伝説の勇者ノブアキ


「ここに入ってろ! 騒ぎを起こしたらただじゃ置かんからな!」


 ガシャン!


 アルムは乱暴に狭い牢屋ろうやへと押し込まれてしまった。


(くそっ……でも十日間か。一生出られないよりはマシ、かな)


 無実の罪を着せられたのは悔しいが、まぁこれも後々いい思い出になるだろうとポジティブに考えようとする。落ち込んでなどいられない、自分は父を探すためにこの街へとやってきたのだから。


『よう新入り君、ようこそ地獄の入り口へ』


 向かいの部屋から声がした。見ると男が鉄格子てつごうしを握りながらこっちを見ている。松明たいまつともる薄明かりに照らされ、ボサボサ頭に無精髭ぶしょうひげ姿が浮かび上がった。きっとこの男は何日も投獄されているのだろう。


「どういう意味です?」

「もう生きて帰れねぇんだよ。俺も、お前もな」


「……?」


 アルムが言い渡されたのは禁固十日間だけである。理解できない顔をしていると、男はボリボリと頭をかいて説明しだした。


「ここに入れられ次に連れてかれるのは遠方の強制労働場だ。そうでなければこの街にある魔法研究所で魔法の実験体にされるか、その二つに一つさ」


「なっなんですって!? どうしてそんなことが言えるんです!?」


 流石のアルムも驚き、思わず鉄格子てつごうしに飛びついた。


「俺の兄貴も無実の罪で捕まり強制労働場で働いてたからさ。それをたまたま見つけた俺は兄貴の逃亡を手伝ったんだ。なんとか逃げ出せて話を聞いたら驚いたぜ。まさかセルバの裏でこんな非人道行為がまかり通ってたなんてよ」


 男の兄はこの事実を訴えるべく、王都へと向かったらしい。しかし二度と帰ってくることはなく、逃亡を手伝った容疑で目の前の男も捕まってしまったそうだ。


「一体誰がこんな酷い行いを!? ラフェル様は知っているんですか!?」


「全部そのラフェルが取り仕切ってるんだよ、市長なんてただのお飾りさ。この街だけじゃねぇ、エルランド領の市街はみんなこうらしいぜ? 罪の有無は関係無し、小汚い連中や冒険者の成り損ないは捕まったら牢獄行き。このセルバに平民街はあって貧民街が無いのはどうしてだと思う? みんなここにぶち込まれるからさ」


 完璧主義者ラフェル。その裏の顔は、目的のためなら血も涙もない男だったのだ。

 

 少しすると足音が聞こえ、アルムの部屋の隣で止まった。


「お前! 牢から出ろ!」

「い、嫌だ! 俺は何もしちゃいない! 死にたくないっ! 死にたくないっ!!」


 こちらの話を聞いていたのだろう。必死に抵抗するも兵士に殴られてしまった。


「ぐあっ! ぐぐぐ……」

「あーあ、骨が折れちまったかな? こいつは働けそうにない、研究所行きだ」

「むぐぐ……」


 これはお前らに対する見せしめだ、と言わんばかりに大声を上げる兵士。


「かわいそうに。アスガルド八柱の加護があらんことを……」

「……」


 明日は我が身と考えれば、男の祈りが冗談には聞こえなかった。


 次の日、乾いたパンと薄いスープが振る舞われた。とても食べる気にはなれなかった。夕方空腹に耐えかねパンに少し口をつける。すぐに吐き出した。


(僕が帰らなかったら……。セス、きっと心配するだろうな……)



 その次の日、アルムが横になっていると足音が部屋の前で止まる。


「アルム! 表に出ろ!」


 もう自分の番が来た!

 思わず身構えるアルム。


「安心しろ、お前は釈放だ」

「しゃく……ほう?」


 釈放。この言葉に牢獄中が騒がしくなる。


「アルム……? アルムだって!? 頼む! ここから出たら俺の──」


(え……?)


 正面の部屋にいた男の声だ。自分を知っていたかのような言葉は兵士が牢獄所の扉を閉めたことで完全に聞こえなくなった。


 後ろ髪を引かれながら連れてこられたのは、外ではなく街の中央にある高い建物の中だった。なんでもアルムに会いたいという人物がいるらしい。


「大変ご身分の高い御方だ。絶対に失礼のないようにな」


 そう言って兵士は扉を開け、アルムを部屋の中に招き入れる。

 中に居たのはあの大魔道士ラフェル、そして仮面を被った謎の男だった。


「君がアルム君、かね?」

「貴方は一体……」


 そう言いかけ、アルムは仮面の男の姿にハッとする。


「私はノブアキ。伝説の勇者、と名乗った方がわかって貰えるかな?」


「あ、あの伝説の勇者ノブアキ様!?」


 慌てて片膝をつこうとし、ノブアキによって止められる。アルムはテーブルへと招かれ、乗っていた豪華な料理を食べるよう勧められた。

 二日間まともな食事にありつけておらず、御馳走を前に断ることなどできない。がむしゃらにかぶりつくアルムに、ノブアキは何度もうなずくと正面の席へと座る。


「すまなかったね。法の解釈を誤った者が、君を不当に逮捕してしまったようなのだ。今後同じことが起こらないよう、私の方からも厳重に警告しておいたよ」


「……」


「それと、これは君に返しておかないとな」


 ノブアキがそう言うと、ラフェルが盆を持ってくる。

 盆の上に置かれていたのは、取られた筈の羽の首飾りだった。


「これを見たまえ。私は君のそれと全く同じ物を持っているんだ」


「っ!!」


 ノブアキは自分のしていた首飾りをアルムに見せた。


「このラフェルが調べたところ、材質も全く同じものだと証明された。この世界に二つしか存在しない異世界の金属だよ。所持していたのは二人、この私とその幼馴染のアキラ……君のお父さんだ。つまり君のお父さんは異世界の人間なんだよ」


 驚きの余り、アルムはのどを詰まらせてしまった。側に居たメイドが慌てて背中をさすってくれる。水を一口飲み、ようやく声を上げた。


「勇者様、教えて下さい! 父は今どこに!? どんな人なんですか!?」


 この言葉にノブアキは、グラスに入った酒を飲みゆっくりと語りだす。


「アキラと私はこの世界に召喚され共に世界を救おうと誓いあった仲だった。しかし旅の途中でアキラは重い風土病にかかり、離脱を余儀よぎなくされたんだ。回復アイテムや魔法では治すことができず、我々は彼に留まり養生するように勧めた」


「……」


「彼と別れ冒険をするうちに、我々は万病を治し不老不死になれる薬を見つけた。それを飲んだ私とラフェルは歳を取らず、何十年経ってもあの頃のままの姿だよ」


「……父には飲ませなかったのですか?」


 アルムの反応に、ノブアキは表情に暗い影を落とす。


「勿論、薬を見つけてすぐアキラを置いてきた村へと引き返したよ。でも彼の姿はどこにも無かった。後で有能な国中の占い師に探させたが、彼が異世界人でことわりから外れた存在なためか結局その消息は掴めなかった。首飾りの模造品を造ることを禁じたのも、彼の手掛かりを絞るためのものだったのだよ」


「そう……だったのですか……」


 断片的だった物事が、アルムの中で形となっていく。


「ところでアルム君。今度は私から尋ねたいのだが、アキラの事は何も知らないのかね? 息子である君がここにいるということは、彼は生きていたのだろう?」


 アルムは今までハーフエルフである母親と山奥で暮らしていたことを話した。

 しかし父に関してほとんど教えては貰えず、母は既に他界したと告げる。


「……そうだったのか。ここまで探しても消息が掴めないとすれば、もしかするとアキラは異世界に戻ったのかも知れない。君の母親もそれを知っていたのかもな」


 話は終わった。ノブアキとアルムは立ち上がり握手をする。


「父のことを教えて頂き、ありがとうございました。僕は家に帰ります」


「君には辛い思いをさせてしまったね。私は多忙であまりこの街へ来れないが、もし何かあればこのラフェルに頼むといい。……彼を頼むぞ、ラフェル」


「……承知した」


 ここでアルムは、先程の牢獄での出来事を思い出す。


「あの、ノブアキ様」

「なにかね?」


 この時、一瞬だけラフェルからの鋭い視線を感じた。


「……いえ、何でもありません」

「そうか、忘れ物の無いようにな」


 荷物を手渡され、一礼するとアルムは部屋を出ていった。


「驚いたな、アキラに子供が居ただなんて。私も負けてはおれんな」

「……どういう意味だ、ノブアキ?」


 すると勇者ノブアキはラフェルへと詰め寄る。


「そんなの決まってるだろ! わざわざ私がこの街に来た理由といえば一つ! お前がイケメンなおかげで、かわいこちゃんがいっぱい集まるからだ! ここに来る途中で魔道士の卵の中に気に入った娘が何人かいたぞ! 私に世話をさせろ!」


「チッ! またお前の悪い癖か! まぁいい、毎度のことだが強要はできんぞ」

「わかっているわかっている!」


 嬉しそうに勇者は部屋を出ていった。


「宜しいのですか? あのような……」


 そう言ってラフェルに近づくのは弟子のキスカである。

 斥候せっこうから戻ってきていたのだ。


「構わん。騙されるような愚か者は魔道士にふさわしくない。いい間引きになる」

「……なるほど」


「それよりも、今あったことは全て他言無用だぞ。お前たちもだ、いいな?」


『はい』


 ラフェルの言葉に、キスカやメイドたちは声を合わせ返答した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る