骨董

安良巻祐介

 

 町の真ん中に、なんだかびっくりするほど大きくて立派な凱旋門があって、そこをまた妙に旧式な型の車が数多く行き来している。

 色とりどりではあるが、どれもこれもどこかくすんでいて、一口に綺麗とは言えない。

 それ以前に、どの車もフロント・ガラスがかき曇っていて中が見えないので、あれでは運転者は危険だろうと思うけれども、今のところは事故も起こらずに、きちんと行き交っているようである。

 道路が変に広いから、左右の町が狭いように見える。

 その細い歩道に、赤、青、黄、黒、どこの国のだかよくわからない国旗が綴られて、風に吹かれてもいる。

 以前にその国の名前を聞いたことがあるはずなのだが、旗の縞模様を見ていても、思い出せない。

 さて、ある祝日、いつものように車の行き交う道路に、いきなり注連縄が張り渡された。

 真ん中の二車線分を区切るように張られたそれは、全く町の景色に似合っておらず、しかしそれだからこそ、何となく結界として意味があるようにも思われた。

 そうして、何が始まるのかと思って観ていると、凱旋門の真ん中から、いきなり、巨大なものが顔を出した。

 背中に菱形の鰭が並んでいて、尖った頭は小さい。図鑑などで見る、ステゴサウルスとかいうやつだ。

 その、大昔の巨大な蜥蜴が、幌馬車を曳いている。

 硝子色の、大きな馬車である。脇を走っている自動車と比べて見ても、何倍も大きい。

 御者席には、人が座っていた。

 きちんとした礼服を着て、広い額に、カイゼル髭を生やしたその人は、どこかで見た顔だと思ったら、森鴎外である。写真で見たとおりの顔である。確か、その時は和服であったが、これは洋服姿である。

 鴎外は片手で髭を抓みながら、片手に恐竜の手綱を取っている。

 しかし、鴎外と言えば、ずいぶんと昔の人ではないか。それがこのように、目の前で車の手綱を取っていると言うのは、どうにも合点がいかない。

 また、馬車と恐竜の大きさを考えると、鴎外の背丈も大分とおかしいのである。これも右左を走っている車と比べれば分かるが、どう小さく見積もっても、二、三丈はありそうに思える。恐ろしいほどの巨人である。鴎外がこれほどの巨人であったという咄は、聞いたことがない。

 そして何より、鴎外も恐竜も、なんだか色が妙だ。古いカメラで取ったみたいに、頭から足まで、青みがかった灰色をしている。

 色々と考え合わせてみると、この馬車は、何だかわざとらしいではないか。

 そう、それこそ、白黒の写真を輪郭に沿って切り取って、貼り合わせて、本物に見せかけているような。

 けれども、注連縄が渡してあるから、向こうへ渡って厚みを調べるわけにもいかない。

 もどかしい気持ちで見ているうちに、恐竜と鴎外と馬車とは、ごとごとと緩慢な音を立てて道路の端まで進み、やがて坂の上へと上っていって、見えなくなってしまった。

 そうして、するすると注連縄が解かれ、また元の通りに、道路には自動車が走り始めた。

 なんだかわからないながら、やれやれと一息ついて、再び元の通りに町を眺めていたけれど、なんだか拭いきれない違和感がある。車と町のどちらも、驚くほど現実味がなくなっている。まるきり子供の玩具なのである。なぜこんなものを、ずっと本当の町だと思って見ていたのであろう。

 それが、さっき出て行った馬車と何か関係があるらしいのだが、考えれば考えるほど、取り留めがなくなっていって、全てはもう元に戻らないように思われた。

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骨董 安良巻祐介 @aramaki88

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