものだ。それでも思わず視線が向かってしまい、油断となった。
「っ!?」
素早く間合いを詰めたシャリィから足払いをされた。
頭から倒れたアルムは馬乗りにされ、首を掴まれてしまった!
(ぐっ!?)
見る見るうちにアルムから血の気が引いていく。セルバで男に首を掴まれたが、それ以上の力に成す
「気に入ったぞ、余をそこまで
シャリィはアルムの耳元で
「
そう言い放ち、アルムを離すと出て行ってしまった。
「……っはぁ、はぁ……げほっ……!」
「うわぁぁぁん! アルムー!!」
「……ごめんよセス、怖かったろう?」
「バカバカバカッ! 大馬鹿っ!! 殺されちゃうかと思ったよぉぉー!!」
何度も叩いてくるセスを優しく抱え、もう大丈夫だと安心させる。冷静になるに連れ、
「本当にごめん……でも僕は行かないといけない。セスはここで待ってて」
「……」
テーブルにセスを座らせ小さな器にお茶を注いでやる。コートを羽織っているとセスは肩に止まり、
「……絶対帰ってくるおまじない」
「うん、絶対帰ってくるよ」
アルムはゆっくりと扉を開け、丁寧に閉めた。
シャリィと共に
「侵入できる術を
言われるがまま目を閉じると、娘は呪文を唱えアルムに手をかざす。
「これで通れる筈だ」
言われ結界に触れようとしたところ、跳ね飛ばされずにむしろ何も感じない。
アルムはそのまま進み、母の墓石を見て
「……酷い!」
墓石は無事だった。しかし辺りに生えていた草花が軒並み
「瘴気の影響だ。後で何とかさせよう」
「今すぐ何とかしろよ! 後でじゃなくて!」
食って掛かるアルムに応じたか、シャリィは目を閉じ呪文を唱え始める。かなり早い口調だが、先ほどよりもいささか長い。枯れた地に魔法陣が浮かび上がった。
(……違う! これは魔法陣なんかじゃない! これは……神様の
「ああっ!?」
突然地に伏していた植物たちが立ち上がり、再び花を咲かせ始めたではないか!
それどころか背丈は前よりも伸び、アルムの
(この時期咲かない花まで咲いてるじゃないか! 三十年に一度しか花を咲かせないカティスフィリアまで開花するなんて!?)
「久しぶりに使ってみたが健在のようだ。どうだ? これで満足か?」
「今の魔法は一体!? なぜ神様の
慌てるアルムに、そんなことかといったシャリィの表情。
「この大陸に八つの神がおるのをお前も知っていよう? その力を少々借りたまでのこと。我々魔族は『
「どうして魔族が神様の力を使えるんだ!?」
「それより祈りを済ませたらどうだ? これだけの花を
「……」
言われるまでもないと、アルムは墓前に
だが先ほど殺されそうになった者に見られているのと、異常に花が咲き誇る辺りの雰囲気に落ち着くことができず、祈りを捧げるどころではない。
(……母さん、最近色々なことが起こり過ぎて、どうしていいのかわからないよ)
気を落ち着けようとして蘇るのは、セルバで起こったあの出来事。
(僕、父さんのこと聞いてきたんだ。……母さん……父さんは落ちこぼれなんかじゃないよね? どうして母さんは父さんと一緒になったの……?)
感極まり肩が震え、目から涙が溢れ始めた。
(……僕……悔しいよ……母さん……っ!)
死者からは言葉が返って来ない、それでも心の中で叫ばずには居られなかった。
そして泣いているところを見られまいと涙を拭い、やがて立ち上がる。
振り向くとシャリィが再び抜いた剣をこちらに向け立っていた。
「……何の真似だよ?」
「忘れたわけではあるまい? 祈りが済んだなら先程の決着といこう」
まだそんな事を言っているのかと、アルムは半ば呆れる。
「さっきも言った筈だ、斬りたければ斬ればいい。弱々しい無抵抗の男を斬ったと末代までの誇りにすればいい。
「勘違いするな。貴様とはこれから
「……僕はそんなものに興味はない」
「愚かな、また嘘をつくか? 先程あのように逆上してみせたのも嘘ということか? 誇り無き者に墓守りなど務まると思うてか? 死者への祈りが通じるのか?」
「……」
幼い見た目に反し、次から次へと言葉がよく出てくるものだ。
しかもそれらは筋が通るので、何も言い返せなくなってしまう。
「……僕にどうしろと言うんだ?」
「共に我が城へ来るがよい、茶の礼もしよう」
……この魔王の娘、一体何を考えているのか。それはわからない。
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