負の遺産


 開放されたアルムの向かった先は、街のバザールだった。ここでセスへの土産と自分のための本を買うつもりなのだ。あれこれと見て回る中、脳裏をかすめるのはやはり父のことだった。


(父さんが異世界の人間で勇者様と旅をしていただなんて……。どうして母さんは教えてくれなかったんだろう? 教えてくれれば僕も少し鼻が高かったのに……)


 しかしその母も今はおらず、きっと母なりの考えがあったのだろうと納得する。


 買い物を済ませ、街を出て元来た道を歩き出す。ジャンを見つけて一泡吹かせてやりたかったが、今となってはどうでも良くなってきた。


 もう自分がこの街を訪れることはないだろう。

 醜い一面のある、この街には……。


ブォン!


 アルムの行く手に魔法陣が現れ、人物の姿が浮かび上がる!

 誰かがテレポートしてきたのだ!


「ふん、まだこんな場所をうろついていたのか」


「ラ、ラフェル様……!?」


 さっき別れたばかりの大魔道士ラフェルだった。自分に用事なのかと尋ねようとしたところ、腹部に強い衝撃が走った。突然の苦痛に耐えかね体を折ると、今度は思い切り蹴飛ばされてしまったのだ!


「がはっ!?」


「薄汚い混血の遺児め。ノブアキの友人の子でなければ殺していたものを」


 一体何を言っているんだ!? 本当にこれがあの大魔道士ラフェルなのか!?

 そう思う間もなく、倒れていたアルムは頭を踏みにじられる!


「教えてやろう。貴様の親父のアキラは出来損ないの落ちこぼれだったのだ。己のレベルを上げようともせず、くだらぬうんちくばかりで異世界の知識をさらすだけのくず野郎だったのだ! だから嫌われ病気になった途端皆で置き去りにしたのだよ!」


──そんな! 嘘だ……!!


「ノブアキはああ言ったが俺は貴様なぞに何もしてはやらんからな? いらぬことを吹聴ふいちょうして回るなら、いつでも貴様など消してやるからよく憶えておけっ!」


 辺りに誰も居ないのをいいことに、ラフェルは何度もアルムを蹴りつけた。


「わかったら山奥へ帰り、一生をそこで終えろ!落ちこぼれのいやしい餓鬼め!」


 朦朧もうろうとする意識の中で、気配は次第に遠ざかっていく。


 アルムは暫く自分の身に起こったことが信じられなかった。

 地にいつくばり、立ち上がるにも激痛が走り立てなかった。


 立とうとする気さえ起きなかった……。


 やがて冷たい雨が降り出し、鞭のように体を打ちつける。

 そこでようやくアルムは声を上げ、涙を流した。



──僕は


──僕の父さんは……



 そして降り続く雨の中、泥まみれの体を引きずり歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る