不平等裁判


「ぐっ……はなせっ! 僕は知らないっ!」

「しらばっくれてんじゃねぇ! こっちは全部知ってんだ!」


 外に出るや否や、アルムは髭の男に掴みあげられてしまった!

 彼らの話では、勇者を侮辱ぶじょくした疑いがアルムに掛けられているらしい。


「おい! こいつの首を調べてみろ!」

「はっ! ……ありました! 報告のあった羽の首飾りです!」


「!?」


 アルムは耳を疑った……。

 まさか自分はジャンに売られてしまったのか!?


「そ……れは……父さんの……形見……」

「嘘つけクソガキ!!」


 アルムは地面に嫌というほど強く叩きつけられた、かに見えた。


 素早く受け身をとり、次の瞬間には簡易魔法を唱えていたのである!


「シャイニングレイ!」


 まばゆい光が辺りを包み、目眩ましにあった治安維持兵たちは動けなくなる。

 今だとばかりにアルムは必死に走り出す。


「ライトニングレイ!!」

「っ!!!」


 逃げ出そうとしたアルムに魔法の閃光が襲う! あっと叫ぶ間もなく魔法を受け、倒れてしまった。立ち上がろうにも体中が痺れ、声すら出すことができない。


「このドジめら初歩的な手に引っかかりやがって! たっぷり後でしごいてやる!」


 髭面の男は黒い眼鏡を外すと、二人の隊員を引っ叩いて気合を入れさせる。

 ここは魔導都市セルバ、魔法使いや魔道士でなくても魔法を使えるものは数多く存在する。この治安維持部隊も魔法に関しては対策済だったのだ。


「ちょっと待って下さいな! うちの店前で暴れて、ただ帰ろうってんですか!」


「んあ?」


 アルムを担ぎ上げ立ち去ろうとした髭面は、声に振り向く。

 そこにいたのは恰幅かっぷくのいい酒場の女将だった。


「なんか用かい?」

「その人からまだお代を頂いてないんですがねぇ!」

「あぁ? ……ほーん、なら食い逃げの疑いも調べて置かねぇとなぁ」


 男は顎髭あごひげを撫でながら、意地悪い笑みを浮かべるのだった。



(僕は何もしていないのに! ……ジャンの奴、始めから僕を騙すつもりで近づいてきたのか! 憶えていろよ!)


 その日、留置所らしき場所でアルムは夜を迎える。持ち物は全て、父の首飾りも取り上げられてしまった。昼間あった出来事を包み隠さず話しても一切取り合って貰えない。それどころか明日、自分は公開裁判にかけられてしまうらしい。

 とにかく明日だ、何としても無罪を勝ち取らないといけない。様々な思いが頭を駆け巡り、その晩は一睡もできなかった。


 そして夜が明け、裁判は開かれた。


「では次の被告人をここに」


 裁判長の言葉に、アルムは兵士に引き連れられ法廷に立つ。裁判は裁判員制度で裁判長、検事、弁護人の他に五人の裁判員が座っている。それを傍聴席の市民らがずらりと大勢で見守っているのだった。


 まず、検事側が口を開く。


「被告、東のガーナスコッチ方面から来た旅行者アルムは、昨日の昼過ぎ中央広場にて『自分は勇者の末裔まつえいだ』と話しながら羽の首飾りを見せびらかしていた疑いがあります。証拠品としてその首飾りを提示します」


「僕はそんなことしていない!!」

静粛せいしゅくに!」


 証言台で叫ぶアルムだが、即座にさえぎられてしまった。

 そして検事は続ける。


「その後、被告人は酒場で食い逃げをしようとして治安維持部隊に取り押さえられました。その際に魔法で抵抗したとのこと。これは明らかに公務執行妨害です!」


「僕は食い逃げなんかしていないっ!」

「静粛に! ……弁護人、何か言いたいことはあるかね?」


 この言葉にアルムは弁護人の方を向く。全く知らない男だった。


「何もありませーん」


 やる気なさげにそう答える弁護人。

 流石にこの態度には傍聴席も騒ぎ始める。


「静粛に! 静粛にっ!! ……では最後に被告人、何か話したいことはあるかね?」


 やっとアルムに発言できる番がやってきた。思うにこの裁判は不平等裁判、完全にアウェイである。あのやる気のない弁護人は勿論のこと、裁判長、下手をすればあの裁判員たちも検事側の息がかかっている可能性が高い。そう考えると、無罪を訴え、味方につけるべきは傍聴席にいる一般市民しかいない!


「傍聴席の皆さん、私はあらぬ嫌疑を掛けられ不当に裁かれようとしています! 持っていた首飾りは父の形見、決して見せびらかそうなどとしてはおりません! ジャンという男に騙され酒場に立ち寄りましたが、代金を請求されたなら支払っていたでしょう! その前に店を連れ出され、捕まってしまったのです!」


 この言葉に、傍聴席が再び騒ぎ始めた。


「静粛に!」


 アルムの発言の途中だったが、すかさず検事側から手が挙がる。


「仮に首飾りが父親の形見でも所持は禁止されている! 魔法を使用し逃げ出そうとしたのも、君自身にやましい気持ちがあったからではないかね!?」


「魔法を使用したのは相手の手荒さに話が通じないと思ったからです! 第一本当に羽の首飾りを所持することが罪なのですか? 勇者様への不敬に当たるのですか!? だったら空飛ぶ鳥も不敬罪で残らず逮捕すればいいでしょう!!」


 この言葉に笑いが起き、傍聴席はアルムへ対する歓声に包まれた。

 裁判長はあせり、木槌きづちを勢いよく叩く。


「静かに! 騒ぐ者は法廷侮辱罪で逮捕する! では裁判員の判断へ移る!!」


 強引に先へ進めようとする裁判長へ野次が飛ぶも、逮捕という言葉が効いたのか次第に静まり返る。


 『裁判長! その前に発言させて下さい!』


 打つ手無しかとアルムが諦めかけた時、意外な場所から声が出たのだ。その声は裁判員席にいるセルバ市長からだった。誰もが驚き目を丸く見開いたが、最も驚いたのは検事の隣に座っていた大魔道士ラフェルだった。


(余計なことを! 審議の時間が遅れるではないか!)


 ギロリと鋭く睨んでくるラフェルを見ないようにしながら、市長は話しだした。


「法廷にお集まりの皆様、今疑いを掛けられている少年が果たして極悪人に見えたでしょうか? 彼の話す言葉は一つ一つもっともなことばかりに私は聞こえました。羽の首飾りの件に関しても所持しているだけで有罪とは法律にはありません! 明らかな法の過大解釈です! 今一度考えを改めて頂きたく思います……私からは以上です」


 話し終わり目を閉じ座るセルバ市長。ささやかなラフェルへの反抗というよりも、これ以上不当に捕まる青少年を増やしたくなかったというのが彼の本音だった。

 同じような事案は今まで幾度もあった。今回は懸命に己を弁護して戦うアルムの姿に胸を打たれ、心が動いたのである。


(あの人、僕を助けてくれようとした? この街も悪い人ばかりじゃないんだ……)


 しかし裁判員の判断はくつがえらなかった。四対一でアルムは有罪となる。


「判決! 被告人には十日間の禁固刑を言い渡す!」

「そんなっ!」


 すかさず兵士がアルムに近づき強制退出させる。


「禁固十日だってよ」

「もう外にでてこれねーな、かわいそうに」


 愕然がくぜんとするアルムに傍聴席からの話し声が追い打ちをかけた。



 一方法廷ではまだ裁判が残っている中、ラフェルは苛立ち思案にふけっていた。


(あの愚か者の市長め、長年務めてきたが今日でクビだ!……しかしあの首飾りは気になるな。後々我が友との問題の種に成りかねん……面倒だが確かめてみるか)


 ラフェルは立ち上がり、法廷を後にした。

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