老若男女


「もう止せって! ふもとになんか行ったら人間に捕まっちゃう!」


 明け方、まだ暗い中で支度をしているとセスに引き止められる。


 穀物の収穫時期となる今、ふもとの村では人手を要していた。アルムもこの時期だけは人里で日雇い人に混じり働く。そこで金銭と情報を入手し、父を探す足がかりにするためだ。


(農夫のおじさんも言ってた。北西にある大都市のセルバは、エルランド領で最も多く人が集まる場所だって。そこでなら父さんの手掛かりを掴めるかもしれない)


 服を引っ張って阻止しようとするセスを、苦笑しながらなだめ、家を出た。


 里に着くと日が昇りきる前に作業準備して、それから一斉に刈取りが行われる。作業は手作業のため時間はかかる。だがこの村ではアルムの提案した道具により、効率が他の村よりも格段に良い。日頃の読書の賜物たまものというわけだ。


 それでも大変だと感じるのは完全に人手不足が原因だ。農村では若者が街へ出て冒険者や職人を目指し、二度と故郷へ帰ってくることはない。稼ぎだけなら圧倒的に農業の方が良いのだが、若者からすれば時代遅れに見えるのだろう。


 魔王が勇者に倒され三十年経った今、庶民ですら財だけでは飽き足らず、地位や名誉といったものにまで興味を示し始めている。


(稲の刈取りだって誰かがやらなくちゃいけない。それに僕はこういう仕事も嫌いじゃないけどな。終わった後は達成感があって清々すがすがしいし)


 読書の虫には体を動かす良い機会なのだろう。


 昼の休憩時、一人の老人から声を掛けられた。


「おぅアルム。ご苦労さんじゃな、今年も来たのう」


「暫くですおじいさん。ハーブの栽培は続けてますか?」


「おぉそれよ。お前さんの助言通りやったら虫も寄らず元気に育っとるよ。今年はうまくいきそうじゃ、ありがとうよ」


「それはよかったですね」


 老人は親しそうにアルムの隣に腰掛け、煙草をふかし始めた。


「……最近また村から若いもんが出て行きよってのぅ。ワシの三人目の孫も一昨年おととし出て行ってからは沙汰さたが無いわい」


「そうなんですか」


「ワシがまだ体を満足に動かせていた頃……丁度魔王が居なくなってからか。あの時代を知らん者は皆、村を出ていってしまう者が多いのう……」


「はぁ」


 老人特有の「昔は……」という話。何気なくアルムが聞いていると、老人は決心したかのように本題を切り出してきた。


「のうアルムよ、お前さん今年でいくつになった?」

「え!? ……ええと……」


 この時、アルムはしまったと思った。


「山奥で暮らしてたので正確には……二十歳は超えていると思いますけど……」


「それにしちゃ随分と若そうだが……うんそうか、まあえぇ」


 そう言うと、老人はアルムの方へ体ごと向き直し、真剣な表情で声を上げた。


「アルム、後生だから頼む! 孫娘のベスと夫婦になってくれんか? この通りだ!」


「えぇっ!? い、いや急にそんな……本人の希望とかもありますし……」


「こんなことワシの口から話したくなかったが、あの娘はお前さんに惚れておる。ワシの田畑と家はお前にやる、孫兄弟で家に残っておるのはあの娘だけなんじゃ!どうだ? ベスを嫁に貰ってくれんか? 頼むっ!!」


 あまりにも大声を張り上げるので、誰かに聞かれたりはしないかとアワアワしていたアルムだったが、やがて落ち着いた表情を見せた。


「おじいさん、ごめんなさい。実は僕、今日でここに来るのは最後なんです」


「な、なんじゃと!? そんな話は!」


「誰にもしてません。僕、どうしてもやりたいことがあるんです」

「……」

「ベスは村一番器量がいいし、絶対いい人が他にいますよ」

「じゃが……」

「だから、ごめんなさい」


 今度はアルムが丁寧に頭を下げる番。

 老人はこれ以上言えなくなり、深い溜め息をついた。


「……わかった、お前さんにも色々と事情があるんじゃな、すっぱり諦めるわい。今の話は無しだ、さて午後もしっかり働いて終わさねぇとな!」


「はい!」


 歩き出す老人の背に、アルムは心の中で深くび、礼を言った。


 その一部始終をかたわらで聞いていた者がいた。悪ガキ少年団の一人だ。


(うわぁ、すげぇこと聞いちゃった! 早速兄貴に教えよう!)


 アルムがいなくなったのを確認し、少年は身を潜めていた稲藁いなわらの陰から去っていった。



 村長の家の敷地内にある納屋なやでの出来事──。


「ぬわにィィィ!!!? ベスんとこのジジイがそんなこと言いやがったのか!?」


 顔を真っ赤にして怒っているのは悪ガキ少年団の頭、ザップだ。


「本当でやんすよ! 爺さんがアルムに言ってるのをしっかり聞いちゃいました!」


「ぐむむむ……!」


 このザップという二十歳の青年は先日ベスに告白し、振られたばかりだ。好意を持っている相手がいるとは聞いていたが、まさか寄りにも寄ってあの余所者よそもののことだったとは……。

 自分の家が農家で村長の息子であるにも関わらず、ろくに手伝いもしないザップは、真面目に働きに来るアルムをこころよく思っていなかったのだ。


「くっそ! アルムあいつマジ野郎だぜ!」


「でも兄貴、結局アルムは断ったんだから良かったんじゃないすか?」


「馬鹿野郎! そういう問題じゃねぇんだよっ! 未来の俺の花嫁が、自分の知らないところでコケにされたんだぞ!? あん畜生、許せねぇぜ……!」


 一方的な逆恨み。なんだその理屈はと、他の少年たちは思わず顔を見合わせる。

 

「とにかくだ! ベスを嫁にするのは村長の息子であるこの俺様だ! アルムには一泡吹かしてやらねぇと気がすまねぇ!!」


「じゃあ兄貴、こういうのはどうでやんすか?」


「……ほう、なるほどいい案だ。よしお前ら! 今日は早めに切り上げて例の場所に集合だ! 馬鹿真面目なアルムのことだ、仕事が終わってもチンタラ手伝ってるに違いねぇ! 先回りしてやるぞ!」


 その時、納屋の戸がガラッと開いた。


『ここで何やってんだお前ら! 仕事は始まってんだぞ! さっさと手伝いに行け!』


 ザップの父で村長のマクガルだ。流石に皆逆らえず、一旦は納屋を出て持ち場へ散り散りに去って行くのだった。

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