決別


 夕方でようやく作業は終わった。アルムは自ら進んで雇い側の人間と後片付けを行う。「いいから向こうで休んでろ」と言われると余計に手伝いたくなる性分だ。


 その片付けも終わり、地主であり村長でもあるマクガルが締めの挨拶を行う。


「……というわけで、今日で刈り入れは終いだ。皆よく働いてくれた、ゆっくりと体をねぎらってくれ。さあ報酬を渡すから順番に受け取ってくれよ、本当にご苦労さんだったね」


 日雇い人たちは、次々と報酬を受け取り散っていく。最後にアルムの番が回ってきた。銀貨の入った布袋を受け取り去ろうとしたところ、腕を掴まれてしまう。


「おっとアルム、今日は逃さないぞ。これから打ち上げをやるんだ、お前も来てくれなきゃ困る。なんたって、お前は一番の功労者なんだからな」


「功労者、ですか?」


「お前のおかげで他の村よりも早く刈り入れが終る。だからギルドで高く米を買い取って貰えるんだ。一杯おごってやらないと、皆だって気が済まないよなあ?」


 周りの大人らからも、その通りだとか一緒に飲もうだとか誘いが出る。


 アルムが困っていると、割って入った人物が一人。

 昼間の老人だった。


「まぁマクガルさんや、アルムも色々と都合があるんじゃよ。お袋さんのところへ早く帰ってやらにゃならんのだろ?」


 そう言ってアルムに目配せしてみせる。


(おじいさん……)


「……そっか、そういうことならしょうがないな。お袋さんを大事にしろよ」


「はい、お世話になりました」


 老人に深く感謝し、皆に見送られながら村を後にするのだった。


…………


(やっぱり今年で最後にしよう。もうあの村には手伝いに行けないな)


 山へ帰る途中、昼間の老人とのやり取りが思い出されていた。成り行きで二十歳程度と答えてしまったが、自分はそれよりもずっと歳が上なことを自覚していた。いつまでも若い姿のまま働き続ければ、いつか不審に思われる日が来るだろう。

 

 下を向き思案しながら歩いていると、ふいに声。


「やい、アルム!」


 顔を上げると少年が数人が、待ち構えていたかのように行く手を阻む。


「僕になにか?」

「お前には色々と借りがあるからな、このまま帰しちゃ俺の気が済まねぇよ」

「借り?」


 声の主はザップだった。さっき似た言葉を彼の父親から聞いた気もするが、借りとやらには全く身に憶えがない。


とぼけるんじゃねぇ! ベスのことだ! いいか? ベスは将来俺の嫁になるんだ!」


「そうなんだ、おめでとうお幸せに。じゃ、行くね」


 そう言って立ち去ろうとするも、再び行く手をさえぎるザップ。


「ふざけんなてめぇ!」

「悪いけど、君らと遊んでられないんだ」


 取り囲んでいた少年たちの間を抜け、森の方へと走り去る。


「逃げたぞっ! うまく追い立てろー!」



 森の中へと逃げ込んだアルムは走りながら振り返る。素早いアルムに追いついて来るものはいない。だがなおもしつこくこちらへ追ってくるのは何故だろう?


 先程「追い立てろ」と言ったのは?

 その意味はすぐに理解できた。


「わっと!」


 突然正面から縄に吊るされた丸太に襲われた。素早く避け足元を見ると、今度はトゲの突き出た枝が地面から生えている。罠だ!

 ここいらは村の少年たちの遊び場だった。先回りして罠を仕掛け、アルムが通るのを待ち伏せしていたというわけだ。


「はぁはぁ……あ、兄貴! アルムの奴、罠にかかってないみたいですね……」

「はぁはぁ……! 運のいい奴め! こうなったら……皆で取り押さえるぞ!」


 必死に走ってくる悪ガキたち。一方で、アルムは罠を見破り避け続けていたが、そのうちわざとかかって試したりし始めた。


(へぇー、よく見るとうまく出来てるな。おっとと、これはちょっと危ない)


 誰かに教わったのか、それともこういう物を作る本を読んだのか。考えると興味は尽きない。罠に感心しているアルムへもう少しで少年たちが追いつこうかというところで、森の奥から光るものが見えた。


(なにか来る)


 それは緑色に輝く光の玉だった。こちらへ向かってくる。


(あれ? これって……)


 光の玉は凄い速さでアルムを通り過ぎ、悪ガキたちの頭上で回転し始めたのだ。


「う、うわわ!?」

「な、なんだこれ!?」


──悪さばかりする人間のガキどもめ……!

──今晩お前たちをさらいにゆくぞ……!


「山神様の使いだ!」

「に、逃げろー!」


 一同慌てふためき一目散に逃げ出そうとするも、ここは視界が効かない森の中。

 自分たちの仕掛けた罠に掛かりそうになり、てんやわんやだ。


(あの声、やっぱりセスじゃないか。どうしてここに?)


 呆気にとられていると少年たちから悲鳴が!


「どうしたの!?」


「……あ……ぐぐっ……!」


 アルムが駆け寄ると悲鳴の主はザップだった。罠に蹴躓けつまずき怪我をしてしまったのだろう。苦しそうに足を押さえ、震えている。傷口と思わしき所からおびただしい量の血が流れていた。


「じっとしてて! なんとかするから!」


 すぐさまカバンから布を取り出し止血にかかる。骨は折れてはいないだろうか?

 傷薬を探そうとしたところ、今日に限って持ってこなかった事に気付く。


(しまったな! でもこのままじゃ……よし!)


 ふいにザップは自分の足辺りに光を感じ、薄目を開いた。アルムがすぐ横にかがんでおり、患部に手をかざして聞き慣れない言葉をしゃべっていたのだ。


「ぐあっ!? な、な……!?」


「回復魔法、珍しいものじゃないだろ。すぐに痛みが収まるからね」


「……っ!?」


 アルムがこう言うも、この国で主に魔法を使えるのは修行を積んだ学者や魔法を生業なりわいとする者くらいだ。片田舎で使える者が居ればかなり珍しいことだった。


 始めは驚いていたザップだが、突然アルムの手を振り払う!


「っ! なにを!?」


「やめろよっ! お前なんかに、助けられたくねぇっ!!」


(──っ!!)


 アルムは驚き険しい表情となりながらザップの方を見た。傷を負った足をかばい、必死に立ち上がろうとする目には大粒の涙があふれている。


 彼は自分の怪我よりも、自尊心をとったのである。

 恋敵に助けられるくらいなら、足など腐ってしまった方がマシだと……。


(……)


「……兄貴、帰りやしょう」


 様子を見ていた他の少年たちが姿を表し、ザップを支え村へと帰り始める。


「……アルム、ごめん」


 少年の一人が小声でそうささやく。アルムは複雑な心境で少年たちを見送っていた。



「まーったく! これだから人間の子供ってのはろくなもんじゃない!」


「やっぱりセスだったんだ」


 隠れてこちらを伺っていたフェアリーのセスが、再び光る姿を見せる。


「心配して来てみればこれだ! ほんと馬鹿な奴らっ! 自分の仕掛けた罠に掛かって怪我をして、助けてやろうってのに何さ、あの態度!」


「そうじゃないんだ、みんないい人だよ。今日まで忙しくて気が立っていたんだ」


 この言葉に呆れ、やれやれとセスは両手を上げた。


「……ともかく今回でよくわかったろ? 人間の村になんかもう行くな!」


「大丈夫だよセス、もうあの村には行かないよ」


 そう言って頭に巻いていた布を解き始める。


「僕じゃ村の人たちと暮らすことはできないから……」


 布の下から現れたのは、薄紫の鮮やかな髪と、大きめのとがった耳だった。


 アルムの母は人間ではなくハーフエルフだった。人間であった父よりも母の血を濃く受け継いだアルムは、顔だけでなく身体の老化が遅い傾向にあるようなのだ。知ったのはアルムが物心つき、母からそう告げられた時である。


「エルフは他種族を嫌う傾向にあるらしいからね。ハーフエルフだった母さんも、きっと皆と馴染めずに山奥で暮らしてたんだと思う……。これでようやく母さんの気持ちが理解できた気がする……」


「……アルムは人間と暮らせなくて寂しいのか? つらいのか?」


 暗い表情のアルムを正面からセスが覗き込んだ。


「辛くはないさ、今まで母さんと二人きりだったし……それにセスもいるしさ」


「ま、まあ一緒にいてやるけど! お前の母さんの言い付けでもあるしな!」


「ふふっ」

「な、なに笑ってんだ!」


 森の奥から吹く風に触れ、紫の髪をなびかせながら家路を急ぐのだった。



 そして次の日の夜明け前、再びアルムは支度をしていた。今度は出稼ぎなどではない。父を探すために大きな街へと旅に出るのだ。


 セスはもう引き止めることをしなかった、しても無駄だと悟っていた。

 引き止めることで、アルムの可能性を邪魔してしまうような気がしたのだ。


「……やっぱりあたしも付いてくよ! 姿を消せば人間にも見えないし!」


 邪魔してしまうとわかっていても、ついこんな言葉が出てしまう。


「セスはここに残っていて」

「どうして!」


 アルムはセスに対しやんわりと説明した。これから行く大都市のセルバはふもとの村よりも遥かに大勢の人間が住んでいるということ。様々さまざまな人間がおり、姿を消した妖精が見える人間もいるかも知れないということを。


「はっきり言って僕にとっても未知の世界なんだ。うっかりセスが捕まったりでもしたら、とても助けることはできないと思う」

「……」

「遅くても十日経たないうちに帰ってくるよ。だから留守番をしてて」

「……」

「ちゃんとお土産も買ってくるから、ね?」


「アルムのバカー!! 人間に捕まってしまえー!!」


(……ごめんよセス)


 乱暴に開けられた窓を閉め、リュックを背負うと小屋を後にする。


(……行ってきます、母さん)


 これより運命の歯車が、大きく音を立てて動き始めることとなる。

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