人の多面性

現代思想の2月号に、こんな文章が載っている。渡邉琢の「自立生活、その後の不自由 障害者自立生活運動の現在地から」。

社会的弱者の社会参画を考える時、自律(autonomy)は最も基本となる理念の一つである。自律とは、自己決定つまり選択の問題を含んでいる。それはよく私たちに馴染んだ言葉で表現するならば、自己責任をもはらんでいる。渡邉は選択の持つロジカルに、非人間的なものを見て取る。


『「選択」は、たとえ不利な結果になっても、「あなたが決めたことでしょ」と当事者を突き放し、当事者に責任を負わせる口実となる。「選択」はときに当事者を見捨てる』


これに対する概念として、渡邉は「ケアのロジック」を持ち出す。

「ケアのロジック」は、一時の選択よりも持続的な関わりを大事にする。誰かに責任を負わせることをしない。人に罪悪感を与えないように努力をする。ケアのロジックとは、不自由さを引き受けながら生き続けることでもある。「選択のロジック」は個人の自律、自己決定が重要な価値となるが、「ケアのロジック」は、いつも人が側にいてくれることが重要な価値となる。

実物的なものをなんら与えてくれない(ようにも見える)、ケアのロジックは時に抽象的で役に立たないものに思えるかもしれない。だが、誰かをケアすること、社会福祉の持つ本質的な曖昧さと矛盾(そもそも、自己責任と競争・格差を前提とした資本主義システムの中で社会福祉を行うことそれ自体が大いに矛盾したことではないか?)は、ケアのロジックそのものをよく表したものではないか。「あきらめないこと、これがケアの難しいところ」である。

渡邉はさらに、「選択のロジックは、人をイライラさせる。そして、ケアのロジックはそのイライラを持ちこたえさせる」と指摘する。

ネガティヴケイパビリティという言葉があるが、これは不合理で不条理な状態にそのまま任せ、共に揺れ続けること、あるいはその状態に耐えることを指す。不確実性に耐えること、不確かな状態に耐えることとは同時に多様な声に耳を傾けることでもある。これはケアのロジックにも当てはまるものである。

「自分や他の誰かが犠牲にならないようにその場にいる人たちが互いに互いの思い、身体、声、背景を大事にする」ことである。



ここで、本題の障害者の自律について触れると、渡邉はまず「その人の背景事情や歴史まで見なければ、面倒な人、厄介な人、ということで終わってしまうだろう」と指摘する。

障害理解というのは簡単だけれど、これはなかなか厄介なものだ。日本において、障害理解とは医学的に定義されたものをそのまま指す場合が多い。だが、例えば癌などの身体疾患にも言えることだが、同じ癌でも遺伝や生活歴、年齢や性別、さらにはエスニシティによってその生理学的な形態が異なるのと同じで、一口に障害といってもそれは様々である。特に、いわゆるパーソナリティと呼ばれる本人に特有の属性と、これまた社会の中では一般的でない(とされる)障害という属性との相互作用への深い理解というのは、最も対人援助職において必要なものだと私は思うのだが、この辺りの理解はなかなか進んでいないのではないか。

さらに踏み込んで言うならば、障害という概念それ自体も、いくら医学的、科学的に定義されているものであったとしても、それが意味を持ち価値を持つという了解が社会集団の中にあるからそのような意味合いを持つのであって、その概念は極めて相対的なものであると言わざるを得ない。ある状態を障害である、と了解する社会集団がいなければ障害の概念は大きく変わる。こうした考えは社会構成主義とも呼ばれるが、疾患や障害の概念は私たちが思う以上に曖昧なものであるが、一方で私たち自身はそれらを強固な属性であると信じて疑わない。こうした障害の概念について、私たちはよりラディカルに再考をすべきではないかと思うのだ。



話が逸れたが、自己決定について、渡邉は重要な指摘をする。『「自分」が持てなければ、自己決定は難しい』

また自分に関することを自分が決める、ということは多くの訓練を必要とすることである。さらに、自分で決めた結果に対する後悔や罪悪感がどれほど強いものかを知っておくことが必要である。

渡邉は「重度の障害者においても、様々な悪い結末を自分の身に引き受け、そのため人並み以上に強い後悔や罪悪感がある、そしてそのことがその後の人生における自己決定を困難なものにしている、ということはもっと知られるべきであろう」ともいう。

障害とは、医学以上に極めて社会性の強い属性であると私は思う。関係性によって、それは容易に個性にも多様性にもなるし、時として「厄介なもの」にもなりうる。こうした人間の持つ多面性と科学を基本単位とする社会との関係について、私は時折考える。

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