紡がれし光、闇の忘れ形見


 異世界から召喚された勇者により、魔王とその魔物たちが滅ぼされ、三十年後。


 人間の社会に深く残された爪痕つめあとも、勇者や権力者によって回復しつつある、そんな平穏な世界……。


 だが、全ての魔物が大陸から姿を消した訳ではなかった。


──アスガルド王国、その五つある領のうちの一つの「サマラニアの街」にて……。



「一体なんの騒ぎだ? いくさでもおっぱじめようってのか?」


 昼間から酒場で飲んでいた客が、騒々そうぞうしい物音に外をうかがう。武装した兵士の駆る馬車が何台も通り過ぎていくところだった。


『おいおい、あんた地元民なのになにも知らないのか?』


 声に客が振り向くと、カウンターの隅で軽鎧を着た若い男が一人飲んでいた。


「あれは王都直属の斥候隊せっこうたいだ。これから魔物の巣を叩きに行くんだろ」


「王都直属だって!? なんでそんなことになってんだ!?」


 確かについ一昨日のこと、街の郊外で馬車が魔物に襲われる事件があった。被害にあった商人の話では、魔物はコボルト(半獣半人のモンスター)十匹足らずだというではないか。


 だが仮に魔物の巣があるにしろ、冒険者ギルドがクエスト発注はっちゅうすれば済む話だ。

 平和になったこのご時世、賞金目当ての冒険者がわんさと集まるだろう。

 

 それが、なぜこんな大事となっているのか?


「情報ってのは大事だぜ? そのコボルト狩りを請け負った冒険者は命からがら逃げ帰り、こう言ったらしいぞ。『奴らを追撃したら今度はゴーレムが出た』ってな」


「ゴ、ゴーレム……」


 ゴーレムとは魔道士などに命を吹き込まれた石の巨人である。真っ向から挑めば熟練の冒険者でも命を落としかねない。そのため戦いを避ける者が多いのだ。


「おかしいだろ? 種族の全く違う魔物が同時に人間を襲う……とどのつまりぃ!」


 若い男は酒を一気に飲み干し、器をカウンターへと叩きつけた。


「……奴らを組織出来るほどの親玉が居る。もっと具体的に言えば魔王軍の残党が潜伏してる可能性が高いってことだ」


(ゴクリ……)


 バタンッ!


「ひっ!?」


 突然扉が乱暴に開かれ、男の話を聞いていた客は完全に腰を抜かす。

 入ってきたのはローブをまとった女性の魔道士だった。


『ヴィルハイム騎士団領閣下、ユリウス様……ですね?』


「俺だけど、あんたは?」


「エルランド領主ラフェルの弟子、キスカと申します。こちらにいらっしゃると聞いてお迎えに上がりました」


「へぇ~、あの勇者と一緒に魔王を倒した魔道士の弟子なのかあんた!」


 ユリウスと呼ばれた男は突然立ち上がり、キスカに近寄ると上から下まで舐めるように見据える。


「あのおっさんがこんな美人を弟子にしてたなんてなぁ! どうだい? 魔物退治なんかほっといてこれからデートしない?」


「なっなにを言って……うっ酒臭っ! 王都からの勅命ちょくめいを受けているのですよ!? それがなぜ貴方のような御方がこのような場所で酒など飲んでいるのですか!?」


「だってやる気ないもん」

「はぁ!?」


 信じられないというキスカに、ユリウスは頭をく。


「なんでヴィルハイムの新領主であるこの俺が、わざわざこんな辺境の地まで魔物退治に来なきゃいけないわけ? バカンスにでも行こうと思ってたのに……」


「それは有事の場合、有力者代表を向かわせる領主同士の決め事だからです!」


「じゃあさ、なんで君のとこはあのおっさんが来ないの?」

「……お、おっさん……」


 おっさんとはキスカの師である「大魔道師ラフェル」のことである。勇者の片腕とまで呼ばれるほどの人物で、強力な大魔法を駆使くしすることは国全土にまで聞き及んでいた。


 確かに彼がいれば、すぐに解決できそうな気もするが……。


「ラフェル様は多忙のため来れず、代理として私をつかわしたのです! 」


「君、そんなに強いの? 魔物がわんさと出るかも知れないぞ?」


 挑発気味なユリウスの態度に、とうとうキスカはプチンと来た。


「……それを見極めるのが我々のお役目です。お言葉ですがユリウス閣下、本当にやる気が無いようでしたらお帰りになられても結構ですよ? ただし王都への報告はしっかりとさせて頂きます、お覚悟なさって下さいね?」


「あーもーわかった、やる、やるよ! でも終わったらデートな」

「…………」


 ユリウスはキスカにウィンクした後で、一片に色々な事が起き、完全に腰が抜けてしまっている客を覗き込んだ。


「聞いての通りだ臣民しんみん諸君、勇者の意をむ我らが君らを守り抜くと宣言しよう。この先代より受け継ぎし神具しんぐ『最強の盾』に誓ってな……って、あれれ、どこだ? ……あ、あったあった」


「きゃー!! で、伝説の神具を床に転がしておくなんてっ!?」

「いやぁ失敬、失敬。よし行くぞ、さあ行くぞ!」


 ユリウスは一族の家宝でもある「最強の盾」を拾い上げ、キスカと一緒に諸侯のつどう場へとおもむくのであった。




 同じ頃、街外れにある森の、隠されし場所にて……。


「魔王殿下! 申し訳ありません! 勝手に部下が突出とっしゅつしたばっかりに!」


 薄暗い闇に包まれた広い謁見えっけんの間にて、先日人間の馬車を襲ったコボルトの長、ワーウルフ(戦闘に突出した獣人)のブルドが玉座ぎょくざに向かい膝をついていた。


「ブルド隊長、我が軍の状況をお前もよく分かっていような? 今は部下の命を無駄に散らす時ではない、蓄える時期なのじゃ。おかげでこちらは愚者共を救うため、ゴーレムを人目に晒してしまった……この失態は計り知れぬぞ?」


 玉座の隣に立っていた老人が口を開く。背は低く頭が細長いこの老人もまた人間ではない。先代から魔王家に仕える闇の魔道士、ラムダ補佐官である。


 ラムダの言葉にブルド隊長は更にひれ伏した。


「はっ! まさしく仰せの通り! ……どんな処罰もこの身で受ける所存です!」


 自刃じじんいとわない、と目前に斧を置いた時だった。


「ブルドよ。貴様は失態を部下に押し付け、己の責を死で逃れるつもりか?」


「っ!!」


 突然、鎮座していた魔王とおぼしき人物が立ち上がり、言葉を発したのだ。闇に包まれ姿は見えないが、赤く光る眼が煌々こうこうと二つ輝いている。


「滅相もありません! このブルド、逃げることなど致しません!」


「ならば挽回ばんかいの機を待ちしかるべき行いをせよ。もうよい、下がれ」


「ははっ! 必ずや挽回させて頂きます!」


 ブルドは立ち上がり謁見の間を出ていった。

 部屋には魔王と補佐官だけとなる。


「爺よ」

「はい」


「もし父ならブルドを切り捨てていたか?」


「それは手前にも判りかねます。時と状況と気分次第でしょうな」


「今のの判断は甘いと思うか?」

「……何故そのようにお考えを?」


 魔王は玉座へと深く腰を下ろす。


「父であれば他の者へ示しをつけるため、即座にブルドの首を刎ねていたであろうと思ってな。……ブルドは他種族のコボルト共を従えるほど優秀な部下だ。確かに今の状況を考えれば、ただ殺すには惜しい……だが……」


「……」


「……だが同時にこうも考えてしまった。魔物が人を襲うのは当然のことわり。それをとがめざる得ない状況にした本当の責は、余にあるのではないか、とな」


「成程、確かにそれは甘いお考えですな」


 ラムダは静かに笑った。


「しかし聡明そうめいにございます」


 知略よりも感情による行動の多かった先代に対し、新しき魔の王は何かが違う。

 この事にラムダは密かに満足し、喜んだ。


 その時、突然謁見の間に小悪魔が飛び込んできた。


『魔王様!! 一大事でございます!! 人間が大勢こちらに向かって来ます!!』


「何!? 」


 ラムダ補佐官は水晶玉を取り出し覗き込む。そこに映っていたのは森の中を大勢の騎士や魔道士たちが進軍中の様子であった。


「こやつら人間の王家の紋章を掲げております」


「その中に父を亡き者にした者はいるか?」


「詳しく詮索せんさくしようとすれば、逆にこちらの居場所がばれるでしょう」


 向こうの状況はわからない。しかしいずれにせよ、ここまで辿り着くのは時間の問題だ。ラムダは小悪魔の方を向き直す。


祈祷きとうの間の魔道士たちの様子はどうか? 『禁呪』は発動できるか?」

「はい! それと偵察に出ていた者たちも全て収容済と報告がありました!」


──殿下、準備は整っております。いつでも発動可能です、ご命令を!


 祈祷の間の魔導士の言霊ことだまが謁見の間に響き渡る。


「魔王様! ご決断を!」


「これより我らはこの地を離れる! 禁呪を発動させよ!」


 魔王の命令に、小悪魔は再び謁見の間を飛び出していった。


(今は退いてやる。だがいつの日か再び世界を闇で覆い尽くしてくれる!)


 水晶玉に映る人間を見て魔王が不敵に笑う。

 やがて轟音ごうおんが鳴り響き、大地は激しく揺れ始めたのだ。



第一話 アルム、旅立つ  完

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