第三話 反逆の産声

来客は奇妙にも旅人を名乗る


 突如現れた魔王城と、侵入を阻む結界。

 母の墓が巻き込まれてしまい、近づくことすらできない。


(どこか入り口は無いのか?)


 結界に沿って歩くが変わった場所は見当たらない。手あたり次第に石を投げつけてみたが、いずれもバチリと電流が走り、跳ね返されてしまうのだ。

 色々と調べているうち、結界から一定距離を離れると魔王城は無いように見え、結界に近づくと何もないところから現れるように城が姿を見せるのだった。


(これは一筋縄じゃいかないな、一旦引き返すか)


 その日、家に帰ったアルムは書物をあさり、一日中調べ物に徹した。


 そして次の日、再び結界へと挑む。


「キュアディスペル!」


 キュアディスペル、本来は被術者に掛けられた魔法を解く中級魔法だ。恐ろしく集中力を要し、素人の魔法使いがよく手こずる魔法でもある。アルムはそれを一晩でなんとか唱えられるまでになっていた。


「キュアディスペル!!」


(駄目だ、魔法が吸収されてしまった。もしかしてこの結界は魔法じゃないのか? いや、魔力が吸収されるなら魔法が関わってる筈だ!)


「コールド!」


 氷系の初級呪文を放った。だが一瞬結界に凍りつくとすぐ砕けてしまう。


「フレイムシュート!」


 今度は炎の球だ。ところが魔法は結界を跳ね返りこちらへと向かってきた!


「うわっ!」


 慌てて炎の球を避ける。地面に激突し、燃え広がろうとする火を慌ててコートで叩き、消火した。うっかりしたら山火事になってしまうところだった。


「あちちちっ! くっそー!」


 もはや打つ手なしか、そう思ったアルムは最後の手段を講じる。


「すいませーん!! 誰か居るんでしょう!? 結界を解いてくれませんかー!?」


 結界内の城へ大声で叫ぶ。正直これだけはやりたくなかったが、もう方法はないだろう。何かあるにしても自分の手には負えない。それこそ熟練術士や僧侶などの仕事になってしまう。


「おーい!! 返事してくださいよー!! 誰か居るんでしょう!?」


ギギギィ────バタンッ!!


『誰だてめぇは!? さっきからうるせぇーっ!!』


(城から魔物!? あれはコボルトか!?)


 城の重い扉が開かれコボルトが出てきたのだ。魔物が住んでいるということは、やはりこの城は魔王城なのか!?


「おめぇ見ちゃいけねぇもんを見ちまったなぁ! 生きちゃ帰さねぇぜ!」


 コボルトが剣を手に近づくも、アルムは慌てずに成り行きを見守ることにした。どうせ結界に阻まれてこちらには来れないだろうと考えたからである。


 ところがコボルトは結界をすり抜けて来てしまったのだ!


「人間め! ぶっ殺してやるぜ!」

「あ、わ! 待って下さい! 責任者と話をさせて下さい!」

「あぁ!? セキニンシャだぁ?!」

 

『止さねぇか!!』


 第三者の声に見上げると、いつの間にかコボルトの後ろに大きな獣人が!


(今度はワーウルフか!)


「あ、ひっ! ブッ、ブルド隊長、いつの間に!?」


 隻眼せきがんのワーウルフは怯えるコボルトに構わず、ギロリとアルムをにらみつけた。


「……人間に混じり別の匂いがするな……貴様は何者で何をしている?」


「僕はアルム! 近くに一人で住んでいます! 結界が現れたせいで困っています!」


 そう言って母の墓の方を指差す。


「故人の墓碑ぼひか、なるほど。だが見ての通りだ、諦めろ!」


「嫌だ! 後から来たのはそっちの方でしょう!? こっちは引き下がらないぞ!」


 次の瞬間! ブルドの大斧おおおのが振り下ろされ、アルムの目前で止まった!


(ひぃっ!!!)


「……ふん、いいだろう。こちらとしても騒ぎになるのは好ましくない。上に報告はしておいてやる、期待はするなよ?」


「あ……ありがとうございます」

「もし他の誰かにこの場所を教えたら……わかるな?」

「はぃ……」


 ようやくブルドは斧を収めると、コボルトと結界内に帰っていく。


「勝手に飛び出すんじゃねぇとあれほど言ったろうが! このド阿呆め!!」

「いでぇっ! す、すいやせんでした隊長……」


(えと……なんとかなりそうなのか、な?)


 話してみるもんだな、とアルムは思った。意外とふもとの人間よりも、付近で暮らす魔物の方が付き合いやすかったりする。もしかすると城の魔物たちとも……。


(いや油断は禁物だ。なんたって世界を滅ぼそうとしたあの魔王の手下。城の主は魔王の側近だった強力な魔物か、それとも……とにかく恐ろしい存在に違いない)


 結界をすぐ解けなかったのは残念だが、一旦戻り様子を見ることにした。



  一方で、こちらは魔王城内の広間。


「爺よ」

「はい」


「昨日から今にかけて随分と騒がしかったが」


「外の結界に魔法を放ち、騒いでいた人間が居りました」

「詳しく話せ」


 ラムダ補佐官はブルド隊長の報告を魔王に話した。

 魔王は寝起きで気だるそうにしながらも、朝食をつつきながら話へ耳を傾ける。


「この辺りに人間は住んでいないと聞いたが?」


「ですがその人間はこの付近に一人で住んでいると話したそうで。世捨て人なのか修験者なのかは存じませぬが、ブルドが言うには『純粋な人間ではない』とか」


「……混血、か」


 グラスに映った自分の顔を眺め、そそがれていた液体を飲み干す。


「少し外を歩いてくる」


 立ち上がる魔王に、ラムダ補佐官は驚き制止する。


「お待ち下さい! ここは異境いきょうの地の山林! どんな危険が潜んでおるやら!」


「少し外を歩くだけの何が悪い! これは勅命ちょくめいである、ひかえよ!」


「ぎ、御意ぎょうい……」


 殺気を放たれ勅命と言われては言い返せない。しかし連日の城詰めで気が立ち、周囲に当り散らされても敵わない。あまり遠方へ行かないという約束で、しぶしぶ魔王を外へ出すのだった。



瘴気しょうきが結界の外部まで漏れている! ここが魔王の居城だと人間どもに教えているようなものではないか!)


 部下の仕事振りにいら立ちながら、魔王は山林の中を歩く。雨が降った後で地面に足跡が残っていた。辿たどって行けば混血の人間の住処すみかへと着けるのだろうか。


 そして間もなく小さな小屋を発見した。


トントントン


「誰ぞ、おられるか?」


 取っ手を掴むと容易たやすく扉は開くが、中に誰も居ない。釜戸かまどに火がかれており、生活の痕跡こんせきうかがえる。他に目立つものといえば、とにかく本棚が並び本が置かれていることだった。


(ふむ……)


 本棚はよく整理され大切に保管されているようだ。古本が目立ち、中には魔王の知らない文字が書かれている本もある。


(これはエルフの文字か? ……咎人とがびと……と……傾国けいこくの……姫……?)


 本を手に取ろうとした時、勢いよく扉が開かれた。


「ただいまセ……ス……」


 アルムは自分の家へと入るなり、見知らぬ人物が居ることに硬直する。


「誰も居なかったものでな、勝手に入らせて貰っている」


「……どちら様です?」


「旅の者だ。道に迷ってしまって休める場所を探していた」

「…………」


 アルムはこの自称「旅の者」をじっと見た。肩まで伸びた鮮やかな黒い髪に、尖った耳には大きなイヤリング。肌は蒼白で瞳は赤く、黒いローブを羽織り背には巨大な剣をかついでいる。見た感じは大分幼い、十歳程度にも見える。


(この子は……)


 あの城の主だ、そう直感した。自らここへ来たことに驚いたが、何よりアルムが驚いたのは、目の前の人物がまだ幼い少女であったことだ。


(……魔王の娘……なのか?)


「座ってもよいか?」

「……あ、うん、どうぞ」


 火を掛けていたことを思い出し、釜戸へ向うアルム。


「今、お茶を入れるから」

「感謝する」


 さて、この自称旅人はいったいどうしたものだろう。

 双方、腹の探り合いが始まった。

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