英雄の像と愚者
セルバ市の大通りに出たアルムは、改めてここに来た目的を思い出す。
さて、どうやって父に関する情報を集めようか……。
(人は沢山いるけれど、闇雲に一人一人尋ねてまわるのもどうしたものか……。あ、さっきの窓口の人に聞けばよかったのか……失敗だな)
どこかの店の中など、落ち着いた場所がよいだろうか。
そう考えていると一軒の古びた本屋が目に入る。
(いけない、いけない! そういうのは後回し! 今は人が集まっていて、
しかしこれが後に問題となることを、今は知る
「さぁ見てってくれ! うちの果物は新鮮だよ!」
「ガーナスコッチから新米が届いたよ! 早いもの勝ちさ!」
(
バザールを通り過ぎ、そのまま大通りを抜けて中央広場へ着いてしまっていた。円形の花壇の周りを多くの人間が行き交い、ベンチへ腰掛け休んでいる者も居る。
ここでなら尋ね事に最適だろう。
(ん、これはなんだ?)
花壇の中央を見上げると、そこに人物像が立っていた。白い石で
(……大魔道士ラフェル、バーバリアンの戦士ダムド、現法王の僧侶アルビオンと、エルフ術士ルシア……中央に立って剣をかざしているのが勇者ノブアキ、か……)
ジャ────ンッ!!
「わっ!」
アルムが像に集中していると、腰掛けていた男が楽器を鳴らし歌い出した。
「今は昔の物語……栄光あるアスガルドに恐るべき魔王が現れ、大地は瞬く間に闇へと染まり始めた……ジャンジャカジャンジャジャ……」
(な、何だこの人!?)
「王の七日七晩の祈りは通じ、遂に異世界から勇者が召喚されたぁ~! 五柱の神の
(へ、ヘタクソだなぁ……)
通行人たちは関わりたくないからか、知らぬ素振りで通り過ぎる。アルムもその場を後にしようとするも、男がそれを許さない。すかさず回り込んで来ては、また歌を歌い出すのだ。
とうとう観念してアルムは棒立ちとなる。
「ジャンジャンジャン……勇者一行は魔黒竜の背に乗り、ついに魔王城へと
結局最後まで歌を聞いてしまった。楽器の使い方はおろか音程も調子っぱずれ。素人にもほどがあったが、詩の内容はまぁまぁ合っていたので拍手をしてやった。
パチパチパチ……
「ご清聴ありがとう! ようこそセルバへ! 君は街の外から来たんだろう? 」
「どうしてわかったんです?」
「ここで像を見上げてる連中はそうさ。皆伝説の勇者に憧れ、冒険者を目指す!」
「僕は冒険者を目指してるわけじゃないんですが……」
丁度いい機会だと、アルムは自分がここに来た経緯を話し、首飾りを見せた。
男は神妙な顔つきで首飾りを見ていたが、急に辺りをキョロキョロしだす。
「あの、何か心当たりがあるんですか?」
「んー……、ここじゃなんだから飯でも食いながら話そう。アルムの旅の
「そんな、初めて会ったのに。いきなり悪いですよ」
「いいってことよ! 俺の名はジャン、宜しくな!」
半ば強引に連れて行かれるのだった。
連れて行かれる途中、ジャンは街にあるものについて一々指をさし、色々なことを教えてくれた。
「見てみろ、あの馬車なんか馬がいないのにひとりでに動いてるだろ! 凄いよな! あれは異世界から来た勇者様が考案した乗り物らしいぜ!」
「本当だ! ……マグライド鉱石の化学変化を応用して動いてるんですよね! 石炭を利用した機構は以前から考案されてましたけど、排気煙が出ない理由からこちらが採用されて実用開発に踏み切ったとか。後は動かす人間が操作しやすいよう……」
「ちょ、ちょっと待て! 驚かないのかよ!? しかもなんか詳し過ぎだろ!?」
(おっと、まずい!)
「ああいったものが街中を走っているのを本で読んだことがあったんです。でもその……僕の住んでいた場所が田舎で、馬車自体あまり見かけなくて……」
「ぷっ、なんだそれ! お前凄いのか凄くないのか、よくわかんねぇな!」
(……ごまかせたかな)
本で読んだというのは嘘だ。実はあの馬車の設計図自体がアルムの家にあったのである。もしかすると父は馬車を造る技師か何かだったのだろうか? 一つ手掛かりになりそうなものが見つかった。
そしてジャンに連れてこられたのは、一軒の賑やかな酒場だったのだ。席に着き早々、ジャンは慣れた様子で注文し、ビールの器を高々と掲げる。
「アルムの親父さんが見つかるよう、景気付けに乾杯だ! ……ぷはぁー、うめぇ! さあジャンジャン頼んでくれ!」
(まだ日も高いうちから飲むのか……)
酔っ払われては敵わない。
今のうちに聞けることを聞いておかなくては。
「あの、ジャンさん」
「ジャン、でいいぜ」
「ではジャン。さっき見せた首飾り、なにか知ってるの?」
「あぁ、そいつのことか」
再びジャンは辺りを見回すと、小さな声で話し始めた。
「……その首飾りの羽根の装飾品、今じゃ作ってる工房や売ってる店が無いんだ。どうしてだと思う?」
「人気がなかったとか、縁起が悪いとか?」
「そいつはな、勇者様がしてた首飾りなんだよ」
「へぇ、そうなの?」
「あぁ……ってあんまり驚かないんだな。お前のそれは元々か?」
「凄さがよくわからなくて」
デザインは単純だし今は作られて無い物にしろ、国中を探せば同じ物などいくらでも出てきそうな気もするが……。
「実はお前の親父さんは伝説の勇者様……とかではないと思うが、勇者様に憧れて冒険者でもしてたんじゃないのか? 昔はそれなりに冒険者から人気があって、結構色んな街なんかで作られてたらしいぜ」
「でもどうして急に作られなくなったんだろう?」
「それはだな……やっぱり勇者様が身につけてる物の模造品を作ろうだなんて行為が恐れ多かったからじゃねーかな。ま、その辺は俺もよく知らねぇけどさ」
「なるほど」
「まぁさ、そのうち親父さんを探すいい案も浮かぶさ。さ、食った食った!」
「うん、ありがとう」
二人とも運ばれてきた料理に手を付け、それから歓談した。聞けばこのジャンも昔は冒険者を目指していたらしい。
「冒険者って聞こえはいいけど実際失敗する奴が
「あはは、冒険者ってやっぱりそうなんだ」
「うん。……ちょっと飲みすぎたな。すぐ戻るからもっと頼んどいてくれよ」
「これ以上食べれないよ、気をつけて」
見送られ、若干よろめく姿を見せながら手洗いへと向うジャン。
(大丈夫かな……泥酔するほど飲んでいるようには見えなかったけど)
アルムが目を離した時だった。
ジャンは素早く身を隠し、
「急用思い出したから帰るわ。金は連れに渡したから払って貰ってくれ」
「え? お客さん?」
身を屈めたまま、ジャンは外へと立ち去ってしまったのだ。
(ジャン遅いな……何してるんだろう)
一方で、何も知らないアルムは一人でジャンを待っていた。ところが急に店内がどよめき始め、兵士らしき者三人がこちらへと近づいて来る。
アルムの前へと立つなり、
「アルムとかいうのはお前だな!?」
「どちら様ですか?」
「セルバ治安維持部隊だ! 話があるから店の外に出て貰おう!」
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